サンタクロースの贈り物
今年もまた、ジングルベルが流れる季節がやってきた。
華やかに彩られたクリスマスツリーと、薄暗くなった空を照らす様々な灯りのおかげで、いつもの商店街が少しだけ特別に見える。
恋人達が身を寄せ合う中、私はケーキとチキンを抱えて家路を急いでいた。
この賑やかなクリスマスの装いはいくつになっても心が踊る、 ――思えば今までの人生で、いろんなクリスマスを過ごしてきた。
あれはまだ小さな子供の頃、姉と二人でケーキを食べた。どちらがお菓子で出来たサンタを食べるか、そんな風に争いながらの食事はとても楽しかった。
それから初めて家族以外の人と過ごした時の事、本を読みながら生まれて初めての編物。ところどころ解れてしまっているマフラーを、「暖かいよ」って言ってくれた彼は今頃どうしているだろう。
そして独身時代最後の日、ドラマみたいなクリスマスイブのプロポーズ。照れた様に笑うあの人がなんだか可愛くて、今でも忘れられない。
たくさんの大切な思い出、どれも私の宝物。
その中でも一際輝く、ひとつの思い出がある。そう、あれは私がまだ小学校に入ったばかりの頃、サンタクロースに出会ったクリスマスの話。
* * *
クリスマスを明日に控えたあの日。些細なことで――今ではもう覚えていない程のくだらない理由で、姉と喧嘩をしてしまった。
まだお互いに幼かった私達はお互いに謝ることが出来ずにいて、楽しいはずのクリスマスを嫌な気持ちで迎えてしまっていた。
いつもだったら二人で仲良く遊ぶはずなのに、お互いに意地を張ってしまって顔も合わさないようにしていた。それは夜になっても一緒で、美味しいはずのご馳走やクリスマスケーキが、ひどく味気ないものに思えたことを覚えている。
結局仲直りが出来ないまま夜を迎えて、ひとり冷たいベッドの中に入った時。謝ってくれない姉が、謝れなかった自分がとても悲しくて泣きそうになった。
そんな風に眠れない夜を過ごしていると、部屋のドアが開く音が聞こえてきた。
――ひょっとしてお姉ちゃんが謝りにきたのかも。そう思イベッドから身を起こした私の目に、思いもしなかったものが映った。
全身が赤い服、顔一面の白いひげ。お腹こそ丸くは無かったものの、そこには絵本の中から抜け出してきたようなサンタクロースが立っていた。
「サンタ……さん?」
思わず口にした私に、サンタクロースはにっこりと笑って「そうだよ、良い子の君にプレゼントを渡しにきたんだ」なんて、当たり前のように告げてきた。
「え? え? だってサンタクロースなんて居ないんだってクラスの子が言ってたもん、だからサンタさんは居ないんだよ」
「あはは、でも僕はここに立ってる。だからほら、サンタクロースは居るだろう?」
「あ、……うん、そうだよね。サンタさんここにいるもんね!」
「そうだよ、君はちゃんと良い子にしていたから。だから君にプレゼントを贈りにきたんだ」
「わぁい! あ、でも。でもあたしプレゼント貰えないよ……」
「え、どうしてだい?」
急に沈んだ表情をした私を心配したのか、サンタクロースが俯いた私の顔を覗きこんでくる。
「……あたし、あたし悪い子だもん。サンタさんは良い子にプレゼントをくれるから、だからあたしはサンタさんにプレゼント貰えないんだもん」
それだけ言って、私は泣き出してしまった。
サンタクロースは困ったような顔をして、それでも私が泣き止むまですっと頭を撫で続けてくれた。
そうして三十分ぐらいが経って、涙も枯れ始めた頃。「どうして君は自分が悪い子だなんて思うの?」と、サンタクロースが問い掛けて来た。
「お姉ちゃんがね、ひどいの。でもね、私も悪いの。……謝りたいのにね、謝ってくれないの。だからね、あたし悪い子なの。サンタさんにね、プレゼント貰っちゃだめなの」
時々泣き出してしまいそうになりながら、とぎれとぎれに話す私の頭を優しく撫でた後、サンタクロースはにっこりと微笑みながら話し始めた。
「僕は君の事をずっと見ていたんだ、だから君が良い子だってちゃんと知ってる」
「……でも、でもあたしはお姉ちゃんに」
「そうだね、喧嘩しちゃったのならちゃんと謝らなきゃいけない。だって君はお姉さんのことが好きなんだろう?」
「うんっ! あたしはお姉ちゃんのこと好きだよ」
「だろう? それならすぐに仲直りできるさ、だから君は悪い子なんかじゃない」
「……でも、お姉ちゃん怒ってるかもしれないもん。許してくれないかもしれないもん」
「大丈夫さ、許してくれるに決まってるんだから」
「どうして?」
「お姉さんも君のことが好きだからさ」
「……喧嘩しちゃったからあたしのこと嫌いになっちゃったかもしれないもん」
「それも大丈夫さ、だって君はお姉さんを嫌いになったりはしてないだろう? だから大丈夫、好きって伝えればきっと相手も好きって気持ちを返してくれるよ」
「ホントに?」
「本当さ、例えば……。僕は君のことが好きだよ、君は僕のことが好き?」
「うん、あたしサンタさんのこと好きだよ」
「ほら伝わった、簡単なことだろう? 僕だけじゃないさ、君が好きな人はみんな君を好きになってくれる。そうして好きって言う気持ちが広がって、みんなが幸せになれる。ほら、君は皆を幸せに出来る良い子じゃないか」
「でも、ちゃんと謝れるかなぁ……?」
「じゃあ僕が君にプレゼントをあげるよ、君がちゃんとお姉さんに謝るための勇気を。だから今日はもうお休み、サンタクロースがプレゼントをあげるのは、眠っている間って言うのがお約束だからね」
そう言って、サンタクロースハもう一度私の頭を撫でてくれた。
最後に目にしたサンタクロースの微笑みは、日溜りのような暖かさで私を包んでくれて、私は幸せな気持ちで眠りの中へと落ちていった。
次の日の朝に目覚めた私の枕元には、かわいらしい猫のぬいぐるみと、「お姉さんと仲良くね」と書かれたクリスマスカードが添えられていた。
私はなんだか嬉しくなってきて、ぬいぐるみを抱えて姉の元へと走ったのだった。
* * *
考えてみれば夢のような話だけれど、古ぼけたぬいぐるみと、この胸に残る暖かさが、あれは夢じゃなかったと教えてくれる。
思い出に浸って見上げた空には、舞い散る粉雪。通りの先に目を向ければ娘を連れた、あの人がこちらへと走ってきている。
あの時のサンタクロースにはもう出会えないのかもしれないけれど、今はあの人が私のサンタクロース。
両親だったり恋人だったり、きっと大好きな誰かがサンタクロース。
私が娘のサンタクロースで居られる今のうちに、今夜は娘にあのサンタクロースのお話をしてあげよう。
私からあの娘へ、誰かから誰かへ。たくさんの『好き』を伝えよう、幸せなこの日を喜ぼう。
「Merry Merry Christms」
End