作品No02





 「あれ?」
 俺がそれに気づいたのは、まぁ必然だったとは言えなくも無い。

 大学から帰ってきて何の気もなしに覗いた自分の部屋のポスト。いつもなら広告やダイレクトメールの類しか入っていないそこに、見慣れぬ封筒がちょこんと鎮座していた。
 封筒の中身は差出人の名前で予想がついた。高校時代の友人。
 おそらく、先日やった同窓会の写真が送られてきたのだろう。厚さや重さもちょうどそんな感じ。
 「何だよ、やっと出来たのか……」
 などと一人でブツブツ言いながら玄関脇に設置してあるクローゼットにジャケットを適当にかける。
 冷蔵庫から作り置きのアイスコーヒーを出してきてマグカップに注ぎ、半分ほどを一気にあおる。ちなみに俺はブラック派だ。
 残りのコーヒーが入ったマグカップを右手に、テーブルの上に適当に置いてあった灰皿を左手に持ってソファーにドスンと音を立てて座ると、早速封筒の開封に取り掛かった。
 「ったく、雄介の奴、変に几帳面に糊付けしやがって……」
 中学からの腐れ縁で、いまだに付き合いのある友人に文句を言いながら、ようやく封を解く。
 封筒の中から出てきたのは、予想通り写真の束だった。
 俺はそれを一枚一枚、指紋が付かないように丁寧にめくりながら見ていく。
 皆、酒が入って妙なテンションになっていたのか、それとも別の要因か、なんと言うかはっちゃけた姿になって写っている。
 俺はそれを、半分苦笑、半分懐かしさで顔を綻ばせながら見ていた。
 
 
 
 
 
 半分を過ぎたあたりだろうか、俺が違和感を感じたのは。
 「……あれ?」
 俺はふと写真をめくる手を止める。
 それは見る人が見れば何の変哲も無い写真だっただろう。俺と雄介、そして以前のクラスメイト数名が肩を組んで破顔している写真だった。
 別におかしなところは無い。ピンボケしているとか顔が半分見切れているとか、ましてやUFOが写っているなんてことは全く無かった。
 俺が目をとめたのは写真の右端、ちょうど俺の隣にこの上ない笑顔を浮かべながら写っている女のことだ。
 なにも変わったところの無い女性である。別に腕が四本あるとか、顔に般若の面をかぶっているとかそういうことではない。あっても困るけど。
 では何故俺が目をとめたかと言うと―――
 
 
 
 「……誰? こいつ……」
 
 
 
 ―――つまりはそういうことである。
 
 
 
 
 
 
 
 「で、話っていったいなんだよ?」
 翌日、どうしても写真の女の事が気になった俺は、それを現像した当人、雄介を近所のファミレスに呼び出した。大学は有給を使った。いわゆる自主休校である。
 しかし、当日の朝の呼び出しにあっさり応じることが出来るとは……
 こいつの事が少しばかり心配になったが、まぁ「同じ穴の狢」ということで言及しないことにした。
 それはそれとして。
 「なぁ、こいつ誰か知ってるか?」
 俺は件の写真をテーブルに滑らせる。
 雄介は、
 「んだよ、高校の時のツレの顔も忘れちまったのか? 友達甲斐の無いやつだなぁ」
 などと苦笑しながら写真を受け取ったが、次第に眉間にしわが寄ってくる。
 「弘樹……」
 「お、なんか思い出したか?」
 俺が期待を込めて雄介を見ると、
 「……こいつ、誰だ?」
 「それは俺が聞いてるわけだが」
 一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。
 俺はため息をひとつ吐くと、注文してあったブレンドコーヒーを一口啜る。
 「写真を受け取ったときは気がつかなかったのか?」
 「いや、ペラペラっと適当に確認しただけだしなぁ……。こうナチュラルに写られると気が付かんよ」
 雄介はガシガシと頭を掻きながら写真をテーブルの上に戻す。
 「お前はどうなんだよ? これだけ仲良さ気に写ってるんだし、何か思い出さないか?」
 テーブルに頬杖をつきながら言う雄介。
 俺は唸りながらもう一度その写真を見つめる。
 少し幼い、だけど整った顔立ち。腰あたりまであるストレートの黒髪をうなじの辺りで束ねている。服装は、まぁ地味ともいえる落ち着いた色。服の種類まではよく分からないが。
 つまり、どういう女かというと、
 「……結構可愛いな」
 ゴン。
 雄介が思いきりテーブルに額を打ち付ける。
 「お前な……そういうことじゃなくて……ああもういいや」
 何かを言いかけて、あきらめたように頭を振るのはやめてほしい。
 「とにかく、ほかの奴らにも心当たりが無いか聞いてみるわ」
 そういうと雄介は懐から携帯を出し、付属しているカメラで写真を撮影するとそれを添付したメールを送り始めた。
 「おまえ……同窓会のメンバー全員のアドレス控えてるのか……?」
 「ふふふ……名幹事雄介様をあんまり侮るなよ。そのあたりのことは抜かりないわ!」
 いや、幹事あんまり関係ないし。
 俺が言いかけたその時。
 
 
 ホァタタタタタタタタタタッ!
 
 
 「お、メールが帰ってきた。早いなぁ」
 「いや、それより俺は今の着信音のほうが気になる。激しく」
 何故に一子相伝の拳術使い?
 半眼になって言うが、雄介は曖昧な笑みを浮かべただけで、携帯の操作に目を移した。
 「ち、はずれか……っと、もう一通帰ってきたか」
 そうこうしているうちに次々と着信があり、三十分もたたないうちに十数通のメールが返信されてきたようだ。
 つか、皆暇なのか?



 「う〜ん、こいつも知らないか……」
 「もしかして、全員知らないなんてオチか?」
 俺が二杯目のコーヒーを啜りながら言うと、
 「いや、まだ一人残ってる……っと、来た」
 おそらく最後になるであろう、やたらと暑苦しい着信音が閑散としたレストランに鳴り響く。
 っつーか、着信音消せ。恥ずかしいから。
 「お。これはビンゴ……なのか?」
 そう言って雄介が見せてきたメールには、
 
 
 『その女の子について話があります。今日の6時に駅前の公園で』
 
 
 という短い一文が映し出されていた。
 
 
 
 
 
 
 
 俺と雄介はコーヒーの空き缶を灰皿代わりに、指定された公園のベンチに座ってタバコをふかしていた。
 時間は6時を少し回ったところ。
 俺は白くなり始めた息をぼんやりと意識しながら、メールの主を待ち続けた。
 何故こんなに躍起になってその女性のことを知りたいと思っているのかは自分でもわからない。
 ただ、どうしても気になった。それだけだ。
 
 
 彼女が来たのは、それからさらに煙草を二本消費したときだった。
 
 
 「遅れてごめんなさい。ちょっと抜け出すのに手間取って。それと、お久しぶり」
 「ああ、ざっと三週間ぶりだな、朝間」
 「朝間さん、ひさしぶりー」
 俺と雄介は、彼女―――朝間優子にそれぞれ挨拶をする。
 朝間は俺たちの前で立ち止まり、一度深い深呼吸をすると、こちらをまっすぐ見つめて言った。
 「あんまり時間が無いから単刀直入に言うけど……」
 そこでいったん言葉を区切り、
 「水無月神楽って……覚えてるかしら?」
 「水無月……神楽?」
 「水無月って……もしかして」
 その名前には俺も雄介にも心当たりがあった。というより、今思い出したというべきか。
 三年間クラス替えの無かった俺たちの高校で、唯一『お別れ』をした少女。
 「で、でも彼女は……!」
 雄介が心なしか上ずった声で言う。
 そう、彼女は1年の頃……。
 「ええ、死んだわ。交通事故で」
 確か夏休みがあけてすぐだったと思う。担任が、悲痛な面持ちで教室の扉を開けたのは。
 緊急で全校集会が開かれ、校長がわざとらしい表情で『お悔やみの言葉』とやらを言っていた。
 「じゃあ、こいつは……!?」
 「ええ、間違いなく水無月神楽、その人よ」
 「つまりこれは、紛れも無い心霊写真ってわけか……」
 俺は上着のポケットから写真を取り出して、もう一度その女性を見つめる。
 「でも、クラスの奴に聞いても、だれも水無月だって気がつかなかったのは何でだ?」
 アレだけ衝撃的な別れだったんだ、誰だって忘れようと思っても忘れられないはずである。もし、5年という月日が彼女についての記憶を薄れさせたとしても、誰一人覚えていないというのはどう考えてもおかしい。
 俺や雄介も、全くその名前に行き当たらなかったのだ。
 「それは……多分、好きな人の前だからお洒落をしたかったんでしょう……?」
 朝間が顔を背けながら言う。声にはわずかに嗚咽が混じっていた。
 「好きな人って……」
 「気がつかなかった? 彼女、あなたのことが好きだったのよ。一目惚れだって……」
 「……」
 朝間の言葉に俺は声を失う。
 俺自身、彼女のことはなんとも思ってなかった。ただのクラスメイト、それ以上ではなかったのだ。
 なのに、5年以上もたった今になってそんなことを聞かされて、どうしろというのだろう。
 俺は、彼女の口からその言葉が聴けなかったのが、純粋に悔しいと思った。
 「でも、よくこれが水無月だってわかったな。俺たち誰もわからなかったんだぞ?」
 「そんなの、当然でしょ?」
 朝間は赤く泣きはらした瞳をまっすぐこちらに向けて、
 「だって私は、神楽の一番の親友だったんだから」
 そう言ってにっこりと笑った。
 
 
 
 
 
 
 「まさか心霊写真だったとはなぁ……」
 彼女が「これからレポートをまとめなければならない」といって帰って数分。
 雄介がため息混じりに言った。
 「普段の俺たちなら、心霊写真なんて撮れたら大騒ぎして皆に言いふらすんだろうけど……」
 「ああ、なーんか、そんな気がしないな……。どうも胸の奥がもやもやするっつーか……」
 俺たちは今日何本目になるか分からない煙草を吹かしながらしばらく無言の時を過ごす。
 「なぁ」
 俺は煙草を揉み消すと、空き缶の中に放り込みながら立ち上がり言った。
 「ネガって、まだ残ってるか?」
 「ん? ああ、そりゃまぁ当然……」
 「悪いけど、もう一人分焼き増ししてくんねぇかな」
 「それはいいけど……何するんだ」
 「いや、な……」
 俺はポケットの中に手を突っ込みながら、視線を空に向けて言った。
 
 
 
 
 「墓参りでもしてやろうかな、と。せっかく同窓会に参加したんだ、写真なしじゃ可愛そうだろ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日から、俺の家のポートレートに一枚の写真が増えた。
 柄にも無くはしゃいでいる俺の隣には、一人の女性。
 彼女は楽しそうに、本当に楽しそうに、色あせていく写真の中で、今日も笑っている。
 



総合得点

29点(35点満点)

寄せられた感想

・心霊写真という内容と、切ない恋物語の着眼点がよかった

・文章もストーリーもしっかりしてて楽しかったです(笑

・恋愛でシリアスな感じがないのは驚きです

・綺麗にまとまっていて読みやすく感じました

・何度も読み返したくなりました。 切ないけど、本の読みきりにとかなりそうで大好きかも。

・青春ですなぁ

・上手く纏まってるなぁ。多少展開は読めるものの、すっと心に染みました。



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