第14回             Baked Cheese Cake

 あれから1週間以上たった。まだ、アメリカは動かない。じっと時期を窺っているのだろうか、それとも「報復は報復しか生まない」とただひたすら神に祈りを捧げているのだろうか。事件があったNY周辺では、あちこちで亡くなった人々を悼むミサがとりおこなわれる一方で、「報復すべきか否か」激しい議論が交わされているそうだ。報復一色に染まっていると思っていた。アメリカ国民は意外と冷静なんだ。

 今朝は、車で15分ほど走ったところにある喫茶店で座っている。もう2時間近くいる。コーヒー豆を挽いたときの深みのある芳ばしい香りが絶えず漂ってくる。この芳ばしさをそのままコーヒーの味に出すことができれば、きっとノーベル賞ものだなと思う。そんなくだらないことを考えながら座っているのだが、いつまでいても退屈しない。居心地がいい。店内に流れるモーツアルトの魅力なのか、それともマスターの人柄なのか。
 さて、そろそろ午後のレッスンが始まる時間だ。おもむろに腰を上げ、レジに向かう。レジの手前に女性が一人立っている。ケーキでも買っているのだろうか。店の中からは逆光になって顔はよく見えない。一瞬、軽くウエーブのかかったセミロングの髪がふわりと動いたような気がした。こちらを振り向いたのだった。少し間があって、その顔がゆっくりと左に30度ほど傾いた。
 「こんにちは。お久しぶりです…。」

 「センセイ、今日妙にテンション高くない?」
 「そうそう、ココロもそう思う?なんか、変よね。いいことでもあったんじゃないの?」
 「そう言えば、今日のレッスン始まるの遅れたじゃない。」
 女という動物は何でこんなによくカンが働くんだろう。ある本によると、女性は原始時代から"nest protector"として絶えず周囲に気を配っていたせいで、身の回りのほんのわずかな変化にも気づくようになったらしい。ほんとに困ったものだ。
 「あっ、思い出し笑いした。ねぇ、ねぇ、ヒカリ、見た?」
 「うん、笑った、笑った。」
彼女達に付き合うのが面倒くさくなって、
 「ハイ、ハイ。あの、今日久しぶりに、知り合いと会って、お話して、楽しかったわけ。それだけ。」
と、あしらおうとした。
 「センセイ、その話少しフェイク入ってない? センセイの話に『ね』が多い時、怪しいのよね。」
鋭い指摘に一瞬ひるみながら、
 「『ね』が多いのはぼくのク〜セ。ホント、ひねてるよな、お前たち。」と言ったものの、
心の中では「ホント、鋭いよなあ、お前たち」なのでした。
そして、その鋭いカンを英文読解でも生かして欲しいものだとも思ったのでした。

 「こんにちは。お久しぶりです…。」
 「え、あっ。」
 「お忘れになっているんでしょう。先日のフォーラムでお世話になったミューズ・カンパニーの目黒裕子です。」
こんなところで会うと思っていなかったから少し驚いた。たしか、大手スポンサーの来賓として東京から参加していた女性だったな。服装から言葉遣いまで、都会独特の洗練された雰囲気をもった女性だったので印象に残っている。
 「お久しぶりです。」
情けないことだが、緊張してオウム返しのあいさつしかできなかった。
 「もうお帰りなんですか。」
 「いえ、さっき来たばかりで、チーズケーキでも注文しようかと・・・。」
2時間座っていて、これはなかったか・・・。マスターの視線がイタイ。それに、いい歳のおじさんが『チーズケーキ』というのもまずかったな。そんな私の気持ちを察してか、
 「あら、偶然。私もケーキをいただこうかと思っていましたの。」
と、芳ばしく焼きあがっているベークドチーズケーキを頼んだ。
 「ハハハッ、偶然ですね。」
ということで、それからさらに1時間ほど座ることになった。

 最初に、リスニング演習をした。TOEIC用の問題を聞いて、出題の傾向を説明した。
 「写真の描写文問題は、勝手に推測したり、細かいところに気を取られていると文全体の意味をつかみそこねてしまうから気をつけて。」
 「ほんと、この問題なんて、男の人が電話持ってるから、電話に関する英文が正解かと思ったら、『テーブルの向こうに座っている』が答だって。これって、だましよね。」とヒカリ。
 「初心者がとまどうのは、Wh-疑問文だな。まず、when, where, why, whoの違いをしっかり聞き分けること。ためしにこの問題を聞いて、どの疑問詞か書いてごらん。」
 二人とも、5問中正解は3つ。やはり、why, where,whenを聞きそこねていたが、これらはすぐ慣れる。
 「"Why・・・?"と聞かれたら、どう答えるよう教えられた?」と訊くと、声をそろえて、
 「"Because"」と答える。
 「ところが、TOEICじゃあBecauseで答えている文はまず不正解。Becauseはよく省略されるんだ。それと、to-不定詞で始まる文でも答えられるしね。あと、疑問文の形をしていて、提案・依頼を表す文の答えもむつかしいな。Yes, Noで答えるんじゃなくて、
Yesの代わりには、I'd love, Why not?, fine with me.などで、
そしてNoの代わりには、Not a chance, I'd love to, but, I wish I could, Too bad.などで答えるんだ。どう、大変だろ。」
 「ウワーッ。頭がパニクリそう。」とココロ。
 「だから、普段からいろいろな英語に触れていないとだめなんだ。単に、TOEICの問題集で受験勉強みたいなことだけしていてもなかなかスコアアップにはつながらないというわけ。まあそこが、TOEIが評価されている所以なんだけどね。」
(参考:TOEICtestリスニング攻略法 「語研」)