第15回           通訳デモ         

 透きとおった無駄のない、それでいて耳に心地よい声がマイクをとおして流れてくる。NHKの日本語ニュースをシャドウイングしてもらっているが、アナウンサーと互角、へたすればそれ以上のうまさじゃないだろうか。とても初めてシャドウイングしているとは信じられない。思わず聞き入ってしまい、テープを止めるのも忘れてしまった。
 「センセイ、もう終わってるよ。」とヒカリがいたずらっぽく笑いながら言う。
 「あっ、そうだな。」少し、ばつが悪い。
 「島野さんの話し方って、なんだかNHKのアナウンサーみたいですね。」と二人がため息混じりに声をそろえて言う。
 今日は、見学の島野さんを交えてのレッスンで二人とも少し緊張気味だったが、あまりの見事なシャドウイングに兜を脱いだ形だ。後で分かったことだが、島野さんは学生の頃『放送研究会』に入り、アナウンサーめざして腕を磨いていたそうな。ドオリで私のような訛りもなく、・・・。
 デモ通訳を見ていて気づいたのだが、リテインの量を増やしたり、テキストの内容を自分のものとして消化するには、音読の後、「キーワードを活用したプロダクション」+「逐次通訳」をさせるのが効果的だと思う。手順は次のとおりだ。
 1 英語のキーワード選択
 2 英語キーワード→英語リプロダクション
 3 英語キーワード→日本語リプロダクション
 4 日英逐次通訳(ペア・ワーク)
 最後の日英逐次は、今使っているテキストのレベルであれば一つのセクション全体をカバーしなければならないだろう。さっそく、授業に取り入れてみた。

  ところで、レッスンの後BSでCNNを見ていると島野さんが、
 「今のニュースで"COMMIT"という単語が使われていましたけど、訳し方がよく分からないのですが・・・。」
と、尋ねてきた。
 「これはいい質問だな。ヒカリやココロもこういう質問をしてもらいたいものだ。」
とわざと語調を強めて言う。
 「たとえば、今のニュースで
 "The president renewed his commitment to improving national health care, especially Medicare."
 "His administration remains committed to patient's bill of rights."
という二つの文が聞こえたけど、この文脈で、"commitment"と"committed"はそれぞれどのように訳せばいいと思う?」
 負けず嫌いなココロがすかざずGENIUSを引いて、
 「え〜と、名詞で『約束、義務、献身、傾倒』、動詞の方は『・・・することに傾倒する、専心する』と載っているけど。」
と答えながら、今ひとつしっくりこない様子。実際そのとおりで、"commitment"は「取り組み、姿勢、態度、努力」、"be committed"は「姿勢を示す、努力する」と訳すことが多い。
 したがって、先ほどの2文は、それぞれ
 「大領領は、高齢者医療の改善に努めると繰り返し述べた。」
 「ブッシュ政権は、患者の権利保護法案の成立をめざす姿勢を打ち出した。」
と訳すと日本語として収まりがつくというわけだ。