第16回           Soybean Food  ーNattoー

 今日も空には一点の雲もない秋晴れ。心地よい日差しを浴びながら、ひんやりとした大気を肺の底まで取り込みたくて、散歩がてら近くのドラッグ・ストアまで買い物に出かけた。近所をぶらついた後、教室の北向かいのビルに入っている喫茶店に顔を出す。アジアンテイストたっぷりの洒落たお店で、ふだんは女性客がほとんどなので、男が一人でゆったりとした時間を過すには少し肩がこりそうな雰囲気があるが、マスターと挨拶を交わすようになってから、たまに立ち寄るようになった。手の中にすっぽり収まるかわいらしい青磁の湯のみに出されるプアール茶を飲むと、なんだか体の中の不純物が溶け出して、体外に流れ出るような感じがする。
 身も心も『純』な気分になって外を見ていると、自転車の女性が、この季節によく似合う亜麻色のロングヘアーを秋風にびなびかせて通り過ぎていった。一瞬、周りの人間や風景のすべてが止まって、その女性の動きだけが切り取られた銀幕のように鮮明に浮かび上がる。通り過ぎる瞬間こちらをチラッと見たような気もしたが、思い過ごしだろう。身も心も『純』になったばかりなのに、イカン、イカン。
 と、件の女性が戻ってきて、ガラス越しに私のほうを見ている。こちらの心を見透かされたようで、まともに見ることができない。すると、
 「コン、コン」と窓をたたく音。
 「えっ」と顔を上げると、そこに立っていたのはヒカリだった。声は出さず、ガラス越しに口だけ大きく開けながら、
 「ソ・ノ・カ・ミ、ド・ウ・シ・タ・ノ?」と尋ねる。
 「リシオ、かけたんです。hitomiみたいでしょ? 似合ってます?」という返事。
 うなずきながら、右手の親指を立てて応えたが、
 「オンナって、なんで髪型ひとつでこんなに変われるんだ。」と、釈然としない気分のままレッスンに突入。

 「センセイ、これってカントーヘンチョーじゃない?」
とめずらしくヒカリの鼻息が荒い。
 「『カントーヘンチョー』って?」
なんの脈絡もなく突然振ってくるものだから、こっちは呆気にとられてしまう。
 「関東偏重。つまり、関西無視ってこと。」
 「どうして?」
と横からココロがなぜかうれしそうに割り込んでくる。
 「ココロって、鈍感ね。ここ読んでみて。"Many Japanese like to have natto for breakfast."ってあるでしょ。」
 「あっ、ほんとだ。『ほとんどの日本人が朝、納豆食べている』って。ヒカリ、納豆嫌いだもんね。」
 (many Japaneseは、ほとんどの日本人ではなくて、多くの日本人。地域的なばらつきはあるけど、人数的には納豆食べてる日本人は多いからこの英文は間違いではないですよ、お二人さん。)
 さらに、ヒカリは続ける。
 「私が納豆好きとか嫌いとかの問題じゃなくて、東京の人は朝食に納豆食べてるかも知んないけど、関西じゃあまり食べてないでしょ。私の周りなんて『納豆好き』まったくいないし。このテキスト、東京の出版社よ、ゼッタイに。」
 (たしかにこの出版社は東京の会社だけど、日本の大手出版社はほとんど東京にあるのです・・・ハイ。)

 今日のレッスンは、日本人の食卓に欠かせない大豆食品の歴史に関する内容。豆腐は中国から日本に持ち込まれたものだけど、揚げや高野豆腐は日本で生まれたそうな。また、醤油も鎌倉時代に現在のような日本独特の味に仕上げられたということで、ニッポン人ってほんとに和風にアレンジするのが得意だなあとつくづく感心。

 最後に、キーワードリプロダクションの後、"soybean food and the Japanese"というテーマでfree talkingをした。ヒカリのおかげで、「納豆」談義に花が咲いた。