newpage20
を内心で誇りにしていると思えるような、
正確無比の人間であった。ところがこの授
業中、教諭が黒板に字を書いている隙に、
権次がそろそろと机に進み出て、時計の針
を進めてしまったのである。
「あっはっはやったじゃろ。五分進めてやった
んじゃ。みんな見たか、石田の不思議そう
な顔、首振りよったぞ。五分もうけた、遊び
に行こ」権次がおどけたように言った。室内
から喜びの笑いが起こった。しかしそれを制
するように完一が言った。
「ごんちゃんいかん、あんなことしたらいかん
ぞ。今回はわし黙っとったけど、次からは先
生に言うぞ」
「たまにはええが、かんちゃん屋上に上がっ
て、三時間目の数学の為に英気を養おうや」
「うんそうじゃなあ」外は真冬とはいえ穏やか  9
な日和であった。屋上からは南西側に松山    1
城の聳える勝山、北側に護国神社とその裏山
の御幸寺山が一望できた。二人は屋上の西側
入口で、日差しを浴びながら壁に凭れて座っ
ていた。
「ごんちゃん、高校はどうしても工業の定時
制にするのか?」
「うん、わしはどうしても働かないかんけん
のう。わし松山製作所に就職決まっとるじゃ
ろ、会社が高校に行くなら、四年間は仕事は 
五時まででええ言うてくれたけん、定時制で 
ええわい。定時制は定員に足らんけん受かる
と思うけど、わし勉強できんけん入ってから
が不安じゃ」松山製作所は市内を流れる石手
川近くにあり、松山では中堅の従業員二十人
程の鉄工所である。
「ほうか、ごんちゃんはやったら出来るんじゃ
けん頑張れや」