メニエル病

 めまいを訴える患者さんから「他の病院でメニエルと言われました。」という言葉を聞くことがよくあります。「メニエル」というと難しくてもっともらしく聞こえますが、この場合どうもメニエルというのは単に「めまい」という意味でしかないことが多いようです。
 
 メニエルは十九世紀前半、日本では江戸時代の末期に活躍したフランスの医師の名前で、たまたまめまいを起こした後、不幸にも亡くなった一人の若い患者さんを解剖したところ、内耳に異常のあることをみつけました。そのため、後世の人たちはこのメニエル医師を記念して「メニエル症候群」とか、「メニエル症候」という病名を使うようになるのですが、この病名は長いあいだ単に「原因のわからないめまいを起こす病気」という意味でしかありませんでした。

 内耳にどのような変化が起きているのか、はっきりわかったのは昭和のはじめ頃のことです。以後種々の検査できちんと「内耳の水腫れ」(正式には内リンパ水腫と言います)と診断がついたものを「メニエル病」と呼び、単に「めまいを起こす病気」という意味で「メニエル」と通称する診断名を使う場合と区別するようになりました。しかし一般には混同されて使用されることがまだまだ多いのが現状です。
 ここでは「メニエル」と通称される、めまいを起こす病気について書きます。

 めまいとは「身体の位置、運動の感覚の異常」と定義されます。めまいには、内耳性のもの(メニエル病、前庭神経炎、良性発作性頭位眩暈など)、脳に起因するもの(脳幹、小脳など中枢神経の腫瘍、出血など)、頚部の病気(むち打ち症など)、心疾患、血圧異常、動脈硬化などによる循環障害に由来するもの、血液疾患(貧血など)、自律神経異常(立ちくらみなど)、ホルモン異常、さらには心因性のものなど、その原因疾患は多種多様です。なかには聴神経腫瘍や、脳腫瘍、脳虚血など、見落とすと生命にかかわるものも少なくありません。

 めまい症状は大きく分けて、回転性(天井が回るなど)か、非回転性(浮動感、眼前暗黒感、失神感など)に区別できます。一般的には回転性めまいの場合は内耳、聴神経系統に異常があることが多く、内耳機能検査が必要となります。片側(時に両側)の難聴,耳鳴りが付随する時はメニエル病の可能性が高くなります。同じ内耳の病気でも風邪症状の後で起こる前庭神経炎ではめまいは激しいのですが聞こえは悪くないのが普通です。また、内耳の奥の内耳道という部分で聴神経(聞こえ、平衡感覚の神経)に異常があっても、その中枢の脳幹、小脳の病気でも、このような症状が起こることがあります。

 一方、非回転性めまいの場合は先に書いたいろいろの病気の時に起こることがあり、全身的に系統だった検査も合わせて必要となります。また、一つの病気でも、徐々に悪くなると非回転性で、急激に発症すると回転性となるなど、病気の進行の速度のちがいでめまいの種類が異なる場合もあり、診断が困難な場合があります。

 めまいの背景に生命に危険性のある重篤な病気が潜んでいるかどうかの見極めは重要ですが、めまい発作だけを主症状として、緊急的治療を要する疾患はまれです。ひどいめまい発作は「このまま、致命的になるのでは」と恐怖感にかられます。夜中に起こると、救急病院にかけつけることも多いのですが、めまい発作そのもので命取りになるようなことは少なく、余りパニックになることはありません。発作が激しい時は安静が第一です。

 めまいの診断には全身検査も必要ですが、内耳機能検査を欠くことはできません。頭部CTなどで重篤な疾患がなく、原因がはっきりしない場合は耳鼻咽喉科的検査を受けて下さい。