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 悪家老の陰謀

 伊予松山の城主、松平隠岐守の愛妾お袖は、美しい容貌とは似ても似つかぬ悪女で、悪家老奥平久兵衛と情を通じ、共謀してお家乗っ取りを画策していた。そのころ久万山の古岩屋に隠神刑部という狸が棲んでいたが、これがいわゆる松山八百八狸≠フ総帥で、長らく松山城を守護してきた傑物だけに、久兵衛一味にとっては薄気味悪い存在だった。
 するとあるとき、松山城下に後藤小源太正信という若い浪人がやって来た。小源太は幼時に母を失い犬の乳で育てられたため夜でも目がきく。しかも剣の腕が立つので、そこに目をつけた久兵衛は、言葉巧みに誘いかけ、小源太を一味に引き入れて刑部狸牽制の役を命じた。そこで小源太は刑部狸に会見を申し込み、両者は久谷の古寺で会見した。犬の乳で育った小源太には刑部狸をはじめその一党の姿がよく見えるし、狸の方は小源太の体内に流れる犬の血を悟って警戒を怠らない。この会談の結果、小源太は絶対に狸を害さぬこと、狸は小源太が危機に陥ったときは必ず助けに行くこと、などを取り決めた。
 これを聞いた久兵衛は内心大いに喜び、さらに小源太を利用するため七〇〇石で召し抱えることにした。いまは完全に久兵衛の片腕となり、悪の一味に荷担する小源太を見て、刑部狸は驚き、言葉を尽して諌めたが七〇〇石取りの出世に目のくらんだ小源太は耳を貸そうともしなかった。
 一方、藩中には正義の士もいた。筆頭家老松平主膳、長谷川織之丞、近習頭山内与兵衛などを中心とする一派である。中でも山内与兵衛は剛直の士で、久兵衛の悪事を見るに見かね城主に諌言したが、お袖に篭絡されている城主はこれを怒り、逆に手討ちにしてしまった。
 刑部狸はこの有様に義憤を感じたが、盟約者の小源太が久兵衛一味なので手出しするわけにいかない。そこで小源太には内緒で、悪事の張本人久兵衛を懲らしめようと決心した。すると松平家の祖、正平院殿四品貞行大居士の一〇〇回忌法要が、山越の長久寺で行なわれることになった。この席には家中の士がすべて顔を揃える。
(法要の席を利用しょう!) と刑部狸はひそかにその日を待ちわびた。さて、法要の当日。上座に倣然と構えていた久兵衛が、何気なく祭壇を見ると、狸が一匹いてニヤリと笑いかけた。ハッとしてよく見るとただの位牌。何だ目の迷いかと、安心して見なおすとやはり狸である。思わず脇差の柄に手をかけた久兵衛、前後の見さかいもなく抜き打ちに斬り付けた。と、位牌がまっぷたつに割れ、法要の席は大騒ぎになった。刑部狸の作戦が見事に功を奏したわけだが、こんなことで引き下がるような久兵衛ではない。逆に、「怪しい狸がお家に仇を致すぞ」 と吹聴し、お家を守ると称してますます露骨に活動しはじめた。

 狸一族の敗北

 思いがけぬ結果に驚いた刑部狸は、形勢不利と悟りしばらくは成り行きを傍観することにした。
 すると稲生武太夫という剣士が松山城下に飄然と現われたが、この武太夫が狸には何よりも恐ろしい神杖”という杖を持っていた。そこで刑部狸は、武太夫を敵に回してはならぬと考え、一匹の雌狸を美女に化けさせて武太夫に近付けた。若い武太夫は、美しい娘にすっかり魂を奪われてしまい、やがて腕を見込んだ正義派が協力を求めたころには、腑抜け同様のだらしない姿になっていた。ところがこの雌狸は、自分の化かし方のうまきに有頂天となり、つい油断して尻尾を出してしまった。自分の愛していた女が、実は狸だったと知ると武太夫ほ烈火の如くに憤った。騙した狸にも腹が立つし、騙された自分にも腹が立つ。そこで神杖≠使って八百八狸のすべてを久万山に封じ込めると、誘われるままに正義派の味方となった。一方、これを聞いた久兵衛は、あわててお家乗っ取りの計画を強行しょうとしたが、これも徐々に実力を貯えていた正義派のため弾圧きれてしまった。
 哀れを極めたのは小源太で、いつの間にか姿を消し、行方知れずになったという。