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昨夜お父さんを殺してしもたんじゃ」教諭は
教壇の椅子によろよろと凭れかかるように座
り、机に肘をつき自分の頭を支えたまま動か
なかった。
「先生訳が分らんそれはどういうことです
か?」完一が大声で叫んだ。教諭は頭を支え
たまま返事をしなかった。
「先生言うて下さい」阿部秀子が叫んだ。完一
が教壇に進み出て、教諭の肩を揺すった。
 するとそれが合図であったかのように、全
生徒が教壇に進み出て、教諭の机を取り囲ん
だ。中にはもう泣き声で「先生」「先生」と呼び
続ける女生徒もいた。                   
「済まん、取り乱してしもた。事件の経過を    
説明するからみんな冷静に聞いてくれ。今朝
がた警察から電話があった。至急東署に来て
下さい、伊吹権次という少年の問題ですという  2
電話じゃった。先生はタクシーで飛んで行った。 7 
そこには手錠をかけられた伊吹がおった。伊吹
は泣いてばかりで、何をしたのか全く分からな
かった。刑事が先生を別室に呼んで全てを話し
てくれた。昨夜お父さんが帰ってきて、伊吹の
お兄さんに金を貸してくれと言ったそうじゃ。
お兄さんが断ると、お父さんは怒ってお兄さん
の通帳をとったそうじゃ。お兄さんが取り返そ
うとすると、お父さんはお兄さんを殴った。お
兄さんは殴られるままであったが、伊吹が止
めに入ったそうじゃ。伊吹も殴られるままであ
ったが、そのうちいきなり台所に行き包丁を持
ってきて、お父さんの胸を刺してしもうた。お
姉さんが救急車を呼んだが、傷は心臓に達し
ていて、既に息が切れていたそうじゃ」教諭は
ロイド眼鏡を外して、涙をハンカチで拭ってい
た。教室は全員が泣きじゃくる声で唸り声のよ
うな響きになっていた。