作品No01
「もっと、明るいお昼にこの景色が見たかったな。」 「何でだよ、夜景が綺麗だろ?」 苦い笑いを浮かべて俺は隣に立ってる女性の肩を抱いた。 「だって、ほら、結局今見えてるのって、真っ暗な夜の下に、電気が灯ってるだけの景色でしょ、わたしは青空いっぱいの景色が見たかったんだ。」 「贅沢言うなよ。あちらこちらにアベックいっぱいだろうが。こういう雰囲気の方が、デートにはもってこいだろう。」 そらから、彼女は小さく頷いて身を寄せる。 「雰囲気よりもわたしの気持ちが大事だよ。」 決して楽な生活じゃない。自分の一日食べるだけの食事を得るのに中々苦労をする毎日。 音楽を食い物にして生きてやると、いきまいて乗り込んだ都会。 俺は音楽をやらせれば結構な自信もあったし、それなりのプライドも持っていたけれど、世の中には自分と同じ実力の人間が掃いて捨てるほどいるのを思い知らされた。 つまるところ俺はへんぴな街で粋がっていた二流三流のプレイヤーだったってこと。 どれだけ努力しても、どれだけ苦労しても、望んでいた賞賛どころか浴びせられる罵声ばかり。 もうどれだけ、自分には才能がないと言い聞かせて、真っ当な生活に戻ろうとしたことか。 だけれど、いまから普通の企業に就職するだけのつても無い。 故郷に戻っても、果たして人並みの生活が出来るだけの保障があるのかと聞かれたら、それはそれで危うい。 それよりか、今まで音楽にしか燃やせなかった自分の情熱を他に注げるかといえば、正直答えに窮する。 一流も通ってきた道だと、仲間同士で傷のなめあいをするばかりで、うだつの上がらない音楽を捨てることも出来なければ、新しい生活に身を投じるだけの度胸も無い。 そしていつものように、小さなステージの上で、地道な演奏を繰り返す。 この中に有名なプロデューサーがいるのかどうかも分からない。でも、俺はいつものように全力で演奏にのめりこむ。 そうすることで、俺の苛立ちをぶつける。 演奏が終われば、拍手も少なく楽器の片付けをはじめるメンバー。涙が出てくるほど虚しい。 大きなため息一つついて、キーボードのケースを抱える。 「あ、いた、君、ちょっといい?」 「え、お、俺ですか?」 一瞬浮き足立った。もしかして、そんな歓喜が押し寄せる。 「うん、君。」 でも、立っていたのはいたって普通のOLな女性。会社帰りに立ち寄ったって言った感じだ。 「なんスか?」 自分でもわかった。落胆した、ぶっきらぼうな返事。それに女性は小さく笑う。 「よくないな、そんな無愛想じゃ。中々演奏がよかったから誉めてあげようと思ったのに。」 別に音楽プロデューサーでもないただのOLに誉められてもうれしくも何とも無かった。 曖昧に返事をして、その場を去ろうとすると、また呼び止められる。 「頑張りなよ。応援してるから。」 そして、酒のためにか、上気した顔を綻ばせて見送ってくれた。 なんか、人の気も知らないように見えて不快で仕方がなかったから、一礼もしないでさっさと店を出た。 親から夢の見すぎだとバカにされて、友達からも無理だと言われて、それでも飛び出してきた大都会。 いっしょに故郷からきたやつや、知り合った仲間たちと組んでやってはいるが、最近じゃその意気込みも段々となくなって、解散ムードも匂わせてる 誰だか忘れたけれど、親からもらった期限を切ったから田舎に帰らなくちゃいけないとかいってた奴もいた。 バイトの方で、正社員にならないかと誘われて演奏に浮き足だってる奴もいて、近頃ますます演奏がめちゃくちゃだ。 こんなんじゃ、俺の夢があかの他人に潰されかねない。 だからといって、その夢が単独で実現できるかといえばそれだけの技量が俺にあるかは疑わしい。 「ああ、こんなところにいた。君、何浮かない顔してるのよ。」 いつもの演奏が終わったあと、またあの女性が声を掛ける。 「はあ、いえ、別に。」 「ん〜、別にって顔してないわよ?目いっぱい演奏して楽しくないの?」 「楽しい、わけないじゃないっスか。こっちは必死なんですよ。この世界はそんなに甘くないんです。」 女は目を丸くして、俺を見る。バカにされてるみたいで腹が立つ。 「そう、じゃあ、観客側から言わせてもらうと、楽しんでないプレイヤーの演奏なんか聞かされてもつまんないよ?」 「なっ!」 そして、何も考えてないような一言。俺は相手が女じゃなかったら殴りかかってたかもしれない。 「くっ、あんたに何がわかるってんだよ!俺の苦労のこれっぽっちも分かってないくせに、知った口利きやがって。」 「ねえ、君今何歳?」 まるで俺の剣幕も何処拭く風といった顔して、頓狂な質問をしてくる。 そんな相手に怒り腰も折られてあっけに取られた。 「は、二十歳だけど?」 「そう?わたしは二十四。わたしの方が人生の先輩ね。だから、歳したとしてよく聞きなさい。」 やけにえらそぶって話す。 「別にあなただけが、苦労してるわけじゃない。確かにあなたの苦労はあなたしかわからないかもしれないけれど、ほかの人にもほかの人の苦労があるのよ?あなたの方こそ、ほかの人の苦労何にもわかってないんじゃない?」 「・・・だから何がいいたいんですか?」 「言いたいことは、それだけ。あなたがどんな苦労してるかわからないけど、ミュージシャンとして舞台に立つなら常に楽しく演奏して頂戴。」 「言われなくたって、そんなこと・・・」 「ううん、あなたはぜんぜんやってない。自分の苦労を相手に分からせたいために、闇雲に演奏して『俺はこれだけ苦労してんだぞ。どうして分からないんだよ!』って押し付けがましい。」 いちいち、癇に障る女だ。頭に血が上るように熱くなる 「だから、もっと気楽に楽しくやってよ。そうすればきっといい演奏ができるって。」 「・・・俺はあんたみたいに安定した企業に就職して、将来それなりにやっていけるような世界にいないんだ。生きるか死ぬかなんだよ。ほっといてくれ。」 「そう、ならいいけど。あなたの選んだ道のくせにやけに消極的ね。」 そんな言葉を背中に受けて、俺は自分のアパートに向かって歩き出した。 それからというもの、毎日毎日あの女は俺に付きまとって、馬鹿にした顔してえらそうに講釈をたれる。 「・・・だから、バッキングしてるくせに前に出すぎなのよ。目立ちたいのは分かるけど、聞いてて耳障り。 「オカズを入れるのもいいけど、そのたんびにグルーヴ狂ってるじゃない。もうちょっと身体でビートを刻んだら? 「だから、気取ってひきすぎなんだって、パフォーマンスよりもリズムよ。かっこ悪いかもしれないけど、身体全体でビートを刻む。そうすれば最高の演奏が出来るから。 初めは正直ウザかった。何にも知らない女だと思ってたからかもしれない。 でも、その指導も的を得て、今まで独学でやってきた俺に足りない弱点を補ってくれている。 ぶっきらぼうにも、その指導を受けて、自分のレベルが徐々にだけれど向上していくのが分かってきた。 そんな中、周りの連中はどんどん脱落して、故郷に帰ったり真っ当な企業に就職する奴もいた。 おれは、バンドが解散したけれど、どう言うわけか情熱を失わないで、ひたむきに自分の相棒に向き合っている。 「そう、リズムを忘れないで。盆踊りの刻みじゃなくて、そう、その調子。」 いつのまにか、この女は俺のアパートにまで乗り込んできて、キーボードの指導をしている。 「・・・なあ、あんた。」 「あんたじゃないわよ。瀬賀朝霞っていう素敵な名前があるんだから。」 「では、朝霞さん。あんたって本当にOLか?演奏技術絶対俺よりか上だろ?本当はプロとか何かか?」 そんなことを聞くと、朝霞は苦い顔をした。 「あなたと同じ、元プロ志望の脱落者。でも、結構いいところまで行ったのよ?有名なプロデューサーにスカウトもされたし。」 「じゃあ、どうして脱落したんだよ?」 俺からしたら願ったりなシチュエーションじゃないか。これでどうして脱落するかが理解できない。 「分からないかな?わたしに決定的にかけてたものは、演奏にかける情熱よ。相手に聴かせてやる。自分の演奏を自分の栄光としてたから、所詮は底の知れたミュージシャン。」 「プロデューサーに見放されたのか?」 「そんなんだったらまだよかった。自分自身から蹴ったのよ。ちょっと気に入らなかったから、やめたってね。」 「バカだな。」 「・・・そうね、あの時はわたしもずいぶんと子供だったのよね。チャンスはまだある。自分の実力ならいくらでも大丈夫だと高をくくってたら、もうそれ以来誰からも声がかからなくなっちゃった。」 ずいぶんと悲しそうな顔をしてた。きっと今でもそのことが未練なんだろう。 「じゃあ、なんだ。あんたは俺を見てて自分にそっくりだから、同じ轍を踏まないようにアドバイスでもしてくれてるのか?」 「・・・ま、そういうところね。」 初めて子供っぽく笑った、彼女の笑顔。 不思議だった。たった数ヶ月間で自分の演奏が驚くほど変わった。 きっとそれは、朝霞の言う演奏にかける情熱があるからだと思う。自分のために、自分の将来のための通過点じゃない、今目の前にいる観客の為に自分の目いっぱいの演奏を聞いてもらう。 そんな演奏に対するスタンスが、音楽そのものを楽しいものにしてくれていた。 そして、俺が舞台に立つ時には、必ず朝霞が一番前のテーブルに座ってくれている。 バンドが解散して、俺は鍵盤一本で演奏するしかないけれど、さみしいと思ったことは無かった。 プロになるとか、そういったものとは別に、ただ、今の演奏を楽しめる自分が生まれていた。 「結構いい演奏できたじゃない。はっきり言ってわたしから教えることは無いかな?」 「あんたには相当世話になりました。お礼に今度の日曜デートに誘ってやるぜ。」 「ぷ、気取っちゃって。あなたの悪いところはそこね。内心断られるかでひやひやしてんでしょ?」 「別に、あんたが嫌って言うなら、おかげで日曜日一日フリーになるだけさ。」 精一杯の強がりを言ってみるけれど、内心は彼女の言ったとおりだった。 「はいはい、お姉さんがきちんと面倒見てあげますよ。」 俺たち二人は、店を出ると、手をつないで歩き始めた。どちらからそうすることも無くいつのまにか。 「なあ、あんた、付き合ってる男とかいないのか?」 「べつに、強いて言えば、いま君とお付き合い一歩手前くらいじゃないかな?」 「あ、そう」 くすくすと笑って、バカにしたかのように俺を見る朝霞。でも、俺ははじめてあったときのような苛立ちは覚えなかった。 そして、日曜日。俺は突然入ったバイトの依頼を断りきれず、朝霞とのデートを七時間もずらし込んでしまった。 待ち合わせのタワーの下で不機嫌そうに腕組みをする朝霞。 「ちょっと、七時間も待たせてどう言うつもり!?」 すごい剣幕で怒る 「も、もしかして、七時間待ってたとか?メール読まなかった?」 「うそよ、さっききたところ。」 正直驚かされた。この女なら七時間待っててもおかしくないような性格だからな。 「そういえば、わたし。ここにきて六年になるのに、タワーに上ったこと無いなあ。」 「俺は修学旅行で一度あるぜ。観光客いっぱいで、風景眺める暇も無かった。」 「あはは、かわいそー」 そんなこといいながら、二人はお金を払って、イルミネーションが眩しいタワーの展望台に上る。 「やっぱこの時間帯だから、人はあまり多くないな。」 頭数からすればアベックがちらほらといる。もちろんその中の一組は俺たちだが。 「もっと、明るいお昼にこの景色が見たかったな。」 朝霞がポツリと呟く。不平が混じった口調だった。 「何でだよ、夜景が綺麗だろ?」 苦い笑いを浮かべて俺は隣に立ってる朝霞の肩を抱いた。 「だって、ほら、結局今見えてるのって、真っ暗な夜の下に、電気が灯ってるだけの景色でしょ、わたしは青空いっぱいの景色が見たかったんだ。」 「贅沢言うなよ。あちらこちらにアベックいっぱいだろうが。こういう雰囲気の方が、デートにはもってこいだろう。」 そらから、彼女は小さく頷いて身を寄せる。 「雰囲気よりもわたしの気持ちが大事だよ。」 「人の気持ちはぜんぜん、大事にしないやつだけれどな。」 こうやって、お互いの身を寄せ合って、変化の乏しい夜景を眺めて、それだけで幸せって感じるのは俺がきっとこの女を本気で好きになったから。 「なあ、朝霞。」 「なに、呼び捨てにしてるのよ。」 俺の問いかけに、間髪無くお決まりの台詞を吐く。それを無視して 「お前さ、付き合ってる男いないんだろ?もしよかったら、俺と付き合わね?」 思い切って、言ってみたら、答えが中々返ってこなかった。 「やっぱりダメか?」 諦めを含めて聞いても、答えが返ってこない。 でも、俺の腕を強くつかんで話そうとしなかった。明確な答えじゃなかったけれど、決して俺を嫌っているわけじゃない。 そして、ゆっくりと口を開いた。 「ごめん、あなたとは付き合えない。」 覚悟はしてたけど、やっぱり口で言われるとショックだった。 「でも、あなたが嫌いって訳じゃないから。ただ、」 「ただ、なんだよ?」 また沈黙が降りる。俺は泣き出しそうだった。本気で好きになった女性に思いっきりフラれた。 でも、嫌いじゃないのに、どうしてダメなんだと、心の底で未練たらたらに呟く俺もいた。 「えっと、病気で、もうあなたと会えない。こういったら納得する?」 「不治の病ってヤツか?お前が納得しろって言うなら納得するしかないよ。」 本音は違った。それでも俺は朝霞が好きだった。病室に乗り込んででも交際したい。 「きっと、来月くらいには、会えないと思うな。」 本当に、朝霞が死ぬのか? 「だから、ごめんね。死ぬほどあなたが好きなのに、好きなのにね。」 そして、俺たちはタワーを降りた。 「ね、わたしたち、今日限りでバイバイしようか?」 「・・・俺は嫌だ。でも、お前が言うんだったら、そうするしかない。」 「ありがと、だから、今日一日二人で夢をいっぱい見ようか?たった一日だけど、一生忘れられないような夢。」 「・・・」 無言で頷いた。俺は朝霞に手を引かれて歩く。 「きっと、今晩の思い出が死ぬまで、わたしたちを縛り続けるような、思い出であってほしいな。」 「ロマンチックなこといいやがる。それに、まるでこれからも行き続けるような口ぶりだな?死ぬんじゃないのか?」 「ふふ、、」 朝霞は何も答えなかった。その代わり、小さく笑って見せる。すこしおびえたような笑顔だった 朝が明けた。 朝霞は俺の家の前で、深く頭を下げた。 「ありがとう、わたしのこと忘れないでいてね。わたし、絶対に忘れないから。」 「・・・できれば忘れたい。これでお仕舞いだなんて、正直イヤだ。」 「わがまま言わないで、わたしだって本当は。」 初めて目頭を押さえて涙をこぼす朝霞に俺もつられて泣き出した。 「でもね、もう、あえないの。」 「わかってる、」 朝霞はくるりと後ろを向いて歩き出した。その肩までのびた髪の毛が朝日に照らされて、光っている。 それから少し離れて、また俺のほうに向き直った。 近所迷惑も顧みずに、大きな声で俺に呼びかける。 ありがとう、明良君。瀬賀朝霞は来月を持って消えてしまいます。いままでありがとう。 朝霞は病気なんかじゃない。きっと・・・いや、俺がこれ以上詮索することじゃないだろう いつものステージで待ってるから、また、きてくれよ。 たとえそれが『お前』じゃなくなってても、俺、ずっと待ってるから |
23点(35点満点)
・うーん、ちょっと盛り上がりに欠けました。 作品を読んだ限り、もっと上を望めると思うので、少し評価は辛め。
・海外にでも行ってしまうんだろうかねえ・・・
・ちょっとラストが物足りないのが残念。
・すっきりと纏まっているけど、最後にもう一ひねり欲しかったような? もう少し時間があれば、誤字脱字のチェックができて評価も上がると思う。
・テーマに沿っているのはわかるんですが、内容がちょっと浅い気がします。誤字も多い・・・・
・少し弱いかな、話が走り過ぎてる感じがします。