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家族思いの憶良は、もう退席しようと思いま
す。家では子供が自分を待ちわびて泣いて
います。いや、子供ばかりではない、その母
親、つまり私の妻も私を待ち焦がれてるでし
よう、と歌ったもので人生詩人と言われる所
以(ゆえん)の、最たる歌だと思います」
「この歌は自分の家族を持った者でないと理
解しにくい歌だが、さすが委員長素晴らしい 
解釈じゃ。外に憶良の歌を知ってるもの?」 
室内はしんとして誰も手を上げなかった。
「なんだおい、外に誰も憶良の歌を知らない
のか。伊吹知らないのか?」権次は学業成績
はクラスで常に最下位であり、学校全体でも
下位に低迷している。特に英語、数学、理科
は全く駄目で、試験で五十点以上取ったこと
など一度たりともなかった。しかし、体育と
国語の中の短歌に関してだけは、何故か優れ  7
ていた。鋭く人生を見つめた短歌を作って、   1
教諭を驚かせたりもしていた。それは家族の
本質、現状、自分の不法行為を歌った暗いも
のが多かった。しかし、短歌だけ出来ても所
詮国語の授業の一部分であり、体育のような
好成績ではなかった。
「おほん」と大きな咳払いをして権次が立ち上
がった。
「クラスの優秀な皆様を差し置いて、劣等生の
私が、このような発表をします行為をお許し
いただきたい」政治家の演説のような、メリハ
リのあるしゃべりに教室中が大笑いになった。
「すべもなく 苦しくあれば 出で奔り 去な
なと思えど 子らに障りぬ。うおっほん」
右手を口に持って行って、更に大きな咳をす
ると室内にどよめきが起こった。もう権次は
スターの心境になっていた。
「よしよく知ってた。それではその歌の解釈