耳鼻咽喉科は頭頸部外科として、頭蓋内と眼窩内、皮膚以外の悪性腫瘍を専門としています。頭頸部癌の特徴について述べてみます。
1、癌とは:まず前提として、悪性腫瘍と良性腫瘍の境界はありません。自律を失って自己増殖して組織を破壊していくのが悪性腫瘍で、局所に留まるのが良性腫瘍ですが、増殖力や転移のしやすさの有無で、悪性度も様々です。わずかな増殖能で留まった前癌状態、粘膜の浅い部分にわずかに発生している上皮内癌、組織検査の細胞の増殖能でみた悪性の準備状態など、悪性度にも様々なものがあります。癌として発見できた時点で転移は否定できない、癌であっても転移していなければ治療を必要としないものもある、との”癌もどき”理論に準ずる癌も存在します。このように悪性と良性の境界が無い中で、組織を破壊して進行する悪性腫瘍=癌を見逃さないように頭頸部の診察を行います。各種癌の中でも頭頸部癌は、臓器の表面から発生することが多いことから、扁平上皮癌などの分化度の高い=悪性度が低く、放射線治療が有効な癌が比較的多い部位です。さらに、口腔内や喉頭は軽い慢性刺激が持続することの多い部位ですので、白板症などの前癌状態が目立ちやすい部位です。体の中でも重要な臓器である心臓は不思議と癌は発生しません。脳も悪性のものよりは良性腫瘍が多いです。
2、癌の種類:癌の分類を大きく分けると、固形癌と血液癌に分けられます。固形癌は、臓器細胞が変化して発生します。血液癌は血液を作る骨髄から発生する白血病とリンパ組織から発生する悪性リンパ腫があります。白血病は全身症状が主体です。正常白血球の減少からの発熱、正常赤血球の減少からの貧血、正常血小板の減少からの出血・皮膚の紫斑などが初期症状です。耳鼻科でも、鼻血で白血病や血友病を心配して来院されますが、鼻血だけでは直ぐには白血病は疑いません。悪性リンパ腫は、リンパ組織で増殖します。頭頸部は扁桃腺、アデノイド、頚部リンパ節などのリンパ組織が、体表から目立つ部位にありますので、早期に悪性リンパ腫を発見できる場合があります。初期には感染による炎症と区別がつきませんが、治療を行っても感染症としての治癒の傾向が無い場合には、悪性リンパ腫も疑います。
3、頭頸部癌の早期診断:癌の局所における大きな特徴は、正常組織を破壊しながら増殖することです。その結果、癌周囲の正常組織の血管や神経を蝕んでゆきます。体の局所で、持続的に出血したり、持続的な自発痛がある場合には、癌も視野にいれなければいけません。当院外来では、よく2〜3日前からの痛みや違和感、しびれ感で癌を心配して受診される方がおられますが、発症後2〜3日ではそのほとんどが感染症や一時的な刺激による組織障害です。2〜3週間以上症状が持続し、かつ、進行する傾向のある場合には、癌も否定できないとして診察を進めてゆきます。
4、頭頚部癌の検査:頭頸部は頭蓋内や胸部、腹部とは異なり、体表に露出しているために早期発見が可能です。視診、鼻腔・喉頭ファイバー、触診で腫瘤の存在は早期から認識できます。エコー検査、CT、MRIによる画像診断は検診的な意味合いではなく、腫瘤の存在が疑われた後に、腫瘤の性状や進展具合、隣接臓器との因果関係を見極めるために行います。
★以下に、頭頸部の部位別に、私が診察時に注意している癌の早期発見の注意ポイントを挙げます。いずれも1〜2週間、症状が持続し、かつ、徐々に悪化する傾向があるという前提の上です★
外耳道癌、中耳癌:無理な耳掃除や以前からの耳の掻痒感、鼻風邪症状が無い耳痛、耳出血。頭頸部の中でも癌の発生頻度は極めて少ない部位です。むしろ、骨破壊性の良性疾患である中耳真珠腫や外耳道真珠腫にも注意します。
鼻腔癌、副鼻腔癌:血性の鼻水、目の周囲の痛み、頬のしびれ。ごく稀に悪性黒色腫のような悪性度の高い癌も発生します。またウェゲナー肉芽腫のような組織破壊をともなう自己免疫疾患にも注意します。
上咽頭癌:血性の鼻水、鼻閉、片側性の滲出性中耳炎、複視などの視神経障害。ほとんどが扁平上皮癌ですが、悪性リンパ腫にも注意します。東南アジア、日本では太平洋岸を中心にEBウイルス感染による癌もあります。
扁桃癌:扁桃表面の片側性の白苔付着や潰瘍形成、血痰、咽頭痛、頭痛。高リスク型乳頭腫ウイルスの持続感染によるものや、リンパ組織として悪性リンパ腫もあります。
舌癌、歯肉癌、頬粘膜癌、中咽頭癌:進行する口内炎、出血、痛み。口腔扁平苔癬も前癌状態のひとつとして経過に注意します。
下咽頭癌、頚部食道癌:血痰、嚥下痛、嚥下困難、声がれ。頭頸部の上皮癌の中では、下咽頭の食道入口部より下は喉頭ファイバー検査でも確認出来ません。食道入口部の唾液の貯留や声帯の動きに左右差がある場合には、下咽頭食道ファイバー検査で確認します。喫煙、大量の飲酒習慣がリスク・ファクターです。
耳下腺癌、顎下腺癌:痛み、皮膚との癒着、顔面神経麻痺。唾液腺組織のため様々な悪性度の癌や良性腫瘍が見られます。良性腫瘍と悪性腫瘍の発生率は10:1ですが、良性の多形腺腫は悪性変化する場合もあり注意します。
喉頭癌:声がれ、痛み、血痰。喫煙が大きな発生要因です。
甲状腺癌:痛み、反回神経麻痺(声帯麻痺)を介した声がれ、甲状腺組織の破壊による甲状腺機能亢進。悪性度の低い癌が多いですが、悪性度の高い未分化癌、良性からの悪性変化もあります。MRIによる診断が特に有効です。
頚部リンパ節癌:皮膚に癒着して硬いリンパ節。多くは頭頸部癌の転移ですが、原発巣不明の転移リンパ節もあります。頭頚部癌の転移であれば原発巣も同時に摘出しなければ後の制御が困難になるため、転移リンパ節が疑われた場合には、ファイバー検査、エコー、CT、MRI、PETなどで頭頸部に原発巣がないかまず確認する必要があります。頭頸部に原発巣がなければ、異常なリンパ節の生検を行い確定診断します。もし転移リンパ節であれば全身の検索を徹底的に行います。乳頭腫ウイルス感染や悪性リンパ腫や白血病にも注意します。悪性腫瘍以外でも、壊死性リンパ節炎、リンパ節結核、伝染性単核球症などでも遷延化するリンパ節腫大を認めます。