鼓膜は外側が皮膚で内側が粘膜で出来ている薄い膜です。本来再生力は旺盛ですので、鼓膜に穴(穿孔)が開いても、4日~2週間程度で閉鎖することがほとんどです。しかし、外傷で骨の付着部や外耳道との移行部などの再生力が弱い部分が障害されたり、急性中耳炎を繰り返して再生力が弱くなった鼓膜で耳だれが続いたり、鼓膜チューブ留置などの刺激で、急性炎症が収まっても鼓膜が穿孔したままだと慢性穿孔性中耳炎に移行します。時には2,3年後に自然閉鎖したり、かぜをひいた際に急性中耳炎化してその刺激で閉鎖することもあることから、鼓膜穿孔を閉鎖する処置は早急に行う必要はありませんが、鼓膜穿孔が慢性的に閉じなければ、中耳や外耳、鼻の状態を総合的に判断した上で、閉鎖する処置を行います。
鼓膜穿孔により引き起こされる不都合:
➀ 難聴--ただし、2~3mm程度の小穿孔であれば、内耳の神経や耳小骨に障害が無ければ、 かすかな耳閉感を示すだけで、滲出性中耳炎や耳管狭窄の時のような不快感は認めません。
➁ 耳漏(耳だれ)― 冬は鼻かぜからの細菌感染が、夏は汗や暑さによる外耳道からの雑菌による感染が主です。耳漏が慢性化すれば、緑膿菌やMRSAなどの耐性菌やカビに注意します。
➂ スイミング ― 小児では炎症の状態に応じて耳栓の着用が必要になります。
閉鎖処置:原則的には ①鼓膜表面が乾燥 ②しばらく急性化していない ③耳管機能がよい、などの条件を満たしている場合に行います。
⑴ 穿孔縁への薬剤処置:穿孔縁に鼓膜の再生を促す薬剤を塗布したり、軽い刺激を与えて、 穿孔縁の新鮮化を図り、鼓膜の再生を促します。
⑵ 保存的鼓膜穿孔閉鎖術(パッチ術):穿孔が小さい場合は、まずキチン膜というカニの甲羅を原材料にした膜(パッチ)を使って、閉鎖を試みます。穿孔縁を新鮮化した上で、穿孔部をパッチで覆います。パッチが鼓膜になるのではなく、本来の鼓膜がパッチを足がかりにして再生することを期待します。多くは5分程度で、鼓膜切開に準じた局所麻酔下で行います。パッチは2週間~2ヶ月で鼓膜表面から浮いてきますので、その際に本来の鼓膜がどれだけ再生してきたか評価します。外傷や急性中耳炎後の新鮮例では高頻度で閉鎖しますが、鼓膜の再生力の弱い慢性例では1~2割程度の成功率です。1回で完全に閉鎖しなくともある程度穿孔が小さくなっていれば、パッチを繰り返します。また、鼓膜が閉鎖しない場合でも、パッチを貼った時の聴力の改善の程度やパッチの落ち着き具合が評価できることから、鼓膜形成手術の準備のためにも行います。
⑶ コラーゲンスポンジ、リティンパによる鼓膜穿孔閉鎖術:穿孔縁を新鮮化した上で、テルダーミス(コラーゲンスポンジ)、またはリチィンパ(線維芽細胞増殖因子bFGF含有ゼラチンスポンジ)+フィブリン糊を、穿孔に挿入固定します。テルダーミスは人工真皮と呼ばれ、皮膚が無くなった傷口や口の中の粘膜を覆うために開発されました。鼓膜とも親和性がよく、多孔性のスポンジの中にも鼓膜の細胞が再生していきますので、約5割の成功率が期待できます。
費用:テルダーミス4.740円、リティンパ約2万円(3割負担の場合)
⑷ 鼓膜形成術:
当院では、フィブリン糊という生体用の接着剤を用いた局所麻酔による日帰り手術を行っています。自分の筋膜を伝って鼓膜の細胞が徐々に再生し、約6ヶ月かけて筋膜が吸収されて鼓膜に置き換わってゆきます。約6~8割の成功率です。手術に協力の得られる小学校高学年からは手術可能です。水曜日午後に予約制で行います。
方法;耳たぶの後ろと鼓膜を麻酔の後、耳の後ろを約3センチ切開し、筋膜を採取します。穿孔縁をトリミングの後、筋膜を穿孔部に挿入し、フィブリン糊で接着します。麻酔を除いた所要時間は約1時間で、念のために付き添いの方が必要です。再生してきた鼓膜がある程度安定するまで約3ヶ月かかります。その間は、定期的な通院が必要です。麻酔液の刺激で、術中ごくまれに一時的にめまいが起こる場合があります。この場合は、経過観察室でしばらく休んで頂きます。
⑸ 鼓室形成術:鼓膜穿孔が大きかったり、外耳道との移行部や耳小骨付着部の鼓膜が欠損していたり、鼓膜の石灰化や菲薄化などの鼓室硬化が高度で鼓膜の再生が期待できない場合には、鼓膜全層を筋膜で置き換える手術を行います。約2週間程度の入院が必要です。また、耳小骨が溶けて再建を要する場合や、中耳の奥まで炎症が広がり慢性化している例では、CTで精査の上、さらに長期の入院が必要となる場合があります。総合病院耳鼻科に紹介します。
#なお、鼻から耳への空気が抜けない高度な耳管狭窄症や癒着性中耳炎では、鼓膜を形成しても中耳内が乾燥化しないため、鼓膜を形成する手術自体が困難です。