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作品No03



 #薔薇のノイズ −Rosy noise−





 明日死ぬんじゃないかって思うようなあのひとの紡ぐ言葉が好きでした。

 ひょっとしたら僕は、あのひとの死ぬところを見てみたかったのかもしれません。


* * *



 校門を出てそのまま本部キャンパス沿いの道を地下鉄の駅に向かって歩く。この道をまっすぐ行って、早稲田駅のあるほうに曲がらず交差点をそのまま超えて更に1・2分歩けば文学部キャンパス。

 ここは少し空気が違ってる。多少享楽的な退廃の香り。少なくとも、入学直後からそのままガリ勉を引き継いでるような人間がたむろする法学部教室とは別の世界。

 足を踏み入れてすぐのカフェテリアで約束の相手を待つ。まだ時間は早かった。なんとなく味気の無い白いテーブルの上に頬杖をついた。


 いい家の子なんだろうな。あのひとを初めて見た時に思ったのがそれだった。どう考えても地面を這いずって泥水を飲んだことのある人ではなかった。そんな人はあんな顔をしていない。お日様の下できちんと栄養を貰って育ったひまわり。まっすぐで茎が太くていつでも眩しいものを真っ直ぐ見つめる凛々しい大きな花。

 もしバキリと折ってもきっとそのまま太い茎はしっかりと立っているんだろう。でも、その後の姿は見てみたいとも思う。


 枯れて腐る時は、どんな風に地に堕ちるんだろう。




 時間を15分ほど過ぎたあたりでようやく目の前に座った相手を特に咎める気はなかった。時間に余裕のある大学生だからこその暗黙の寛容。遅刻を責めれば必ず奢りでコーヒーを飲まされるんだろう。それを見越して最初から自分が金を出すために遅れてくる。でも僕は予定調和を忠実に守る余分なエネルギーが不足していた。

 この前の、どうだった? そう聞かれて、いつもどおり良かったよ。とまずは答えた。そうして、内容に少しずつ深く切り込んでゆく。腕は僕より完全に上だからそんなに偉そうなことを言えるわけでもない。僕は鑑賞者だった。彼の文章と彼を見ておもしろく感じるだけの観察者。刺激を受け取る側のレセプター。

 ギリギリまで追い詰められた後の、死ぬその間際の断末魔の悲鳴を書き付けるようなその文章が好きだった。

 あなたはただひたすら高見を目指して走っているんですね。

 自分のいのちを削り落として燃料に使うことに躊躇いのないタイプのひとですよね。

 ねえ、そんなに急いでると危ないですよ。

 あんまり疾く生きすぎると死んでしまいますよ。

 止めても無駄なのは僕がいちばんよく知ってるから黙って見ているけれど。

 気をつけてね。

 見てるから。


 気を、つけてね。




「君の文章は凄く刺激的だよね」

 使い古しの燃え尽きた廃棄物みたいな僕がこんなにおもしろいと思うんだから。

 なにそれ?他に刺激を受けるようなものっていままで無かったの?、と聞かれたから、あったよと答えた。女と薬だと言うと、陳腐なものを聞いたような顔をしておざなりな応答を返してきた。女ってどう刺激的だったの。

 ああ、死んだから。ますます陳腐な話を聞いたような表情になって、じゃあ薬ってどうだったの。ひょっとして今もやってるの?、と話題を変えた。

 もうやってないよ。セックスが児戯に見えるくらいの絶頂とか神の境地とかいろいろおもしろいものが見れたけど。今はただコレクションしてるだけ。生きていかなきゃいけないので。

 彼はあんまり興味なさそうにふーんと呟いただけだった。本当は今彼が飲んでいるコーヒーも毒性は大差ないんだけど。やっぱり歪みを知らないひとだな、と僕はまた好ましく思った。

「本当は、死んだんじゃないんだけどね」

 なんとなく、言い直してみた。

 本当は、死んだんじゃなく、崩れていったんだよね。毎日キッチンの冷蔵庫の側面にもたれて、少しずつ少しずつ壊れていったんだよ。毎日僕が思いもよらないようなおもしろいことを言ってくれてさ。しかもちゃんとだんだんこっちが慣れるのに合わせて発言もあさってに突き抜けていくんだ。あれは飽きなかったね。

 彼はそれにも、ふぅん、と答えて、あ、この後ケーキ食い行かない?と続けた。いいね、行こう。


 ずっと、最後までちゃんと見届けたかった。彼の最期を。

「書かなきゃ、死んじゃうような人間はいないよ」

 そう嘯いた僕を、ひどく胡散臭い、新興宗教の勧誘員を見るような瞳で見た。

「栄養と睡眠さえとってれば、人なんて生きるんだよ。所詮は信念や唯一無二の意志なんて、幻想なのさ」

 僕はその彼の情動を心地良く感じながら、透けて見える彼の心のなかの水晶のような柱を見ていた。そうして、試すように彼の中の存在を確かめて悦に入っていた。

 敬虔な信者のように。こころのなかに絶対的な不可侵の聖域を持っている。神に匹敵する意志の柱を大切に育てて。

 僕は、自分でもそれがどうなるところを見たいのかわからなかった。

「僕はね、知りたいなぁ。君がちゃんと言葉を書き付けながら生きていけるひとなのか」

「へぇ? じゃあ、書けなくなって死んじゃわないか保証が欲しいんだ?」

 ハズレ。言ったろう? 書かなくたってひとは生きるんだって。

「人間は、書きながら生きるか、書かないで生きるか、そのどっちかだよ」

 一生ひとりぼっちで生きるしかない、本物の天才以外はね。


 ここにこうして、走れなくなっても生きている実物がいるんだから。ああ、でも君は疾すぎるから、堕ちたらきっと死んでしまうんだろうねぇ。


 ああ、それにしても。

 いつか、わかるんだろうか。その瞬間が来たら。

 僕は、いつまでも彼が死にそうな、輝く結晶を書き続ける姿を望んでいるのか。

 ……それとも、きみがどんなふうに死んでくれるのか、その断末魔を見たくてずっと待っているのだろうか。




END



総合得点

19点(30点満点)

寄せられた感想

・えっと、学校というイメージがし難かったような……

・少し怖いんですが,テーマにあってない気が…

・ちょっと分かりにくかったけど、何か響いた。こういうの好き。

・こんな気持ちもわからなくは無かったり。
好きなんだけど、テーマからはそれているので1点マイナスで。



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