由利島
(Yurisima)

南の石浜(1) 写真(1)以外は2002年に撮ったものです

 左の写真は南の石浜(1)で 1995/9 にシーカヤックで行った時のものです。松山市の梅津寺海岸から、行きは追い風で2時間30分、帰りは向かい風で3時間30分かかりました。
 南の石浜に上陸し高い山の方へ少し入ると10軒ばかりの朽ち果てた集落(2)を見つけました、ホラ−映画に出てくるような廃墟です。恐る恐るその1軒に入ったとたん バタ、バタ、バタ、「ワー!」頭をかすめて飛び出す物体が・・・・正体はコウモリ、もう腰が抜けるぐらいビックリしました。
 ここには昭和40年(1965年)に無人島になるまで何十名もの人びとが生活し、電話(8)も引かれていて無人島になった後も1993年まで海難事故などの緊急連絡用として話す事が出来たそうです。(当時携帯電話が普及しておらず、この時使えると思って行った事が後で騒ぎを大きくする)
 古くは弥生式土器も発見され鎌倉時代には大地震で、かなりの被害があり真ん中の石浜の部分が陥没して今の姿になったと言い伝えられています。
 低い山の方へ進むと港(3)があります。太平洋戦争の時、海軍の人が来て細長い池の、海に面した部分を切り開き港にしたそうで、住民の人は港と呼ばず池と呼んでいたそうです。今は小船の緊急避難場所として使われています。また小説家の椎名誠氏がキャンプをして本に取り上げた場所でもあり、TVでお笑いのタレントさんが無人島生活をして、いかだで脱出すると言う番組の舞台でもありました。しかし港の入り口にはお地蔵さんが並び寂しい感じがして一人の自分にはテントを張る気分にはなれず、 上陸地点で一夜を過ごしました。
 朝になると凄い風が吹き出し海が荒れてきましたが仕事の予定があったので出航、湾を出た所で4m位の波をかぶき沈没の2文字が頭をよぎったので引き返し、昼頃再出航しかし漕いでも前に進まず逆に押し戻されそうになったのでまたまた引き返しました。夕方5時頃少し収まったので再再出航、着いたのは8時半過ぎ真っ暗でした。
家や会社で帰って来ないと大騒になっていたらしい・・・・、反省してます。

写真には撮れませんでしたが電話ボックス(8)付近では小柄な黒いウサギを何匹も見かけました。
 朽ち果てた集落(2)の奥の山際には大きくて深い井戸があります。
由利島は愛媛県松山方面から行く場合16km以上有り、本線航路釣島水道(大型船が多く、よく荒れます)を横切るので注意が必要です、シーカヤックでは余りお奨め出来ません。   て言うか無謀・・・。
面積 045平方km 一番高い山 174m

ここは大型のアジを始め、カレイ、グレ、太刀魚、キス、メバルホゴ、鯛といろんな釣りが楽しめます。


朽ち果てた集落(2)

電話ボック(8)

港(3)
自然に帰って行く人家(4) 北の石浜(5) 砂浜から人家跡(6)を見る
砂浜から(7)灯台を見る 北からの由利島全景 南の石浜(1)

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