newpage22
「内気なかんちゃんのことじゃけん、相手に
気持ちをよう伝えずに悩んどるんじゃろ。分
る分るがや」権次は腕組みをしたまま立ち上
がり、円を書くように歩きながら言った。
「恋するということは不思議なもんよ。実は
わしも今好きな女がおってのう、その人のこ
とを考えるだけで胸が張り裂けそうになるん
じゃ。この社交的人間のわしでも、その人に
会うともう胸がときめいてしもて、なんにも
言えれんようになるんじゃ。こんなん初めて
なんじゃ。かんちゃんの気持ちはよう分るぞ。
わしかんちゃんの惚れたやつなら、うまいこ
と言えるけん仲を持ってやるが、誰ぞ?」権
次は団子鼻を膨らませ、どんぐり眼を更に開
いて言った。
「ええっ、ごんちゃんも好きな女がおるのか?
ふうん。わし恥ずかしいんじゃけど、同級生   1
じゃないんじゃ。年上の人なんじゃ」       2
「なんじゃ高校生か。あるわ年上を好きにな
ることも。男女の仲は不思議なもんよ。わし  
が惚れとるのも年上じゃ」                  
「違う、高校生でもないんじゃ。先生じゃ」完
一の言葉に権次の目が鋭く光った。
「かんちゃん、ひょっとして、ひょっとして弥
生先生を好きになったんか?」完一が口を
開けたままぱちぱちと目を瞬かせた。
「どうして分ったんぞ?」権次は両手で頭を
押さえて、壁に凭れたままずるずると座りこ
んでしまった。学生服の背中が線を引いたよ
うに白く汚れた。
 弥生先生とは中原弥生という名であり、昨
年東京芸大を卒業して、この中学校に赴任
してきたばかりで、クラスは持ってないが、
音楽と美術を受け持っている美人教諭である。
父親が市の教育長をしていて、教育界のサラ