突発性難聴とは
●突然に起こる難聴で、耳鳴りやめまいを伴います。ある日突然、片方の耳(まれに両側の場合もあります)が聞こえなくなり、軽度であれば自然治癒もありますが、中等度以上の難聴では後遺症が残る可能性があります。多くは耳鳴りも出現し、約40%にめまいが起こります。
●2001年に行われた全国調査によると、治療を受けている患者さんは約35.000人で、1993年の調査における24.000人から大きく増えています。年齢に関係なく発症しますが、50歳代にやや多いです。男女差はありません。
● 今のところ、原因の特定は困難です。急性の神経性(=感音性とも言います)難聴の中で、程度が強く原因が特定できないものを突発性難聴といいます。様々な原因が考えられていますが、なかでも有力なものが「ウイルス感染」と「内耳循環障害」です。
ウイルス感染:帯状疱疹ヘルペス(後遺症になりやすい!)や単純ヘルペス、はしか、インフルエンザ、ムンプス(おたふくかぜ)などのウイルスが耳の一番奥の内耳に感染して、内耳の、音を聞く「蝸牛」と、体のバランスを保つ三半規管などの「前庭」を障害します。
内耳循環障害:動脈硬化や微小血性、微小出血、自律神経失調による血管の収縮などで、内耳の血液循環が悪くなり、内耳の機能低下や神経変性が起こります。
検査と診断
● 問診:難聴が発症した前後の様子、難聴以外にどんな症状があるのか、糖尿病や高血圧などの基礎疾患の有無を知ることが、診断や治療法の決定に役立ちます。特に、耳鳴り、めまいの有無と状態、それが起きたタイミングと、手足のしびれ、頭痛、意識障害などの他の脳神経障害の有無が重要です。
● 聴力検査:隣合う3つの周波数で30dBの低下(診断基準)
重症度分類:初診時の5周波数(0.25、0.5、1、2、4kHz)平均聴力レベル
Grade 1: 40dB未満
Grade 2: 40dB以上
Grade 3: 60dB以上
Grade 4: 90dB以上
めまいのあるものa, ないものb、2週間を過ぎたものは ’をつける 例:Grade3b’
● 平衡機能検査
● その他の検査:血液検査ではウイルス感染の有無を、必要に応じてCT、レントゲン検査で中耳炎や聴神経腫瘍(内耳神経にできる良性の腫瘍)がないかを確かめます。難聴が改善しない場合や進行する場合には聴神経腫瘍などを疑い頭部MRI検査も行います。
● 歪成分耳音響放射(DPOAE):内耳の外有毛細胞の反応を検出します。病初期に検出されれば突発性難聴の予後がよいとの研究報告があります。
以上より、難聴を起こす明らかな原因が他に見つからない場合に、突発性難聴と診断します。
治療法と対処法
● 安静:ストレスや過労をとるための安静が必要となります。重症の場合は入院して、点滴治療と同時に安静を保ちます。
● 薬物療法
推測される原因によって、以下の薬を組み合わせて、内服や点滴で使用します。
・ ウイルス感染に対して ヘルペスウイルスに対して抗ヘルペスウイルス薬
・ 神経変性に対して ビタミンB12、アデノシン酸(ATP)、ステロイド(副腎皮質ホルモン)
★入院治療では、最初に多量のステロイド薬を投与し、徐々に薬の量を減らしていく漸減療法がよく行われます。糖尿病(要インシュリン管理)、高血圧、骨粗鬆症、緑内障、うつ病などステロイドの服用で悪影響のある基礎疾患のある方には慎重に投与します。
・ 内耳循環障害に対して
末梢循環改善薬(点滴アルプロスタジル、経口プロサイリン、血小板凝集抑制作用、抗凝固薬・血栓溶解薬との併用注意)
末梢血管拡張薬(経口カルナクリン、末梢血管平滑筋拡張)
ビタミンE
・ 内リンパ水腫に対して 抗利尿薬、漢方薬
・ めまい、自律神経失調に対して 抗めまい薬、制吐剤、精神安定剤
● その他の治療法
星状神経節ブロック:首の付け根にある星状神経節をソフトレーザーで一時的に働きを低下させて、内耳への血流を増やします。
鼓室内ステロイド注入:ステロイドを局所注射で鼓室内に高濃度で注入します。サルベージ療法として改善が思わしくない時に行います。
高圧酸素療法:高圧酸素タンクの中で高濃度の酸素を吸入して、内耳循環を改善させます。済生会松山病院など、設備を有する施設は全国でも限られます。
● 早めの受診が重要です!
内耳を含めて脳神経は、完全に傷んでしまうと回復しません。発症後1〜3日で変性が進行し、約2週間で回復し難くなり、約1ヶ月で固定することが多いです。したがって、突然の難聴や耳鳴り、めまいが起こった場合には、たとえ症状が軽くても出来るだけ早く診察することが望まれます。
< 突発性難聴の類縁疾患 >
前庭神経炎:内耳の中の平衡感覚を司る前庭から脳へ向かう前庭神経にウイルスが感染することが原因で障害が起こると考えられています。持続性の強いめまいや吐き気が起こりますが、難聴や耳鳴りは伴いません。
メニエール病:典型例では難聴、耳鳴り、めまいが起こります。内耳のリンパ液の内圧が上がって起こる「内リンパ水腫」が原因です。難聴は低音部から始まることが多いです。突発性難聴との境界の病態として、低音障害型感音難聴、低音障害型突発難聴があります。
外リンパ瘻:くしゃみや鼻をかむ、外傷などで内耳の圧力が急激に変化して、内耳内の外リンパ液が中耳へ漏れることにより起こります。診断を確定するためには、CTP(外リンパ特異蛋白)検査(中耳の生食洗浄液より検出します)や試験的鼓室開放術という手術があります。
自己免疫難聴:ステロイドが有効なステロイド依存性難聴(自己抗体高値、T細胞優位、サイトカインIL-17,IFNγ,TNF、抗コクリン抗体高値、プレドニン40mgより漸減療法)とステロイド抵抗性の自己炎症難聴(単球優位、サイトカインIL-1阻害薬有効)があります。
聴神経腫瘍:耳の神経から生じる良性腫瘍で、脳腫瘍の約10%で、脳腫瘍の中では頻度の多いものです。30〜50歳の人で男性より女性にやや多く、人口10万人に1人の発生頻度とされています。 ほとんどは片側の耳に生じますが、まれに両側に出現することもあります。聴神経腫瘍の大部分は平衡感覚を司る前庭神経にできますが、腫瘍が大きくなるにつれて徐々に聴覚神経にも影響して難聴が生じます。平衡機能については、徐々に低下するのと、腫瘍のない方の耳が低下した平衡機能を代償するため、ふらつきなどを自覚しない人がほとんどです。良性の腫瘍とはいえ、大きくなると聴覚や平衡機能の低下だけでなく、周囲にある脳神経と脳の障害による症状があらわれてきます。たとえば、顔面神経障害による味覚障害や顔面まひ、三叉神経障害による顔面知覚異常、小脳障害による体のふらつきなどの症状です。診断は、聴力検査、平衡機能検査で異常を疑い、MRIで腫瘍の存在を見極めます。