口が大きく開けられない、あごのつけ根が痛む、コキンとかポキッという音(クリック音)やこすれる音がする、などの症状が出ることがあります。これらの状態は顎関節部にあらわれる種々の症状を総括した呼称で「顎関節症」と言われています。耳鼻科を訪れる患者さんでは「耳が痛い」と訴えられる場合も多く、最近ではある種の頭痛や肩凝り、眩暈症やさまざまな愁訴の原因とも考えられ、スギ花粉症、拒食症とともに現代の三奇病の一つと言われたりして注目されています。
症状の現れ方は人によって様々です。典型的には、初期のうちはクリック音が出たり出なかったりしますが、長期化すると必発するようになり、閉口時にも発生するようになります。この時期には痛みは出ませんが、ひっかかりが強い場合は痛みが出ることもあります。さらに進行すると、時折口が開かなくなり、もっと進むとまったく口が開かない状態になります。
原因は外傷、顎の過伸展(歯科治療で長時間大きく口を開けていたなど)、歯の噛み合わせが悪かったり、歯ぎしりや歯を噛みしめるくせなどの顎運動習癖、などのために、上あごと下あごの間のクッションの役割をしている「関節円板」に損傷を来した場合が七割前後と考えられています。あごを開くときは、下あごが関節のへこみから少しはずれるように前に動きます。その時関節円板も連動して動くのですが、これが前にずれたままになると、あごの開閉のたびにひっかかり、こすれて炎症が起きたり、余分な筋肉を使って筋肉痛が生じたりします。
また二十歳前後から三十代の女性に比較的多く見られることから、他の原因として受験勉強、ストレス、緊張などの生活歴や心理的背景が関係する場合もあると考えられています。
治療はその病状の程度によって異なります。極端に大きな口を開けない、あごの横ゆらしをしない、片側だけでものを噛まない、などに留意し、消炎鎮痛薬、筋緊張緩和剤を内服します。時には患部を暖めて血行を促進する理学療法や、炎症が激しい場合には関節腔内注射をすることもあります。ほとんどの場合はこれらの保存療法で改善します。
長期化した場合や、重症の場合は歯科、口腔外科的な治療が必要となります。その中ではプラスチックの板(スプリント)を歯にかぶせる治療が一般的です。歯のかみ合わせが悪く余分な負担がかかる場合は歯を少し削って歯の高さをそろえることも有ります。
一度顎関節症になると、治っても無理がきかなくなることがあります。硬い食べ物や、スルメの食べ過ぎ、あごを後ろに引く動きが必要な管楽器の演奏は避けるなど、あごに負担がかからないように日頃から気をつける必要があります。最近では歯のかみしめとストレスの関係など心理面からの治療も注目されています。ストレスをためないような生活を心がけることも大切です。
顎関節の仕組み
顎関節は両耳の直前にあり、側頭骨のくぼみ(下顎窩)に下顎骨の出っ張り(下顎頭)が入り込む構造になっており、その間には「関節円板」という小さな組織がはさまっています。関節円板は、関節の骨がこすれないように、間でクッションの役割をしています。
この関節円板が下顎骨の動きに合わせて前後に動くことで、大きく口を開けることができるのです。また前後の動きだけでなく、食べ物を咀嚼する時には下顎骨が左右に動くなど複雑な動きをすることも可能にしています。
関節円板は、靭帯によって下顎頭(関節突起)に連結しており、これらの関節組織は関節包という繊維性の膜に包まれています。さらに筋肉がそれらの動きを支えています。
顎関節症のタイプ
このようにいくつかの組織によって構成されている顎関節の、どこに異常があるかによって4つに分類されます。
1)噛むための筋肉である咀嚼筋の障害、
2)関節包や靭帯の障害、
3)関節円板のズレによる障害や、
4)高齢になると起こる顎関節の変形による障害(変形性関節症) です。
この中で一番多いのは、咀嚼筋の障害によって起こるタイプです。咀嚼筋は、こめかみの側頭筋、頬にある咬筋、内側翼突筋、外側翼突筋という4種類の筋肉から構成されます。これらの筋肉が緊張して固くなると、口が開きにくくなります。また、血行が障害されて筋肉の痛みが出てきますが、筋肉の痛みは鈍痛なので、関節の痛みより位置が特定しにくく、患者さんの多くは筋肉が痛いとは自覚できません。(注: 我々耳鼻科医がよく経験するのは耳の痛みとして受診されるケースです)
顎関節症の原因
以前は歯の噛み合わせの異常が大きな原因として考えられていましたが、現在では「噛み合わせの異常は、原因でなく結果であり、顎関節症の症状の一つである」と考えられています。根本的な原因は筋肉の緊張。筋肉の緊張が顎関節の耐久限度を超えた時に顎関節症が起こり、筋肉に引かれて下顎がずれることによって噛み合わせの異常も生じると考えられるようになりました。筋肉の緊張の一番大きな原因が、くいしばりや歯ぎしりです。「歯ぎしりも、音がするのは2割程度で、8割は音がしない」ためそれと気づかないことが多いようです。関節円板のズレは、先天的に靭帯が伸びやすい体質の人が、くいしばりや歯ぎしりをすることにより、関節の靭帯が伸びて関節がゆるくなることが原因で起こります。「筋肉の緊張が強いと、関節の骨と骨を圧迫する力も強くなり、関節円板の滑りが悪くなったり、関節に引っかかったりして症状が出る」ようです。
(婦人公論 2005年 No.1185号 女性の医学最前線 第174回 「顎関節症」 慶應義塾大学歯科口腔外科専任講師 和嶋浩一先生 より抜粋引用) (2005/11/02 追加)
男性一割、女性二割で顎関節症の疑い
男性の約一割、女性の約二割に顎関節症の疑いがあることが、日本顎咬合(こうごう)学会がまとめた調査でわかった。
調査は2002年10月中旬から12月までに学会員が所属する歯科医院に来院した6歳以上の男女1万7千人弱を対象に実施した。うち顎関節症の症状があったのは男性が9.9%,、女性が17.3%だった。
5歳ごとの年齢層に区分すると、顎関節症を患う割合は11歳ごろから上昇し、ピークは男女とも31−35歳。6−10、16−20歳で急激に増加する。
顎関節症の主な症状は、顎の関節が痛む、口を開けにくい、口を開けると雑音が響くなど。顎関節の成長と共に増える傾向があるといわれる。
(日経新聞 2004/03/11より引用