第二十八章 京道場遊行念仏(一遍上人記)  
1 はじめに
 歌舞伎「京道場遊行念仏」(みやこのどうじやうゆぎやうねんぶつ) は江戸中期の歌舞伎台本(作者不詳) と推定されるが、詳細については不明である。研究資料は国会図書館、国立劇場資料センターにも見当たらない。原本は東京大学総合図書館・霞亭文庫に所蔵されているが、今回は 「愛媛県史 資料編 文学」(白方勝愛媛大学教育学部教授)の台本を利用させていただいた。例会での発表に当たっては漢字混ざり文に書き直し歌舞伎に縁遠い方にも理解できるように配慮した。長文になるので小論での引用は最小限に縮めた。
 尚東京大学・裔亭文庫では 「みやこのどうじやうみぎやうねんぶつ」 で登録されている。標題の「歌舞伎『京道場遊行念仏』」は発表者が漢字を当てはめたものである。
2 歌舞伎300年 オペラ300年
 出雲阿国(お国) が 「ややこ踊り」 を披露したのは慶長三年(1598年) で 「歌舞伎踊り」 は慶長八年(1603年) のことと云われている。四百年前のことである。やがて「遊女歌舞伎」「若衆歌舞伎」「野郎歌舞伎」と変質しながら元禄時代 (1688〜1704年)を迎え幕府公認の芝居小屋も開設される。江戸歌舞使は初代市川団十郎の 「荒事」 を生み、上方歌舞伎は初代坂田藤十郎が 「やつし事」 を完成させる。同時期に狂言作者の近松門左衛門も世話物中心に次々と創作活動をする。まさに歌舞伎の発展期に入る。
 一方オペラは世紀初頭にイタリア・フイレンチエでギリシャ劇の復興 (文芸復興) が始まり、17世紀はローマ・ヴエネチアを中軸にバロック・オペラの時代となり、18世紀はスター歌手が競演するイタリア・オペラの発展期を迎える。
 「歌舞伎300年 オペラ300年」を生み出したエネルギーは供給サイド(スポンサー)としての金のゆとりのある商業資本、需要サイド (観客) としての時間のゆとりのある町人、市民が支えた。芸能史的に云えば 「天岩戸の踊り」 や 「踊念仏」 から 「歌舞伎踊りまでの系譜で説明することは可能であるが、歌舞伎は時代が生み出したものであり、「交響楽」の成立も「市民社会」が前提にっている。
3芝居の系譜
 芝居の原風景は中世の一定不住の説教師、門説教、乞食芸 (伊勢・清水寺・天王寺・関寺乞食) にあるのだろう。近世に入ると操り人形や古浄瑠璃が持て嚇され、絵草紙や読本で夢を脹らませ、地方では仙腎女歌や盲僧琵琶、佐渡説教人形、八王子車人形が軒々、村々、津々滴々まで廻ってくる。近世中期になって浄瑠璃芝居や歌舞伎芝居が完成する。これらの芸能の根底に流れるものは貴種流離、因果応報、復讐、霊験などなどであり、優れて宗教的であることは否定できない。
 参考までに中世に 「吟遊詩人」 でもあった聖や乞食や尼僧たちが語り継いでいった (六大) 説教節を挙げておきたい。(注)東洋文庫版「説教節」(平凡社) による。
○山椒太夫(安寿姫厨子王) 小説「山椒太夫」 (森鴎外)
○刈萱(石童丸) 歌舞伎「刈萱桑門筑後蝶」 (並木宗輔ほか)
○信徳丸 (信徳丸) 歌舞伎 「摂州合邦辻」 (菅専助はか)
○愛護若(百合若) 謡曲「弱法師」 (世阿弥か)
○小栗判官(小栗・照手姫)  歌舞伎「小栗判官牢街道」 (不詳)
○信太妻(白狐・小野清明) 歌舞伎 「芦屋道満大内鑑」 (竹田出雲)
4 歌舞伎「京道場遊行念仏」
  解説
原文(台本)は江戸時代物なので読みにくいのですが、漢字混じり文に書き改めましたので比較的分かりやすくなりました。窪野では芝居小屋の再建話が出ており、一遍ものを上演したいのだがというお申し出がありました。ご一緒に楽しみましょう。
前段で芝居の系譜として五大説教に触れます。ご存知の【山椒大夫】【刈萱】【信徳丸】「愛護丸】【小栗判官】【信太妻】です。又一遍関連芸能として【謡曲誓願寺】【謡曲遊行柳】【謡曲一遍上人】を紹介します。後段は【京道場遊行念仏(みやこのどうじょうみぎょうねんぶつ)】をご一緒に読んでいきます。
【「京道場遊行念仏(一へん上人記)」あらすじ】
第一幕  代官兵庫の館  (第一場左京・小夜姫 夫婦契約  第二場 太郎左衛門の悪巧み)
昔 武蔵国に「越前庄道広」なる武将が居り総領(小二郎)と二人の娘(豊姫、小夜姫)を儲けた。御台が亡くなり後妻(命婦院)を迎えたが、道広も亡くなった。父の死後小二郎は出家した。縁あって姉姫(豊姫)は相模国の右門之介と婚約が整い、右門之介から尺八「滝川」を贈られる。妹姫(小夜姫)は代官大友兵庫の妻お清の実弟花房左京と結婚を誓約する。
代官兵庫邸で家中一同を招いての祝宴の席で御台命婦院と実弟大井太郎左衛門が組んで御家乗っ取りを図る。代官兵庫の一子竹松の命と引き換えに乗っ取りに加担することを約し、妻お清は旧君への忠義立てを申し立て離婚となる。太郎左衛門から小夜姫の殺害を命じられた兵庫は、小夜姫を連れて脱出を図る。加担はあくまで偽りであった。
第二幕  山中の場    (第一場 兵庫・お清の忠義立て)  
兵庫と小夜姫は山中に落ち延び、ここで女房お清と竹松と再会する。お清は復縁を懇請するが拒絶し小夜姫を先に落ち延びさせる。太郎左衛門から小夜姫殺害の下命を受けた花房左京、右京兄弟も追いつく。夫婦、兄弟姉妹、親子のしがらみと葛藤の中で先君・御家への忠義立てで小夜姫の身代わりにお清の首を証拠として命婦院と太郎左衛門の元に届ける。
第三幕  藤沢道場   (第一場 右門・豊姫の邂逅   第二場 上人一族の再会仇討ち)    
出家した小二郎は藤沢の一遍上人と呼ばれている。右門之介は藤沢道場で修行中であるが音信不通の豊姫が忘れられない。豊姫は遊行に出掛ける上人に出会い供養を依頼し、瀧に飛び込もうと、死を前にして尺八を奏で右門之介と再会を果たす。「瀬を早み岩にせかるゝ滝川の割れても末に会わんとぞ思う」が成就する。
代官兵庫や小夜姫と左京も藤沢道場に辿り着いたところに追っ手が押し寄せ防戦する。上人は偶々右京に出会い、急ぎ藤沢に戻り一族が再会する。大井太郎左衛門は葬式に事寄せ藤沢道場に立ち入り一族の壊滅を図るが、右京、左京、兵庫の手により殺される。(めでたしめでたし)
第一幕代官兵庫の館  
第一場左京・小夜姫 夫婦契約
昔武蔵の国の住人に越前の庄道広とて有しが、家の家老大官兵庫は、御御台命婦院をはじめ、 豊姫・小夜姫御姉妹、御台の御弟大井太郎左衛門其の外御前近き家中残らず、我が屋敷へ御申し致し、様々御馳走申しける。 
然るに妹小夜姫は、腰元一両人連れ給い、奥の座敷より出給い、庭の景色を見給う所に花房左京は、花生けに菊の花を入れ、茶道坊主を持たせ、
左京 扨々見事の花かな。此の花を御覧成られたら、またまた御酒が進むであろう。 
茶道坊主申し様、
坊主  いかにもいかにも、いよいよ御酒が進むでござりましょう。して今日のお振舞いは、どうした事でござります。
左京聞きて、 
左京 されば其方は知るまいが、今日の振舞いは姉豊姫様の御縁組が相極まりそれ故目出度とあって兵庫殿、何れもお申しなさるゝ。それにつき、豊姫様が美しいか、小夜姫様が美しいか。
茶道聞きて、
坊主 私はどれも美しうござります。  
左京 いやいやそれでは訳がない。俺が思うは妹小夜姫様は何かにつき、御利発と思うわい。  
坊主 さては小夜姫様に深い思惑でござりますの。 
花房 はて益体(えきたい)もない。そうした事は少しもない..。
坊主 いやいやそうでなくば、あの小夜姫には微塵も心がないと云う誓文立てさしやりませ。
 と言えば、
花房 おゝいかにも。誓文くされ微塵も、や、ちとある。
と笑えば、
坊主 それそれ、どうでも合点がいきませぬ。
と言えば、 
花房 はてつが(埒)もない人が聞けば悪いぞ。さうな事言うな。微塵も毛もない事。  
坊主  いやいや、そうは言わしませぬ。  
と、いろいろ競り合う所へ、小夜姫は籬(まがき)押し開き出給えば、両人肝を潰し逃げ入らんとすれば、
小夜姫 これこれ坊主坊主
と呼び寄せ給い、 
小夜姫  扨々其方は可愛いらし坊主じゃな。われにちと頼みたい事がある。何と左京は美しい器量ではないか。それじゃによって頼みたいと云うは、   
おれが左京にたんと惚れていると宣う事を恥ずかしみ、いかね給うを、腰元衆見かねもどかしく
腰元 これ坊様、お姫様のあの左京様に惚れてござる程に、此方取り持ちて首尾する様に頼みまする。
坊主 それこそ。幸い左京様もお姫様にきつう惚れてござりますれば、相惚でござります。私次第に成りましょう。 
と。 
坊主 これこれ左京様、此方様の望みのまゝじゃ。お姫様も此方様に惚れてございます程に、あれへ行き、互いに夫婦の契約を成されませい。はて益体もない。それがどう恥ずかしうて言わり様ぞとある。
お後ろより姫君の側へ突きやれば、又姫も恥ずかしみ給うを、腰元衆押しやれば、両方はたと行き当たれば姫君抱きしめ給い、互いに恥ずかしくも嬉しくも見えければ、茶道坊主取り持って御挨拶申しつつ、互いに夫婦の御契約なさるゝ所へ、代官兵庫何心なく来たりつゝ
兵庫 御前には奥にござりますと存じましたれば、女臈のおはしたない、斯様の端近い花畑へ御出なさるゝと申す事有るべきものか、只今も御袋様のお訪ねなされまする。早々に奥へお入りなられませい。や、見れば左京はこれに居いやるが、その方は何しに此処へ参り給うぞ。お姫様もこれに御座なさるゝに無遠慮な、何とした不調。
と言えば 
左京 いや、清いで花を折りに参りた。 
と言えば、
兵庫  なに花を折りに参りた。しからば御用達したら何故御前へ早う参りたい物でないか。先程も御前にお訪ねなさるゝに不調法千万な。やい坊主、おのれも同じ様に憎い奴め。
と、大いに怒れば、左京は散々叱られ奥へ行かんとすれば、小夜姫やがて、 
小夜姫 これこれ左京   
と呼び返し
小夜姫 のう兵庫、あまりその様に叱ってたもんな。左京とは夫婦の契約をした。すれば今からはおれが為には、大事な殿御じゃ。
と宣えば、 
兵庫 はて訳もない事、人が聞いても宜しからぬ事、さあさあ奥へお入り成られませい。
左京申し様、
左京 お姫様の仰せの通り、仮にも夫婦の御契約を申すからは、これ兵庫殿、只今迄は互いに朋輩でござったが、今日こからは此方は身が家来でござるぞ。
と、刀の柄に手を載せ、頬づえをついて大柄らしく、
左京 やい兵庫 
と言えば、兵庫思わずも、はっと云うて下に蹲踞えば、左京やがて、手を付いて真っ平御免と打ち笑えば、兵庫も今は打ち笑い 
兵庫 仮にも御意とあれば重く存じ、思わず返事をず致したり。 
と打ち笑い、
兵庫  さゝ奥へ入られ給え。  
と言う所へ、花房右京御迎えに来りければ、姉姫奥より出給い、
豊姫 何、右京は来たりしとや、大儀でこそあれ。   
と宣えば、右京承り、 
右京 さればでござります。今日右門様方り御文参り、その上何か御進物物が参り候。                             
と御文を差し上ぐれば、豊姫聞き召して
豊姫  何、右門様より御文が参りしとや。  
と、やがて押し開き細々と御覧じ 
豊姫 のう兵庫、右門様には未だお目に掛からね共、何とやら此頃は御懐かしく思いしに、貴方にも御懐かしう思し召すやら、かように細々との御文を下され、その上御主様の御秘蔵の滝川と云う尺八まで下された。此の上は早う屋敷へ帰り、此の御返事を致し送るべし。まずまず今日はいかい馳走であった。嬉しゅうこそあれ。 
と宣い、御姉妹諸共に御乗物に召し屋敷へ帰らせ給いけり所に奥より御台、太郎左衛門出給い、
第二場 太郎左衛門の悪巧み
太郎 何、姉妹の女輩は帰りしとや。  
兵庫承り、
兵庫 只今右門様より御文参り御返事なられ度とあって、ひそかに忍びてお帰り成られ候。各々様には然るべき様に、心得てくる様にとあって、お帰りに成られました。御両人には今少しゆるりと御遊び下され候へ。  
と言えば、
太郎 まづまづ、今日は我々姉弟を慰めんとあって、様々の馳走で殊の外大酒を致したり。いざ我々も発たん。
と言えば、兵庫承り、 
兵庫 先ず以て今日は、何の風情も無き所に、御機嫌よく御慰み下され、拙者一人の大慶と存じ有難う存じまする。誠に今日各々様の申しいるゝ事は既に大殿様には武蔵の国の住人越前の庄道広公と申して、世に肩を並ぶる者なき御侍でござりました。然れ共生死の道は免れず、遂にお果て成られました。その上御惣領小二郎様には御発心の志あって、いずくとものう御出なさる。然れば御国も滅亡致さんかと、なんぼ嘆かわしう存じました所に、姉豊姫様と相模の国右門之介様と御縁組相極まり、目出度う御国も治まりましょうと存じ、下々迄何程か祝いまする様にござります。斯様の目出度い事はござりませぬ程に、今おゆるりと御遊び下され候え。やいやいお茶を持って参れ。 
と言えば、兵庫女房お清、竹松と云う子に茶を持たせ出ければ、命婦院見給い、
御台 さてさて、おとなしい子や。   
と手を取り膝に載せ、
御台 のうお内儀、この様な美しい子を持ちさぞ嬉しかろう。今日はことない馳走で嬉しうこそあれ。
と宣えば、お清承り、 
お清 まずまず今日は、何の風情もござせぬ所に、御機嫌良く御慰み下されまして、我々迄忝のう存じまする。又これへ御出なされまして、所も変わりましてござります程に、今少し御酒を上げましとう存じまする。
と言えば、太郎左衛門申し様、  
太郎 いやいや、もはや取(とり)にしたら良かろ。殊の外大酒で酔うた程に。 
と言えば、兵庫申し様、   
兵庫 いやいや是非共今一つ上がり下され。   
銚子、銚子と申しつゝ、又杯を出しければ、命婦院杯取り上げて、
御台 いかにも、今日は目出度い事なれば、殊の外の酔いなれ共、今一つ飲みて、此の杯を兵庫に差さん。
と一つ飲み、差したまえば、兵庫杯頂戴し、一つ受けてつうと干し、
兵庫  扨此の杯は憚りながら、太郎左衛門様へりようぐはい(返杯?)申さん。 
と言えば、 
太郎 大杯斗は頂かんが、酒は許してくれ。殊の外酔うた。
と云えば、
兵庫 いやいや是非共今一つ。 
と勧むれば、 
太郎 その儀ならば抑え申す。今一つ飲み差し給え。 
兵庫 いやそれは許して下されよ。
と辞退する。  
太郎 それ侍共是非共今一つ盛れ。 
かしこまって侍共両方より立ち掛かり 
侍共 御意でござる、今一つ   
と手を取れば、其時太郎左衛門合図の言葉を掛け、 
太郎 それ侍共     
と言いければ、  
侍共 取った
と云うて両の腕を捩じ伏せる。兵庫驚き、
兵庫 これは如何に    
と言いければ、其時太郎左衛門大の眼をくわっと出し、 
太郎 やい兵庫、扨々おのれ憎い奴か有物か、おのれよう物を聞け。既に此の国の大将越前の庄道広とて、世の肩を並ぶる者も無かった。その御台は誰じゃと云えば某が姉。然れ共大殿にはもはやくたばって果てる。 惣領小二郎めは姉じゃ人とはなさぬ仲。然れ共、此方には隔てはなけれ共、おのれが方から隔てをして、いずく共なく国遠する。姉豊姫も隔てして、我々姉弟に不合に当たる。然るにおのれが思案建てを以て、故も無き右門之介と姉めと夫婦にして、此国を治めんとや。なかなか思いもよらぬ事。然るによって姉めを討って捨て、妹小夜姫と、それがし夫婦になり、此の国を治むる筈だ。さるによって、此度家中の奴輩に我に従うか従わねば忽ち討って捨つるがと云うたれば、皆々従うと云うて、はや一家中残らず一身同心の連判載させた。此上はおのれも我に従うか従わぬか、有無の返事をさらえた。狼狽えたる事言わば引っ張り切りにしてくれん。
と申しける。
兵庫 扨も扨も左様の悪事をよくもよくも企んだな。えゝ、これにつけても惣領小二郎様の御兵発心が今更思い当たった。昔より継子継母の転き事を思召しての事ならん。やい太郎左衛門、たとえ一家中の奴輩が残らず一身同心するとても、左様な悪事に此の兵庫は一身はせぬ。
と両の手に取り付きし二人の侍を振り解き、打ち倒し飛びし去って太刀に手を掛け、  
兵庫 おのれら寄ってみよ。片端からなで斬りにしてくれん。
と言えば太郎左衛門腹をたて、  
太郎 それ侍共、討って捨てよ。   
かしこまって太刀を抜き、我も我もと打って掛からんとすれば、継母は
御台 やれ待て汝ら、一身せずば此の伜を討って捨てよ。    
とあれば、太郎左衛門やがて兵庫が子を引っ提げ、
太郎 おのれ合点せぬと此の伜を殺すが。    
と、空へ差し上げ既に打ちつけ殺さんとすれば、兵庫も今は是非なく
兵庫 あゝ、先ず待ち給え。その儀ならば一身致し申さん。
と言れば、  
太郎 然らば急ぎ判形致せ 
と、やがて連判差し出す。 
兵庫 畏まって候 
と、既に判を捺がんとする所へ、女房お清つかつかと出、兵庫が手を取り、
お清 斯様な悪事に一身して判を捺ごうと思し召すか。  
兵庫 おゝいかにも。判を捺がねば伜が命がない。    
女房聞きもあえず、      
お清 扨々、此方は卑怯な、何と大事の御主と、あの子と思い替え、お姫様を殺そうや、おれがきかぬ先こそ聞いてからは判を捺がせぬ。
と云え共、聞かず捺がんとすれば、   
お清 いやいや捺がしはせぬ。    
と、又取り付くを片腹へどうど突き倒し、判をしっかと捺いで、
兵庫 これこれ御覧候へ。某、一身して御味方申し上げるは、御気遣いなさるゝな。
と云えば、 
太郎 おゝよい。合点、満足致したり。     
と喜べば、女房お清は呆れ果て、       
お清 えゝ情けなや、これにつけてもお姫様がお痛わし。のう兵庫殿、誠に、前御台様のお果てなさるゝ時、我々夫婦を御枕元に寄せ給い、とにもかくにも豊姫が事、二人の衆を頼む程に、随分盛り立てゝくれよと宣いし時、いかにもお気遣いなさるゝなと請け合いはなされぬか。此のお清は忘れはしませぬぞや。ええ、あの様狼藉え者と今迄何として夫婦と云うて添うて致しらんまで。のうおれには暇をくしやくしや。 
と言えば、  
兵庫 何、暇をくせ。おゝいかにも。去った。急いで出で失せ。
お清 何、去った。そんなら証拠をくせくせ。  
と言えば、  
兵庫 おゝ心得たり。こりゃこりゃ証拠には此の伜を連れて帰れ。
と言えば、お清は幼き者の手を取って、  
お清 あの様な性根の腐った親を持ちやった故、幼少より流浪をしやる。親云うては、今からは母一人じゃぞ。
と、涙を流し、
お清  ええ口惜しや、おれが男ならおのれらを、安穏に置くべきか、やい、そこな、畜生の兵庫め、継母の悪人めらと一緒に成り、お姫様を討つたりと、たった今に天の責めを受け、屍をやぐはいに曝すを見る様な、扨々浅ましい侍畜生共めら、やい畜生の兵庫め。畜生め畜生め。
と畳みかかけて申しつつ、 
お清 此の様に言うを何と止めてみぬか。    
あの面共わいのと思うまゝに扱うし、幼き者引き連れて、いづく共なく出て行く。御台、太郎左衛門これを見て
太郎 扨々口のさがない女や 
と言えば、兵庫申し様    
兵庫 されば当座に討って捨てんと存じ候え共、大事の前の小事と存じ控え申し候。
太郎 もっとも、もっとも。さあさあ、この上は急ぎ姫が首を討って参れ。即ち検視にこれなる段六遣わする。はやはや急げ。
と言いければ、   
兵庫 畏まって候。追っつけ首をお目にかけん。             
と、姫の御殿へ急ぎける。太郎左衛門申し様、
太郎 さあさあ、姉じゃ人、思召すまゝになった。            
と、喜びいる所へ、段六散々手負い帰り、 
段六 扨ても兵庫めが姫の御殿へ忍び込みましたによって、某も続いて入りましたれば、却って某に手負うせ、姫を連れ立ち退き候。  
と言えば、    
太郎 えゝ無念な。騙された。よしよし彼奴が小舅に、花房兄弟の奴輩は、兵庫と違い土性骨の違った奴。さるによって此度も一番に連判をさせた彼奴めら兄弟を討手に遣わすべし。やいやい侍共、姫が首を見ぬ内は方々に関を統べよ。 
と申し付く。奥を指してぞ入りにける。      
第二幕 山中の場   
第一場 兵庫・お清の忠義立て     
かくて兵庫は姫君を肩に掛け息をはかりに落ち延びけるが、とある所に降ろしつゝ   
兵庫 扨々危うき御命、某、かくて候上は少しも気遣いなさるゝな。  
と申す所へ、女房お清、幼き者を負い来たり、     
お清 のう兵庫殿、扨はお姫様を連れ立ち退き給うか。扨々、頼もしや頼もしや。左様の事とも知らず、最前は言葉を荒しました。何事もお許し下されべし。さあさあ私もお供して参らん。
と言えば、兵庫聞き入れず、     
兵庫 おのれは男に向かって畜生とはぬかしおったな。身は畜生じゃによってお姫様のお供をして立ち退く。
と言えば、
お清 いかにも腹の立つのはもっともなれ共、お姫様の為を存じ申した事、何事も御許し候え。申しお姫様も御言葉を添えられ、堪忍召さるゝ様に詫び事を成り下され候え。
と涙を流し申しける。姫様聞こし召し、   
小夜姫 これ兵庫、何事も堪忍して仲を直ってたも。            
兵庫  いや御前の御存(知)ない事。お構いなされますな。
と言う所へ、向こうより追手の者見えければ、
兵庫 南無三法。まず御前には一足も先へ御急ぎ候え。某はこれにて、追手の奴輩切り抜け、後より追つけ参らん。此の道を左へついて御落ち候へ。 
と、道筋を教え参らせ、 
兵庫 早々落ちさせ給え。 
と言いければ、   
小夜姫 その儀ならば先へ参らん、これ兵庫必ずお清と、仲を直ってたも。
と宣い、別れて落ちさせ給いける所へ花房兄弟は、大息ついで来たり、  
左京 右京 その方には姫君を連れ立ち退き給う由、さてさて頼もしうこそあれ。 
と言えば  
兵庫 何、方々は討手に参られしか。某も検 視の者迄も切り払い姫を伴い一旦は立ち退きしが、其方達をはじめ一家中残らず一身とあれば、それがし一人にてはとても叶うまじと思い、姫は只今爰にて討って捨て、これなる谷へ死骸を捨てた。 
と言えば、兄弟驚き、   
左京 右京 何姫君を討ったとや。さてさて狼狽え者かな。三代相恩の御主をようもようも討ったな。日頃は左様の心底にてはあるまいと思い、今迄は婿よ小舅よとて、肩を並べ膝を組みしは無念なな、我々此の度判形捺いだのも、姫君を御供致し何方へも一旦立ち退かんと思いての事。殊に討手に参りしもその思案なるに、さてさて侍畜生め、おのれが様な奴は討って捨てんも易けれ共、刀汚しにいらぬ物、もはや姫君討たれ給う上は、我々永らえても益も無い。いざ刺し違え死なん。
尤もとて、兄弟刀を抜いて既に刺し違えんとすれば、兵庫慌てて 
兵庫  やれ待て。      
と、両方を押し止め、      
兵庫  さては左様の心底か。おゝ頼もしい。 何隠さん。姫君は助け申し、はや先へ落とし参らせたり。   
と言えば、    
左京 右京 何、それに偽り無きか。
兵庫 何か、さて侍冥利、虚言はない。侍の誓言の上は偽りはあるまじ。  
左京 右京 そうのうては適わず筈。近頃満足致したり。 
兵庫申し様、 
兵庫 いざいざ、後より追っつき姫君を見つがん。           
と言えば、兄弟聞きて、 
左京 右京 いやいや、気の毒成る事有り。悪人太郎左衛門は文武二道の奴にて、姫君の首を見ぬ内にはとて、はや方々に関を据えたれば如何はせん。
と言う所に、女房お清片蔭より出、   
お清 あれにて様子聞き、頼もしゅうこそ候え。如何に兄様、その気ならば、私が首を打って、姫君の首と敵に見せ、姫君を何方へも御供申し、御立ち退き候え。早々打たせ給え。                                   
と首差し延べていたりければ、左京聞きて                     
左京 おゝ頼もしい。お主の身代わりに立つは侍の願うてもなき事。いざ打たん。   
と後ろへ回れば、右京押し止め   
右京 もっとも左様なれ共、お清は一旦兵庫に進ぜたる者なれば、兄弟のまゝにもならず。如何にお清、左様に思うなら兵庫殿にとくと相談してから。  
と言えば、
お清 いやいや、もはや兵庫殿には去られる、夫は無し。ただひとり身にて談合致す者もなし。早々打たせ給え。 
と言えば、其時兵庫 
兵庫 おゝもっとも、最前去ったと申せし故左様に申すな。左様の心底なる者なにしに離別をしょうぞ。去りはせぬ。 
お清 いや、それでも去らしゃんした者、  
兵庫 いや、去りはせぬ。 
と、互いに競り合い嘆きけるは、詮方のうぞ見えにける、 
お清 時刻移して悪しかりなん、いざ打たん。  
と申すれ共、兄弟、夫の事なれば、誰あって打たんと云う者もなし。
兵庫  えゝ、心弱くてかなわじ。 
と、兵庫太刀抜き後ろに回り、既に打たんとすれば、不憫や幼き者は、  
竹松  のう、父上様堪えて下され。  
と、母に取り付き嘆くにぞ、兵庫も今は太刀を捨ててぞ泣き至り、兄弟も涙にくれていたりしが、右京心を取り直し、  
右京 嘆きて叶わぬ事なれば、幼き者を引き退け、これ兵庫殿、此の子を御身すかし給え。 
と、傍らへ引き寄せ、心強くも首を打つ。   
右京 これこれ兵庫殿。最後は清かった。 
と首を見せれば、 
兵庫 もはや首を打ち給うか。扨々御身は心強き人かな。今よりして此の子は何と致さん。のう悲しや。 
と嘆くにぞ。無惨やな幼き者、   
竹松 おう、小父様、何とて母様を打ち給うぞ。             
と、嘆き悲しむにぞ。三人一所に倒れ伏し、声を上げてぞ泣き至り、右京心を取り直し 
右京 ええ未練な御主の為に、親を打つも子を打つも武士の習い、心弱くては叶わじ。我々は急ぎ屋敷へ帰り、敵に首を見せ申すべし。御身は一時も早く姫君に追いつき、御供申し立ち退き給え。 
と、涙ながら別れ別れになりにけり。
第三幕 藤沢道場 
第一場 右門・豊姫の邂逅    
これは其の頃、藤沢の上人と申すは越前の庄道広の御惣領小二郎殿御出家遂げ、今は藤沢の一遍上人と申しける。有る時上人、菊丸 月丸とて二人の稚児を召され仰せけるは、 
上人 扨も右門之助は発心の志有る程に、ひたすら出家にしてくるゝ様にと此所に参り、愚僧も頼まるれど、なま道心の末も解けねば如何と思い、先ず学問の心に入る様にと申しおいたが、今日はいづくへ参られしぞ。 
稚児達承り  
稚児 されば山へ御出に成される  
とあれば、さらば参って様子を見んと、山へ行きて見給えば、右門之介は鉄砲持ち、と有る岩の狭間に腰を掛け居眠りておわします。     
上人 これこれ衛門   
と起こし給い、     
上人 その方は出家の望みと有りしが、見れば狩人の有様にて、殺生の体は如何に。         
右門 されば某、学問致しい候えば、鹿共が参り、つま(褄)がう体を致すを障りと存じ、所詮撃って捨てんと存じ、扨かくの通りにて御座候。  
とあれば上人聞き召して、  
上人 もっとも煩悩截断は理なれ共、仏の戒めにも殺生を第一と戒めえば、平に殺生を止め給え。
と、様々教化し給え共、更に聞き入れ給わねば、   
上人 よしよし、さほどに招引無き者を、たって止むるもいらぬもの、御身の心次第にし給え。扨、愚僧此所へ参りしも、今日よりは方々へ修行に出る、それ故暇乞いに参りし也。   
と、立ち出で行かせ給いける。 
しかる所に、豊姫は漸う此所へ迷い出させ給いけるが、上人を御覧じ、やがて上なる小袖を脱ぎ、
豊姫 のう、如何に和尚様。これは今日の亡者の為に和尚様に奉る。よきに御回向頼み奉る                    
と、渡し給えば上人受け取り、 
上人 なんと、亡者の戒名は何と申すか。 
と尋ね給えば、              
豊姫 いや戒名とてもさぶらず。只御回向な られ下され候へ。       
と涙と共にえば、上人聞き召され      
上人  志とあれば愚僧心へ良きに御回向申さん。             
と、別れ別れに成り給う。姫君後を見送りて、  
豊姫 のうのう、和尚様、今日の亡者の戒名と申すは、自らが子にて候。  
と、涙ながらに宣え共、もはやその相隔たれば、その返答はなかりける。    
扨、向こうを見給えば滝の淵瀬有り、あれへ行きて身を沈めんとやがて立つより既に投げんとし給うが、待て暫し此の世の名残にとて、右門様より来たりし尺八を懐より取り出し暫しが間、音もすみやかに吹き給えば、雌鹿牡鹿笛の音に浮かれ出て、踊り戯れ遊びける。衛門之助は御覧じ、やがて鉄砲おっ取り狙いよって、打ち取らんと暫しためらい給いしが、二匹の鹿は笛の音に拍子を合わせ踊るにぞ。 
右門も心移りつゝ、思わず鉄砲を打ち捨てゝ、暫し慰み給いしが、向こうを見れば、十七、八のさも美しき女、尺八を吹きいたりけり。さては此の頃怪しからぬ鹿の荒れ様は、あの女の技ならん、いかさま様子あらんと窺い給う所に、彼の女性袂に小石を拾い入れ、既に身を投げんとし給う所を、走り寄っ抱き止め、
右門  これ上臈、何とて身を投げんとはし給うぞ。様子を承わらん。  
と宣えば、      
豊姫 されば私は越前の庄道広の娘豊姫と申す者にて候が、私の母は継しき中にて候が、叔父の太郎左衛門が悪事を企み、私を打って捨てんと企みしを、乳伝(めのと)の兵庫が、情け故これまで落ち延び候え共、もはや右門様には会い申す事はならず、所詮身を投げ相果てんと存じ、かくの通りにて候。 
と涙と共に宣えば、   
右門 何、豊姫とや。我こそ右門之助なるは。もし豊姫ならば、いつぞや此方より尺八文を遣わせしが。      
と宣えば、  
豊姫 いかにも滝川と云う尺八遣わされ、又 歌に瀬を早み岩にせかるゝ滝川の 
と宣えば、右門やがて、    
右門 割れても末に会わんとぞ思う         
と宣えば
豊姫 扨は右門様か
右門 豊姫か
と、両方互いに縋りつき、喜び涙を流さるゝ。 右門之介宣うは、  
右門 いかにも国元の様子、又は御身行方(亡)のふなられしと承り、それがしも浮世を立てんより、出家にならんと、此山へ参り、上人を頼み学問努めいる所に、これ成る鹿共が参り、学問の妨げをするにより、打ち殺さんと思い、これへ参りし故御身に回り合し也。此の上は上人に斯くと申し、国元に下り、悪人共を滅ぼさん。先ずは此方へ此方へ            
と上人の御寺へこそは帰らるゝ。
第二場 上人一族の再会仇討ち      
ここに孫兵衛とて心愚か成るのう(農?老?)人有りしが、一遍上人修行に御出でなされし折節の中にて、不慮に御眼にかゝり、仏道の道理を少し御勧めなさるれば  
孫兵衛 扨々有難き事を承り得道致し候。まず少しこれへ御立ち寄り下され。今少し有難き事御聞かせ下され候え。     
と、我が内へ伴い申す。
孫兵衛 今晩は非時(食)を上がり下され
と留め申す。 (こゝにて孫兵衛、上人を頼み俄に髪を剃り坊主に成るだうけ(道化?)有り)
さる程に代官兵庫は、豊姫に別れ参らせ、遂に回り合わざれば、此の孫兵衛に少しよしみ有る故、彼が所に頼みいて方々を尋ねしか、今日も又会わぬとて帰りければ、
孫兵衛 最前一遍上人とて語り坊主が参りし故、叩き出し追い払うたてば、此着る物を取り落とし逃げ帰りし 
のと、取り出し兵庫に見せれば、これは豊姫様の着る物じゃが、一遍上人と申すは左様の粗相成る方にてなし。さりながら此の着る物は合点ゆかず。あれへ参り様子を聞かんと上人の御寺を指して急ぎける。 
これは扨置き、小夜姫は姉君に訪ね逢わんとて、左京とただ二人、或る夜密かに屋敷を忍び出、ようよう上人の門前迄落ち延び給う所に、後より追手の者大勢来たり、 
追手 やいやい左京。その姫を何処連れて行くぞ。此の方へ渡せ。  
と言えば、小夜姫聞き召して        
小夜姫  もはや左京とは夫婦になれば、太郎左衛門が心に従う事はならぬ。急ぎ帰り此の由を申せ。 
とあれば、追手の者腹を立て、出引っ立て行かんと我も我もと掛かれば、左京太刀抜き切り結ぶ。その暇に小夜姫は門の内へ逃げ隠れ給えば、追手の者続いて追っ掛け入りける。    
然るに豊姫、右門之介は、上人御留守故御帰りなさるゝ迄、忍びて此処に居わせしが、追手の者小夜姫と思い、討って掛かれば、豊姫驚き
豊姫 やれ人はなきか
と声を挙げ表へ走り出させ給う所を、ただ一刀に打って捨てゝぞ退きにける。右門驚き走り出で、追っ掛け給う。                            
扨左京も手負い、彼方此方へたじたじする所へ、小夜姫立ち出で  
小夜姫 のう、御身は手負い給うか   
と泣き給う所へ兵庫来たり     
兵庫 何、左京か。小夜姫か。
と言う所へ、右門走り帰り       
右門  何、女房共は打たれけるか  
と、死骸に取り付き泣き給う所へ、上人は右京に不慮に会わせ給い、伴い帰らせ給いける。右京は小夜姫、左京を見て 
右京 これは、これは。皆々これには何とておわすますぞ。此の上人様こそ古の小二郎様。  
と申すれば、
小夜姫 のう、兄様か   
上人 小夜姫か   
と宣う所に、又豊姫も出給い、
豊姫 おう小夜姫か
と宣えば、右門御覧じ、  
右門  まさしく御身は討たれ給うと思いしが、不思議さよ。  
と辺りを見れば、門前に有りし地蔵菩薩、大袈裟に切られおわします。上人仰せけるは、  
上人 豊姫は地蔵菩薩の申し子なれば、さては御身代わりに立たせ給うかや。こは有難や
と、皆々拝ませ給いける。
扨国元の様子、右京が物語にて聞いたり。何れもを伴いない早々国元へ参り、悪人共を滅ぼしたく思え共、当月は開山の御年忌に相当たれば法事過ぎての事に致すべしとて、皆々伴い御寺へ入らせ給いける。扨その後、上人は開山の御年忌に当たりしとて、十七日がその間御説法有り、大念仏の踊りを始め、御法事有るこそ殊勝なれ。
其の折節、大井太郎左衛門は侍共を引き連れ豊姫、兵庫を討たんとて方々を尋ね歩きしが、聞けば彼奴等は皆々一つに回り会い、藤沢の上人を頼みそれがしを討たんと付け狙う由、その上聞けば、かの上人は小二郎の成れの果てと聞いて、(有)幸いの事彼奴を始め皆々打って捨てんと、かの道場へ参り「頓死したる往生人にて候。御取り置き下し候え」と偽り、輿の内に隠れ入り侍共に輿担かせ葬礼の体に出で立ち参りしかば、上人真と思し召し法事過ぐれば、いざ執りおかんと輿の際へ寄らせ給えば、内より太刀抜き跳んで出、上人に打って掛かれば、「何、悪人の太郎左衛門めか。それ打ち捨てよ。」とあれば、右京、左京、兵庫跳んで出で、ずたずたに切り悪人を滅ぼし、末繁盛と栄え給う。           
原文:東京大学付属図書館蔵