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小説家か?高校入試に出るか?」鳥居が権次
に尋ねた。
「お前太宰治知らんのか?残念ながら高尚
過ぎて、大学入試くらいじゃないと出んけど
のう。凄い小説家じゃけど、人間的に暗おう   
て、弱い人で「人間失格」とか「斜陽」じゃ     
ったかなあ、書いて自殺してしもうた人なん
じゃ、わしとは全然反対の人間じゃけん好き
じゃないけど、どことのう引き付けられるとこ
ろがあるんよ。うん、どこか鳥居みたいな人
間よ、暗いとこが」
「伊吹君、あんたやっぱり素晴らしい人よ。
私は鳥居君が暗い人とは思わないけど、太宰
治の人となりを知ってるなんて先生感激した」
教諭は嬉しそうに低い鼻をピクピクさせて言っ
た。全て姉からの知識の押し売りだが、権次
は自慢そうな顔で笑っていた。          7
「さあそれでは余談はここまでで、続きをい   6
きましょう。伊吹君この言葉の訳をしなさい」
「分らんて」
 二時限目は弥生先生の音楽だった。音楽室
に入ってきた弥生先生はいきなり言った。
「今日の授業は作曲でしたね。宿題にしてまし
た詞は作ってきてくれましたか?」
「はあい」「はい」権次の顔が突然硬直した。前
回の授業で作曲の基本を教わって、それでは
次は皆さんに作曲をしていただきますから、詞
だけは作ってきて下さいねと、弥生先生が言っ
たのだった。だが授業が終わると、権次の頭の
中からはそのような宿題のことなどすっかり消
え去っていた。他の生徒は「難しかった」などと
言いがらノートを出している。短歌を作るのが
得意な権次だが、これから詞を作ることなど不
可能だった。弥生先生に叱られる自分の姿が
脳裏を掠めていった。もう絶対絶命だと思うと