作品No02
スズメたちは楽しそうに空を飛んでいる。 白い雲はふわふわと平和そうに空に浮かんでいる。 太陽はサンサンと暖かく輝いている。 木々は太陽の光を一身に浴びて色鮮やかにそびえたっている。 でも、どうしてだろう。 今の僕には、そのどれもが灰色にしか見えなかった・・・・・・。 「功ちゃん。ほら、西瓜食べる?」 ドアを開けるなり、母は笑顔でそう聞いてきた。 母の手には彼女の顔よりも大きな西瓜が下げられている。 きっと自宅の近くの仲の良い八百屋から買ってきたのだろう。 外はもう夏の訪れを告げているということか。 「……ん、少しなら」 実はあまり食欲などなかったのだが、母の行為を無駄にするわけにもいかず、僕は少しだけ笑うとそう答えた。 まぁ一口や二口ならなんとかなるだろうし。 それに、西瓜は僕の大好きな食べ物だったから、久しぶりに食べてみたかった。 母は大きな西瓜を器用に包丁ですぱすぱと切り分けていく。 約4分の1に切り分けてから更にそれを縦割りに小さく小さく分けていく。 あまり大きいと食べられなくなるのが判っている母の配慮なのだろう。 「はい、おまたせ」 切り分けた西瓜の中から小さめなのを一つとりだして、皿と一緒にテーブルに置いてくれる。 よくよくみると、種無し西瓜のようだった。 これもきっと母の配慮なのだろう。 僕はゆっくりと西瓜を持ち上げると、先の方に僅かながらかじりついた。 西瓜の甘さが、口中に広がっていくのが判った。 「・・・甘いね」 本当はもっと何か気の聞いた事を言えばよかったのだろうけれど、あいにくと何も言葉が浮かばなかった。 「そう、よかったね」 それでも、食べてくれた事がそんなに嬉しかったのか、母は本当に嬉しそうに笑っていた。 今まで食事もろくに喉を通さなかったあの子が、西瓜は食べてくれた。 一切れも食べきる事は出来なかったけれど、それまでに比べれば全然良い出来事だった。 だから、きっと大丈夫。そう信じていたのに・・・・・・。 「先日から非常に危険な状態が続いています。大変残念な事ではありますが……恐らく、もう息子さんの意識は……」 白衣を着たたくましい体つきの男性の説明を、私は半分も意味が理解できなかった。 いや、きっと頭では理解はしていたのだろう。 いつかこういう日が来る事は予想していなかった訳ではないのだから。 ただ、どうしてもそれを素直に受け入れる事が出来なかった。 ピッ、…ピッ、…ピッ、…ピッ、…ピッ 息子のベッドの脇に取り付けられた機械は、ややゆっくり目のテンポを規則正しく刻んでいる。 画面に映っている波形の幅は、無常なまでに小さかった。 「…………」 酸素吸入器を付けられた息子は、眉ひとつ動かさずにベッドの上に横たわっている。 私は、布団を脇から少しだけ捲ると、息子の手を握った。 随分と細くなってしまった息子の手を握りながら、ただひたすらに奇跡を願った。 あぁ、どうか……もう一度息子の目が開きますように………… どれくらいそうしていただろうか。 ぴくっ、と。 僅かながら息子の手が動いた気がした。 「えっ……」 見間違いかと目を疑った。 ぴくっ 動いた。 確かに息子の手に反応があった。 「……」 そして、かすかながら目を開いた。 「こ、こう・・・・・・ちゃん」 息子は私を見ると、ほんのわずかだけ口元をゆるめた。 そして、握られていない方の手で息子は呼吸器を外そうとする。 医者の先生が止めようとしたが、何故か先生は途中で踏みとどまった。 「功ちゃん、わかる?……お母さんだよ」 「かあ・・・さん」 つたない言葉ではあったが、息子は確かに私をわかってくれた。 他の何よりも、それがとても嬉しかった。 「・・・・・・まど、あけてくれる? すこし・・・あついや」 息子のその言葉に、看護士の方が閉じられていたカーテンごと窓を開けてくれた。 外界から閉じられていた空間に、僅かながら外からの程よく冷たい風が入り込む。 「あ・・・」 風を感じ取れたのだろうか、息子はとても嬉しそうな顔で笑っていた。 ・・・・・・それが、最後の笑顔だった。 翌日、息子は再び意識を失い、そのまま短い生涯の幕を下ろした。 再び意識を失ってからの顔は、非常に穏やかだった。 まるで、病気の苦しさが失われていたかのような穏やかさだった。 それはもしかしたら、あの時の風が運んでくれた奇跡なのかもしれない。 |
11点(20点満点)
・なかなか心温まる作品でした
・ストレートに美味く纏まってるかと、けれど少し物足りない感じかな。ひとひねり欲しい。