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在校生の斉唱で早春の風に乗って館外に流れ
ていった。最近生徒に広まった噂であるが、弥
生先生はある私立高校が四月から芸術学部を
設立するため、ピアノ科教師として引き抜かれ、
中学教師を退職するということであった。
完一はこっそりと弥生先生に確認した。
「菊池君どうしてわかったの?先生はね一年間
中学生を教えてきて、中学生の可愛らしさも知
った。もっともっと中学生に絵と音楽を教えてあ
げたい。だから中学教師に未練はあるけど、それ
以上に私の特技と思ってるピアノを教えることを
生き甲斐にしたいの。今度開設される私立高校
のピアノ科は、今の私の夢にぴったりだと思う。
だからそちらを選んでしまった」にっこりと笑い
ながら言った。その表情はあどけない少女のよ
うだと完一は思った。
"仰げば尊し我が師の恩教えの庭にも早幾年   8
思えばいと疾しこの年月今こそ分れめいざさ   7
らあば"女子卒業生は殆どが泣きながら歌っ
ていた。あばずれの岩本京子も泣いていた。
男子卒業生はさすがに泣いてはいないが目
が潤んでいた。それは三年間の回顧、友、教
師との別れへの純粋な悲しさであった。そし
てこの歌の歌詞が別れの悲しさを助長するか
の如き歌詞でもあった。完一はスコットランド
の歌であったこの歌を、訳した人が誰かは知
らなかったが素晴らしい言葉で訳したものだと   
思った。師の恩はまさしく尊いものであり、そ
の師達との別れがこんなにも寂しいものかと
考えていた。
 不良というレッテルを貼られたまま卒業する
田中、力石、曽根も目を潤ませながら歌って
いた。三人とも集団就職で東京、大阪に行く
ことになっている。田中は東京で夜はボクシ
ングジムに通って、目標の世界チャンピオン