作品No02
見慣れた小学校のグラウンドは、ただ暗いだけでどこか違う場所のように思えた。 暑かった夏休みが終わり、学校が始まって暫く経った九月のある日。僕は珍しくグラウンドに足を運んだ。珍しいのはグラウンドという場所だけでなく、深夜の二時という時間もだけれど。 けれど別に僕は夜な夜な外を出歩くような不良地味た趣味は持っていないし、当然こんな時間に学校に来るのだって初めてだ。 もちろん、こんな時間に外を出歩くのが悪い事なのは僕だってわかっている。ましてや、学校に忍び込むなんて事が許されるはずも無い。 いつもの僕ならそんな馬鹿げた事はしないけれど、今日ばかりはどうしてもそうしなければいけなかったのだ。言ってみれば、男の意地って奴だ。 切っ掛けは、夏休みにクラスの子達に肝試しに誘われた事だった。 皆は「理科室の標本が夜になると動く」だとか、「余り使われていない体育館脇のトイレで、四番目の個室に入ると死んでしまう」だのといった、学校の怪談の謎を暴くんだ。と、夏休みに入る前から随分と盛り上がっていたらしい。 生憎と僕はそんな与太話を信じるほど馬鹿じゃないし、夏休みとは言え塾もあって忙しいので、そんな下らない事には付き合わなかった。 そして始業式の日。肝試しに参加した奴らは口を揃えてこう言ったのだ。 「折角誘ってやったのに、あいつ怖がっちゃって来なかったんだぜ」 行ったは良いけど鍵が掛かっていて、何処にも入れなかったから帰ってきた。なんて下らない事をしておいて、参加しなかった僕を臆病者呼ばわり。 馬鹿に馬鹿にされるほど腹立たしい事はないし、そんな奴らに黙って言われっ放しでいられるほど僕は人間が出来ちゃいない。 言い合いはそのまま掴み合いになり、止めに入った他の子達の前で僕はつい。 「それなら僕がそんなものは無いって証明してやるよ!」 そこからは展開が早かった。女子のリーダー格の子の発案で、調べる怪談が決定。 何でもこの小学校は、昔はかなり強い野球部があったらしい。 甲子園に出場した事もあるという先生が、監督権コーチとして厳しく優しく指導した結果。遂に全国大会に出場できるまでのチームに成長。 ところが、大会前日になってその先生は家庭の事情で皆を乗せたバスで一緒に行くというわけには行かなくなった。そして一人車で皆の下に駆けつけようとした先生は、トラックの横転に巻き込まれて死んでしまったのだ。 その報せを受けたチームの皆は悲しみ、実力を発揮することなくあっさりと敗退。野球部の活動も減っていき、遂には廃部。 そしていつしか。その先生が死亡した時刻になると、誰もいないグラウンドからノックの音が聞こえるようになった。 お約束どおり、その音を聞いた人は「一週間以内に死んでしまう」だとか「一生ノックの相手をさせられる」等の噂付き。 僕は知らなかったのだが、「幽霊ノック」等と呼ばれて、この辺りでは有名な話らしい。まったく馬鹿げた話だ。 寄ってたかって「呪われるぞ」とか「止めといたほうが良いんじゃないか」なんて煽っては来たけれど、そんな非科学的な事があるわけも無い。 結局、土曜日の夜に僕が学校に忍び込んで、証拠として一時間毎に校舎の外側に取り付けられている時計を写真に収めてくる。と言う形でその場は纏まった。 そんなわけで、僕はこんな夜中に学校のグラウンドに一人突っ立っている。勿論、ノックの音なんて聞こえるはずも無い。 最初の写真はついさっき撮ってしまったので、いきなりやる事がなくなってしまい溜息を一つ。 暇潰しにとその辺りを歩き回ってみても、別段珍しいものは何も無い。ただ暗いだけで、いつものグラウンドでしかないのだからそれも当然だ。 ついでに理科室の写真でも撮って置けばあいつ等を驚かせてやれる。そう思って校舎のほうにも足を 運んでみたのだけれど、当然のように鍵が掛かっていて入れない。体育館脇のトイレにまで鍵が掛かっているとは思いもしなかった。 窓やドアを壊してまで入るわけにもいかないし、他の怪談話を調べようにも内容をしらない。 時間が過ぎるのをぼぅっと待つしかないのかと、諦めてグラウンドへと踵を返したその時。どこからか、「キンッ!」という甲高い音が聞こえたような気がした。 驚きを押さえ込んで耳を澄ます。 気のせいかと思ったところでまた、今度はさっきよりも確かに「キンッ!」と、まるで金属の棒で硬いものを叩くような音。 まさか、そんなはずはない。そんな事があるはずが……。きっとクラスの奴らが僕を驚かそうといたずらしてるに決まっている。 全く、こんな下らない事で僕が騙されるとでも思ったのだろうか。 馬鹿な奴らに対する苛立ちと、一瞬でも驚いてしまった自分への気恥ずかしさを誤魔化すように、グラウンドへ向かって駆け出す。 いくら暗いといっても通い慣れた学校の敷地。別段足を引っ掛けて転ぶような事も無く、グラウンドへと校舎を周り込んで―― ――不意に視界が真っ白に染まった。 「わ……、わぁぁぁぁぁぁぁああ!」 「――って、え? うわっ! 何してるんだお前」 思わず口から漏れた叫び声に、返すように光の向こうから驚きの声。暗闇に慣れていたせいで眩しく思えただけで、実際はただの懐中電灯の灯りだった。 多分、警備員とかそういう類の人なのだろう。校舎の見回りとかはしなければいけないだろうし……。ってそれはまずい。 「あ、あの僕は――」 「ああ、どうせ『幽霊ノック』だろ? まぁこんなところで立ち話もなんだし、とりあえず宿直室に来い。お説教もしなけりゃだしな」 言い訳をする間もなく、首根っこを掴んで引き摺られてしまう。僕以外にも時折こうして忍び込む人がいるのだろう、その人は随分と慣れた対応だった。 宿直室へと向かう途中で話してくれたところによると、このおじさんは半分ボランティアで用務員みたいな事をやっている人で、仕事をする代わりに今は使われていない宿直室に住まわせてもらっているらしい。 「当然、仕事の中にはお前らみたいなのの取締りも含まれているけどな」 そう告げるおじさんはとても優しそうな雰囲気だったけれど、僕はこれから怒られる事を考えるととても笑う気にはなれなかった。 そんな僕の緊張を解すかのように、温かいコーヒーを差し出しながら。「別にとって食おうってわけじゃないから安心しろ」と、豪快に笑う。 「お前もどうせアレだろ? 『幽霊ノック』で肝試し、って口なんだろ?」 「……似たようなものだけど、僕は幽霊なんていないって証拠を撮りに……」 結局「別に親を呼んだりもしない」の一言に安心した僕は、おじさんに事のあらましを説明する事にした。 その間ずっと、時折「キンッ!」と例の音が聞こえていたのだけれど、おじさんはまるで聞こえないかのように、気にするそぶりさえ見せない。 僕にだけ聞こえている幻聴なのかもしれない。そう思い始めた頃、僕の説明を聞き終えたおじさんは煙草に火を点けて。 「いない証拠ってもなぁ、普通に聞こえてるだろ」 事も無げに、あっさりと幽霊がいる事を認めた。 「だって、でも、それじゃ……。この音を聞いたら死んじゃうとか、そんな馬鹿なことがあるわけないのに」 幽霊なんていないと、そう思っていた。 でも確かにノックの音は聞こえるし、おじさんにも聞こえてるのなら幻聴でもない。でもそれじゃあ 僕は死んじゃうじゃないか。そんなわけがない。そんなことはあっちゃいけないんだ。 「いや、別に死にゃしない。というかこんなんで死ぬんなら、俺は何回死んでるんだって話だぞ。そんなに怯えんな」 よっぽど怯えているように見えたのだろう、おじさんは僕の頭をくしゃりと撫でながら、豪快に僕の不安を笑い飛ばす。 おじさん曰く、実際音は聞こえるけれどそれだけで別に何があるわけでもない。音の大きさだって気にしなければ気にならない程度らしい。 おじさんも最初は無気味に思ったらしいが、事故で死んだ先生の話を噂で聞いて、「野球がしたいだけならさせてやりゃいいじゃん」と、あっさりと片付ける事にしたらしい。 「まぁ俺も幽霊なんて信じないし、どっかで風に煽られた木が金属に当たってあんな音を立ててるだけって落ちだと思うけどな」 おじさんはそういってにっこりと笑い。 「とはいえ、ある意味でここは元々その先生の場所なんだろうよ。だからまぁ、幽霊がいようがいまいが敬意は払わなきゃな」 少し真剣な顔でそう告げて、もう一度僕の頭を撫でた。 僕はなんだか自分の行動が凄く恥ずかしいことのように思えてきて、おじさんの顔をまともに見れず俯いてしまう。 夜の学校に忍び込んだ理由は、言ってしまえば僕の意地というかわがままでしかない。 幽霊がいようがいまいが、僕の主張が正しくても間違っていても。夜の学校に忍び込むのは悪い事だ。 「……ごめんなさい」 だから、聞こえてくるノックの音に怯えるわけじゃなく、自分が悪いと認めた上で。おじさんと、そしているかいないかもわからないノックの音の主に、心から謝罪の言葉を口にした。 そんな僕の態度におじさんは満足したのか、楽しそうな笑みを浮かべて煙草を灰皿に押し付けて。 「よっし。じゃあ反省の意味をこめて、ノックの主に捧げる夜の千本ノック開始!」 僕の返事を待たないまま、左手に宿直室の隅に積み上げていた野球道具を抱え、右手で僕の手を掴んで宿直室から飛び出していった。 翌日、昼ご飯の時間になってようやく目覚めた僕は、奴らにどう言ったものか悩みながら学校へと向かっていた。日曜の三時に結果を報告する約束をしていたのだ。 歩く度に痛む体が、昨日の出来事が夢じゃなかったと教えてくれる。 暗くて見えないと言ってるのに、一球取れるまで開放してもらえなかったのだから、そりゃあ筋肉痛にもなる。それどころか、打球が直接当たってあざになっていたりもするのだから。 しかし、本当のことを言っても信じてもらえるかは微妙だ。 ノックの音は確かにしたし、何故か幽霊に捧げるノックまでした。けどそんなもの冗談だとしか思ってもらえないんじゃないだろうか。 何より、「幽霊ノック」は本当だったと騒ぎになるのは、やっぱり良くない事だと思う。けれど嘘をつくのも……。 答えが出ないまま辿り着いたグラウンドでは、僕に当てつけるように野球をして遊ぶ奴らの姿。 「どうだったんだよ?」と、からかい半分興味半分で聞いてくるあいつの顔を見て、ひとつ案が思い浮かぶ。 「ふん、教えて欲しかったら野球勝負だ!」 案というか、どうしたものか思い付かなかったので先延ばしにしただけ。けれどまぁ、単純なあいつは僕の口車であっさりと勝負に乗ってきた。 ルールは簡単。僕がピッチャーであいつがバッター、ヒットを打ったらあいつの勝ちで、アウトにしたら僕の勝ち。 思い切って投げたボールは、けれどあっさりとあいつに打たれてしまう。でもそれで負けたわけじゃない。飛んでくる打球に飛びついて、グローブにがっちりと押さえ込む。 どうだとばかりにバッターボックスに向けた視界、悔しそうな顔のあいつの更に向こう。 さっきまではいなかったはずなのに、昨日のおじさんが審判のように親指を立ててアウトのポーズ。 その姿が昨夜僕がようやくノックを受け止めた時に誉めてくれたそのままで。「やられたなぁ」と、悔しいような嬉しいような、不思議な気持ちになるのだった。 End |
23点(35点満点)
・あう、もしかしてこの用務員のおじさんが……? (((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
・まさか、おじさん幽霊・・・?ww
・ん、もしかして当直のオヤジが幽霊だとか!?
・改行を考えるともうちょい読みやすいですよ
・微笑ましいストーリーでした。ちょっとアッサリしすぎかな。
・最初良いのに、終わりが物足りないかな