バレエダンサー
ルーマ・ゴッデン
図書館で借りた本なので、手元に無い。でも、いつか買おうと思っている。
お母さんは、バレリーナになりたくてなれなかったから、お姉ちゃんのクリスタルにすべてをかけている。だから、本当は弟の方にバレエの才能があるのに、それを認められない。
でも、弟は(天才なので一種の天然君)、様々な人に手助けされて、見事に才能を開花させていく。
お姉ちゃんのクリスタルは、もう、ちっちゃいころから、お母さんにとって「特別な子供」だったから、バレエの世界でも特別な子供でないといけない。でも、弟の方に才能があるのは分かっている。そんなわけでちょっと性格的にツイストしてるんだけれど…。プライドが高くて、意地悪もしちゃう。でも彼女はお母さんほど子供じゃなかったし、そして、才能もあったので、自分の力でプレッシャーと葛藤を乗り越えていく。
ルーマ・ゴッデンの作品は大人でも読み応えのあるものが多い。「バレエダンサー」は特にそう。少年のサクセスストーリーと、少女の成長物語が一緒くたになったような本だから、一気に読める。…泣いた。
問題はやっぱりお母さんで、最後まで弟の方を認められない。心の中ではわかっているんだけれど。
これは、このお母さんの話、といえなくもないかも。こんな親、いるよ、絶対。
海岸列車
宮本輝
精神的にしんどい時に、ふと読みたくなる本ってのがある。
ワタシの場合、宮本作品がそう。
宮本輝の作品で嫌いな作品ってのは無いなあ。どれが一番好きかと聞かれると、ものすごーく悩む。
人と人との不思議な縁を描いた作品が好きなんだけれど、その点では、海岸列車が秀逸かも。
金持ちの女性のヒモになって暮らしている兄。叔父の残した会社を一人で切り盛りしなくてはならなくなった妹。ふとした縁で知り合った妹と国際弁護士の男。弁護士の男と留学生時代のビルマ人とアフリカ人の友人、そして、富豪の華僑との不思議な縁。
人と人との真摯な交わりと、人間の品性が丁寧に描かれていると思う。
ワタシが一番好きなのは、華僑の男性と、ビルマ人留学生と不思議な縁を描いた長いエピソード。人の縁の不思議、そして、その不思議な縁が元で、大きく変わっていく主人公たちの人生。
中でも、女性の心に響くのは、妹が不倫したことを知っている兄の、「不倫ってのは女の魂に傷をつける」という言葉じゃないかな。確かに、言えている。(いや、別に自分が不倫したわけじゃないけれど…)
そして何より、この人の作品の根本のテーマは、「再生」じゃないかと思う。
「海岸列車」もそうだし、「森の中の海」も「草原の椅子」も「ここに地終わり海始まる」も「海辺の扉」も…。
宮本作品を読むと、真摯に生きるってどうすればいいのだろう。人としての品性を保つのって、どうすればいいのだろう。ついつい考えてしまうのだ。人間としての品格ってのはどういうことなんだろうねぇ。生きるとは簡単だけれど難しいよ。
愛の年代記
塩野七生
塩野七生の短編集。中世からルネッサンスのイタリアにおける男女の愛憎のお話。
中でも、「エメラルド色の海」は、何回読んでも泣く。同じシーンで泣く。
サヴォイア公国に、トルコの海賊であり同時にトルコ海軍の司令官でもあった(当時、オスマン・トルコ帝国は、海軍の指揮を、海賊に任せる代わりにアルジェリアなどの北アフリカの太守に任命していた)ウルグ・アリの艦隊がやってくる。
ウルグ・アリとは、イタリア人でありながら、トルコ海賊の奴隷となり、やがて改宗し、トルコ海軍の提督にまで上り詰めた男。
サヴォイアの妃が当時オスマン・トルコと友好関係を結んでいたフランスの王女だったことから、ウルグ・アリから、王女さまにご挨拶差し上げたいとの申し入れがある。しかし、海賊風情に王女を会わせる訳には行かない。そこで、身代わりを立てることになり、女官のほとんどがしり込みする中、一人の夫人が名乗り出た。
これもイタリア生まれの夫人は、ウルグ・アリとの会見に臨み、ヨーロッパ騎士顔負けの礼儀を受け、王女様に、と大きなエメラルドの首飾りを贈られ、月並みな挨拶を交わして会見は終わる。
宮廷では、ウルグ・アリをまんまとだませたことがしばらく話題となり、贈られた首飾りも、身代わりを果たした手柄にと、夫人へ下される。
月日が流れ、ある日、出入りのイタリアの商人から、夫人へ贈り物が届けられる。美しいエメラルド色の豪奢な布。送り主は「ウルグ・アリ」。彼は、会見した王女が身代わりであったことを知っていたのだ。
夫人は、届けられた布を広げて、エメラルドの首飾りをそっと置いてみる。そして、突っ伏して泣くのだ。少女のように恋をした自分がうれしくて、悲しくて。
なぜかここで夫人と一緒に泣いてしまう。成就するわけもなく、もう一度会えるわけでもなく、たいして言葉を交わしたわけでもなく…。中年を過ぎて少女のような恋に落ちながら、それを表に出すほどおろかではなく、けれど、いつでもその恋を胸の中で抱きしめることが出来る
窓から眺めたガレー船が、水鳥のように飛び立つ姿のなんと美しいこと。
塩野さんは映画がお好きだそうだけれど、映画好きの人の書く文章って、視覚的にとても美しい。
レパントの海戦
塩野七生
「コンスタンティノープルの陥落」から続く地中海歴史絵巻の最終巻。この三部作のおかげでイタリアにハマり、トルコにハマり、ついには、この二カ国に旅行するまでになった原因の本だったりする。
レパントの海戦は、西洋史上、ガレー船で行われた最後の海戦で、歴史の舞台が地中海から太平洋へと移っていくきっかけになった重要な海戦。
トルコ側には有名な海将ウルグ・アリもいたし、キリスト教連合艦隊には、提督に時のスペイン王の腹違いの弟ドン・ホアン(ドン・ファン)、これも有名な海の傭兵団の長ドーリア。(スペインの船には、「ドン・キホーテ」の作者、セルバンテスも兵士として乗り込んでいた)
統制の取れていないキリスト教連合軍をまとめるのに重要な役割を果たしたのが、ヴェネツィア貴族のアゴスティーノ・バルバリーゴ。
彼が、海戦で命を落とすシーンなんて、夜中に涙とハナミズを滝のように流したもんだ。一人の男として、オトナとして、とても素敵。
この人の作品って、好き嫌いがあるらしく、友人に勧めると、「おもしろかった!はまった!」って言う人と、「どーしても読めない」って言う人がいる。
でも、とてもわかりやすい文章を書く人だと思うけれど。(文章をややこしく書くことは簡単だけれど、万人に分かるように難しいことを分かりやすく書くことはむずかしい)
西洋史を学んだ経験が無いので、塩野さんの本でずいぶん勉強させてもらった。
ヴェネツィアがベニスで、ヘンリーはアンリで、カルロスはカール、何てことも当然知らなかったもんね。
この人の本って、不思議。小説でも歴史書でもないんだけれど、なんか、「ほんとにそうだったに違いない」と信じてしまうのだわ。
よって、ワタシは、チェーザレもアレッサンドロ6世もルクレツィアも、バルバリーゴもスルタン・メフメットもこういう人だったんだわ。と思っている。あまりに印象が強烈なため、ほかの本に出てきたら、違和感を感じてしまう。
特に、チェーザレ・ボルジアは露出度が高いから、「違う。ちがうのよ〜!」と、何度叫んだことか。
こんなことを言うと不謹慎かもしれないけれど、「歴史」になってしまった(つまり、遠い過去のものとなってしまった)戦争は、スリリングでドラマティック。
その証拠に、現代の戦争には不快感を感じる人も(私もだ)、幕末物や戦国物の時代小説や時代劇は、みんな熱心に読んだり見たりするじゃない?だから、この地中海戦史も、スリリングでドラマティックで面白いのだ。
蔵
宮尾登美子
東北の造り酒屋の盲目の娘、烈。彼女の一生を軸に、両親、叔母の生涯を丹念に描いた美しい作品。映画やドラマにもなったので有名じゃないかな。
宮尾登美子の作品の中では、一番好き。この人の作品は、本当に「語り」が美しいと思う。読み始めると、文章の美しい流れに、一気に読んでしまう。耳慣れない(読み慣れない?)東北弁も、美しく響く。
日本に生まれて、日本語を読めてよかったなあ…。と思える。
盲目のハンデを乗り越え、造り酒屋を継ぎ、そして、恋した人を一途においかける姿は、清冽で胸を打つ。主人公たちの人生を活字で追っていくことの面白さが十二分に味わえる。
ハプスブルクの宝剣
藤本ひとみ
ユダヤ人であるがゆえに、初めての恋を引き裂かれ、片目をも失ったエリヤーフー。
ユダヤ人であることを捨てて生きることを決心するエリヤーフーを助けたのは、後に女帝として有名なマリア・テレジアの夫フランツ。フランツの従者となり、ユダヤを捨て、ハプスブルク家で並びない者となろうとする。
テレジアとの恋、拒絶。政治の駆け引き。家族と再会したときの心の葛藤。
これは、本当に読者をぐいぐい引っ張っていく本。
主人公が、ユダヤ人を追い立てる立場になって、そこで家族と偶然再会したとき、家族が彼に差し出した見えない手。
うまい。うまい表現だ!もう、それに感動したねぇ。涙がだばだば出た。それにしても、恋に落ちる瞬間がいつもいつも、みんなみんな唐突なんだが…。まあ、世紀の恋なんて、そんなもんかもしれん。
エリヤーフーの実家とされているロートシルト家のモデルは、現在も続くユダヤの富豪、ロスチャイルド家?かなあ…?