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「ごんちゃんええか、弥生先生を描こうと思
おたら弥生先生への気持ちを忘れいよ。その
気持ちがあったら、どうしても指がスムーズ
に動かん。ほじゃけん無の気持ちで描け」
「あっ、なるほど。さっきはどうしても指が自
由に動かんかったが、それはわしが弥生先生 
のことを思い過ぎるけんいかなんだんじゃ。  
今度は全く邪心を捨てて単なるモデルだと思
って描いてみることにするか」
「そうじゃ」完一はついでに権次がずっと弥生
先生を思う気持ちを忘れてしまってくれない
かと思った。完一の部屋は二階の八畳ほど
の洋室である。南側の窓から広々とした庭と
手入れの行き届いた樹木が見える。室内は
子供の部屋とは思えないほどの調度品で満
ちていた。権次は完一から与えられた画用
紙にデッサンを始めた。             6
「ごんちゃん、できれば弥生先生の体全体が  3
入るように、描いた方がええぞ。そうじゃそう
じゃ、先生の体のスマートさを強調する線じ
ゃ。ほじゃけどのう、顔がちょっと違うんじゃ。
退(ど)いてみ」完一は権次を押しのけるよう
に椅子に座った。
「弥生先生の顔は頬の辺りから下が細くなる
んじゃ、こういう風に。フランス人形のような
顔じゃな、目がぱっちりしていて口がもっと小
さくて丸いんじゃ」
「ほうじゃほうじゃそのとおりじゃ、わしも弥
生先生の顔は目をつむっとっても浮かんでく
るんじゃ。ほじゃけど描こう思うたら描けれん
だけよ。ほうじゃほうじゃ、そっくりじゃが、か
んちゃん頑張れよ」
「ごんちゃん何か勘違いしとらせんか、これは
ごんちゃんの絵ぞ」
「気にしない気にしない、はい、はい、もっと続