作品No05




 夜が明ける。
 外が明るくなるにつれて増えていく鳥のさえずり。さえずりと言っても、今は冬の初め。まかり間違っても「ホ〜ホケキョ」なんて聞こえてこないし、「コケコッコ〜」とも違う。というか、それはすでにさえずりではない。
 ごく普通の「チュンチュン」という声。おそらく人類にとって一番身近であるだろう野鳥。鳥類スズメ目ハタオリドリ科。要するにスズメである。
 安物のためか遮光性の低いカーテンから朝日が差し込んでくる。光の筋が枕元を照らし、眩しさで思わず顔をしかめる。
 しかし、その程度の光ではこの私を起こすことなど到底不可能である。つか、起きてたまるか。
 私は布団を頭から被り、目覚めを誘おうとする(いや、そのためだけに差し込んでるわけではないだろうが)日光を遮る。心地よい温もりが文字通り全身を覆う。
 うは〜、ぬくぬく〜。
 ちょっと悦に浸ってみたり。
 と言うわけで、夢の世界と言う新天地にいざ出陣。
 ……
 …………
 ……ぐぅ。
 
 
 
 ジリリリリリリリリリ!!
 
 
 
 「……むぅ」
 そこはかとなく甘美な世界に一歩足を踏み入れたところで鳴り響く、無骨な電子音。近所のディスカウントショップ(消費税で5円プラスされる、名は体を表さないお店)で買ってきた目覚まし時計は、その小さなボディに似合わず爆音ともいえる音を、朝の静寂の中に投げ込む。つか、音でかすぎ。
 さすがの私もこの轟音の中で眠りにつけるほど鈍感ではないし、夢の世界に未練があるわけでもない。いや、嘘。ほんとはすっげぇ寝たい。
 「うにゅぐるぅ」
 自分でもよく分からないうめき声を上げ、体を起こすと目を手のひらで擦る。
 「……頭痛い……」
 目が四分の一ほど開いた状態で小さくつぶやく。
 低血圧である私は毎朝、目覚めの数分はこういった頭痛に襲われる。まぁ、しばらくしたら直るだろう。
 とにかく、シャワーでも浴びようかと布団から出て……
 「……」
 布団から出て……
 「…………」
 布団……
 「……出れない」
 思うに、冬場の朝において布団と言う物は一種の麻薬である。もしくは、海老の味したスナック菓子。
 「やめられないとまらない」
 あ、ちょっと違うか。
 なんて、血液のいきわたってない頭で考えてみる。
 とにかく、いつまでもこうしているわけには行かない。私は渾身の力で布団を剥ぎ、ベッドの外へと降り立つ。半分以上裏返しになった布団から、温もりが逃げていくのが見えるような気がした。
 「あぁぁぁぁ……」
 渇いた喉で呻いてみる。いや、悲鳴かもしれない。どちらでもいいが。
 とにかく、ここで別れを告げておかねば二度と娑婆に出られないような気がする。冬の朝の布団にはそれだけの魔力があるに違いない。確かめたこと無いけど。
 「さようなら。朝焼けの天使たち……」
 ついでに声に出してみる。よく分からない比喩表現だが。
 あ、涙出てきた。
 
 
 
 
 
 
 
 「おはやう……」
 リビングに下りて朝の挨拶。何故歴史的仮名遣いなのかは聞かない方がいい。むしろ聞くな。
 「はい、おはよう」
 母がいつもの様に挨拶を返す。母の朝はいつも早い。何でも朝には強いとか。
 血がつながっているはずなのに不公平だと思う。
 「ド畜生」
 「?」
 いけない。思わず不満を口に出してしまったようだ。多分、まだ寝ぼけてる。母がいぶかしげな視線をこちらに向ける。
 「なんでもない」
 それだけ言うと、私は着替えを持って脱衣所に向かった。
 「あ、そうだ」
 背後から声。なんだかちょっぴり嫌な予感。
 「ついでにお父さん起こしてきて」
 「拒否」
 一言で切り捨てる。父を起こす事については嫌な思い出しかない。だって、自他共に認める変人だし。
 この間は寝ぼけた父に布団の中に引きずり込まれた。もちろんスイングDDTで即座に沈めたが。
 ピクピクと小刻みに痙攣する手足が妙にリアルで笑えた。うるさい鬼とか言うな。
 「そんなこと言わずに。ね?」
 私が過去の微笑ましいエピソードにふけっていると、母がにっこりと笑いかけてくる。
 「絶対嫌」
 「まぁ、なんてひどい。そんなこと言わずに。ね?」
 にっこり。
 「だから、嫌だって」
 「まぁ、なんてひどい。そんなこと言わずに。ね?」
 「や、だから……」
 「まぁ、なんてひどい。そんなこと言わずに。ね?」
 「や、あの……」
 「まぁ、なんてひどい。そんなこと言わずに。ね?」
 「……だ、だから」
 「まぁ、なんてひどい。そんなこと言わずに。ね?」
 「……」
 「まぁ、なんてひどい。そんなこと言わずに。ね?」
 「……了解」
 「ありがと♪」
 今朝一番の微笑み。
 私は、この人には一生勝てない気がする。
 「あの夫にして、この妻有りか……」
 げんなりしてつぶやく。ちなみに父と母は恋愛結婚だったらしい。心底どうでもいいが。
 
 
 
 
 
 
 「う〜ん」
 がばちょ。
 「またか貴様はぁぁぁぁぁぁっ!!」
 「う〜ん、湯上り卵肌」
 「死ネ」
 「うをぉぉぉぉぉっ!! ロープロープ!!」
 今日は蠍固めだった。これを期に関節技を極めてみるのもいいかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 「お父さんは?」
 「起きたけど寝てる」
 「そう♪」
 それだけ言って、また朝ごはんの続きを作り始める。
 沈めた張本人の私が言うのも何だけど、結構この人も冷血だと思う。
 ちなみに父は布団の上で蹲って悶絶している。プルプル震えながらすすり泣く姿がちょっぴりぷりちーだった。
 そうこうしている内に、朝食がテーブルに並ぶ。
 今日はトーストにサラダ。スクランブルエッグにカフェオレと言う典型的な洋食メニューだ。
 「今日は普通だね」
 「普通じゃないほうがよかった?」
 「いや、毎朝普通でお願いします」
 頭を下げる。
 普段は洋食と和食が交互に出る、ごく普通のメニューなのだが、たまにフカヒレとか出てくるからこの人は油断ならない。や、まあ全部食べるけど。朝食は残さないと言うのが私のプライドである。我ながら薄っぺらなプライドだとは思うが。
 「いただけ」
 「はい、いただきなさい」
 訳の分からん食前の挨拶にも普通に返してくる。しかも返し方もワケワカラン。まぁ17年もこの人の娘やってるといい加減慣れたが。友人には口をそろえて似てるとか言われてショックだが。
 
 「うむ、美味」
 「お粗末さまです」
 程よい具合に半熟なスクランブルエッグを食べる。母は料理だけは上手い。何でも、むかしどこぞのレストランで料理作ってたとか。
 
 ガツガツと女らしくない音を立てて食事を終える。自分でも分かっているが、これが私である。いまさら変える気にもならない。や、まぁそこまで大げさなことでもないが。
 「んじゃ、着替えてくるね〜」
 「今日はまっすぐ帰ってくるの?」
 「いや、帰りに本屋寄ると思う」
 プロレス関係の本を買ってこなければ。野望はまだ捨てていない。
 「じゃあ、おつかいも頼める? これ、メモだから」
 「ん、 了解」
 メモを受け取って中身を見る。
 どうやら、明日以降の食材がほとんどのようだ。本屋もスーパーも商店街にあるからたいした手間ではない。
 私は、メモ片手にリビングから出―――
 「……母よ、ひとつお尋ねするが……」
 「なぁに?」
 「ウェディングドレスなんてなんに使うんでしょうか?」
 ついにあの馬鹿親父に愛想尽きたか?
 「う〜ん。面白いかなぁって」
 ほんとに買ってくるぞコンチクショウ。
 
 
 
 
 
 洗面所で歯磨きを終えると、自分の部屋のクローゼットから制服を取り出して着る。
 ちなみにうちの学校はブレザーだ。セーラー服じゃなくて残念だ。何が残念なのかは知らないが。
 母のお下がりの鏡台からブラシを取り出し、軽く髪を梳く。長くて真っ直ぐな髪は私のひそかな自慢だ。
 口紅はさすがにまずいので、色付きリップクリームを軽く塗り、パタパタと目立たない程度に化粧する。
 鏡の前でスマイルの練習。
 にっこり。
 母のように穏やかな笑みとはいかないが。
 「ん。まぁ及第点かな」
 小さくつぶやくと飾り気の無い腕時計をつけて玄関に降りる。
 
 
 毎朝のこの時間は、なんだかわくわくする。
 いつものように学校に行き、いつものように授業を受けて、いつものように友達とくだらない会話をする。
 ルーチンワークのような毎日なのに、なぜか胸が高鳴る。そんな朝の一時。
 毎日のように繰り返される朝の小さな騒動も、そんな日々を彩るほんのわずかなスパイス。
 何でもない毎日を送るのが、たまらなく楽しいと感じられる発火剤。
 さて、今日はどんなイベントが待っているのだろうか?
 
 
 
 
 「じゃ、いってきます!」
 さぁ、学校に行こう!
 私は小さくかかとを踏み鳴らすと、薄い朝焼けの町並みを歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「あ、おはよ〜。宿題やってきた〜?」
 「……あ」
 「あはは、やっぱり忘れたんだ」
 「胸の高鳴りは胸騒ぎだったか」
 「?」



総合得点

21点(30点満点)

寄せられた感想

・一瞬未完成かと期待しちゃった、ごめん」 ̄|〇

・ううう…ポップ加減が鬼のよーに上手い…

・気持ちすごくわかりますw朝は死ぬほどさむいですよねw

・楽しいんだけど、それだけって感じに思えるかな



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