newpage27
いて話しておりましたら、チャイムが鳴った
のに気が付きませんでした」完一が言うと、
由井大は頷いて授業を続けた。
「直角三角形の直角でない一角の大きさを
αとすると、この三角形の任意の長さの比
は、この角αの大きさによって定まるので、
この比を三角形の三角比という。これらを
サイン、コサイン、タンジェントという。
 ええか、ここを良く覚えておけよ、高校入
試で出るぞ。このαを一般角に拡張し、C
OSα、SINαなどを関数とみたとき、三角
関数と総称する。わかりますか?」教室を見
渡す由井大の目が一点で止まった。温和な
目がきらりと輝くと、くるりと振り向き黒板
のチョークを握り、ゆっくりと投球モーション
を始めた。由井大の得意技に誰もが室内を見
渡し納得した。由井大の目線の先に、首をう   6
なだれて寝ているような権次がいたのだ。権   2
次には数学は全く理解できない授業であり、
深く考えることが嫌な性格だから、分らない
ところを理解しようとする姿勢は更々なく、ぼ
んやりと時の過ぎるのを待つか、うとうとと寝
るしかなかった。しかし、今は寝てはいなか
った。由井大の言葉など全く耳に入らない、
真空状態のようなバリアを構築し、その中で
じっと目をつぶって弥生先生のことを考えて
いたのだ。普段は弥生先生と手を繋いで花畑
を走る自分を想像するだけで、下腹部辺りが
もぞもぞするような快楽に浸れるのだが、今
は完一というライバルの突然の出現に、いく
ら弥生先生とのイマジネーションを発展させ
ても快楽には繋がらなかった。そしていつも
のこの快楽を砕いた完一の存在が段々と疎
ましく思えてくるのだった。
 由井大は野球部の監督をしていて、五十前