作品No03





 誰かの泣き声。
 誰か? いや、これはよく知っている声。
 私の声。

 ああ、そうか。

 私はまた、『あの時』のことを夢に見ている。

 泣いている。自分でも可笑しくなるくらい泣いている。

 ……もう、完全に忘れたはずなのに。完全に吹っ切れたはずなのに。

 私は―――夢を見ながら泣いている。
 迷子になった幼子のように泣いている。
 たった一人、暗闇の中で泣いている。

 ―――いや、一人じゃない。
 誰かが、いる。
 誰かが私の頭を撫でながら、優しく声をかけている。

 ―――うるさい。

 声は止む事は無い。

 ―――うるさい!

 優しく、私を包み込むように。

 ―――うるさい!!

 まるで、母の子守唄のように。

 ―――うるさい!! うるさい!! うるさい!!
 私の夢に勝手に入ってくるな!! 私の思い出に勝手に入ってくるな!!

 私に……さわるなぁっ!!




 叫んで、私は飛び起きる。涙で濡れた顔をごしごしと乱暴にこする。
 また、あの時の夢……
 優しく、暖かで。だからこそ私には耐えがたい、悪夢。

 「……」

 乾いた口の中で何か呟く。呟いてから、フッと自嘲気味に笑う。そんなこと、自分が願うわけが無い。
 私は、寝汗でびっしょりになった身体を洗い流すため、タオルをもってシャワーを浴びに向かった。



 決して本心ではない。だけど、本心かもしれない呟き。

 「一人に、しないで」

 それは叫びにも似た―――祈り。










 確か去年の夏休み前だったと思う。その、奇妙な転校生の噂を聞いたのは。
 変な時期に転校してきたことも然ることながら、何でもその転校生は、あろうことか自己紹介のときに「自分は魔法使いである」などとのたまったそうだ。
 ただのウケ狙いだったら良かったのだが、その事を告げる転校生の表情は、馬鹿馬鹿ほどに大真面目だったと言う。
 もっとも、自分のクラスの、それも隣の席の人間の名前を知らないくらい『他人』と言う物に興味がもてない私だ。別のクラスの馬鹿のことなんて言わずもがな、である。
 まぁ、そんな私にもその程度の情報が入ってくるほど、その『魔法使い』とやらは瞬く間に有名人になっていたと言うことだ。
 私には関係ない。他者を断絶し、徹底した排他主義の私には、全く関係ない話。
 そう、関係ない話……だったはずなのに。


 「やほー。元気かな朝奈さん」
 「うるさい寄るな」


 ……何の因果か、こいつと同じクラスになってから無理矢理関係者にされてしまった。要するに、なぜか懐かれたのだ。




 「さあ! 一緒に帰ろうか朝奈さん! 真っ赤に燃える夕日が僕たちを放課後の商店街へと導いているよ!!」
 「一人で帰れ」
 一蹴。しかしコイツは全くめげることなく纏わりついてくる。
 コイツはいつだってそうだ。どれだけなじろうが突き放そうが蹴り倒そうが、一向に諦める気配なく私に近づいてくる。
 まったく、鬱陶しいことこの上ない。
 「まったくつれないな〜あさあさは〜♪」
 「人を変な名前で呼ぶな」
 もう一度一蹴。無駄だとは嫌と言うほど判っているが。
 「んじゃ、あっし〜」
 ほら、無駄だった。
 私は深い溜息を一つ吐くと、真っ直ぐにこいつに向き直る。
 「あのなぁ転校生……」
 「ノンノンノン。いい加減、その『転校生』って言うの止めないかい? 僕とあっし〜の仲じゃないか」
 「黙れ変態」
 「おうっ!? 呼び名変わったけど微妙にランクダウン!?」
 オーバーリアクションで悶える転校生改め変態を半眼でにらみつけると、私は早足で歩き出した。
 




 結局、コイツは私が夕飯の食材を買って家に帰る直前までついてきた。自宅の場所を知られるのは全力で阻止したが。




 「はぁ……」
 私はベッドに横になると、もはや日課となりつつあるため息を吐いた。
 まったく……何なんだあいつは……?
 苛立たしげにくわえた煙草のフィルターを噛み締める。
 あいつと同じクラスになってから2ヶ月間。まったく気の休まる暇もない。
 どこで何をしていようが、何時の間にかあいつがそばに寄って来て騒ぎ立てる。
 おかげでクラスの奴に同類と見られていい迷惑だ……。


 「ん?」
 と、私はふと気がつく。
 クラスの奴? 以前なら誰にどう見られようがまったく取り合わなかったのに。なんで私が他の奴の目なんか気にしなければならない!?
 所詮他人は他人。他人になんか関わっても何もいい事はないってあの時嫌と言うほど思い知らされたんじゃないか!!
 それが、何で他人如きにこんなに気をやきもきさせなければならない!?

 「クソッ!」
 私は煙草を揉み消すと、ブツブツと毒づきながらバスルームに向かった。
 ―――今日はあの夢を見るのかな……?
 シャワーのコックを捻りながらふと考えて、気がついた。

 
 そう言えば、いつからか、あの夢を見ていない……。











 放課後、私は屋上に来ていた。
 遠くには、山の向こうに沈んでいく夕日。カラスの鳴き声。時折訪れるそよ風が、肩にかかった髪を振り払う。
 ここは、このくだらない学校と言う空間の中で、唯一私が好きな場所。
 私が一人になれる場所。
 去年まではそのはずだった。

 キィ。

 金属が擦れ合う小さな音が響く。こんな時間に屋上にやってくる物好きは、私を除いて一人しかいない。
 「何の用? 『魔法使い』さん」
 私はそちらを見ずに、ありったけの皮肉をこめて言う。
 「ようやくランクアップしたかな? その呼び方」
 私の皮肉に微塵も気付いた素振りを見せず、コイツは苦笑する。判ってはいたことだが。
 コイツには何を言っても無駄だ。私は最近悟った真理を胸中で呟いて紫煙を吐き出す。煙は、そよ風に流されて何処へとも無く消えていく。
 「……煙草は身体に悪いよ?」
 「ほっといて」
 呟くと、私はそいつの方へ顔を向ける。逆光になって、表情は良く見えない。
 「で? 何しに来たの?」
 「君に魔法を見せてあげようと思って」
 にべも無く、ソイツは言った。
 私は、肩をすくめると、
 「へぇ、それは面白い。じゃ、早速見せて貰おうかな」
 嘲って笑った。
 「その前に、一つだけ聴きたいことがあるんだけど」
 「何?」






 「どうして君は、泣いているんだい?」





 「っ!!」
 絶句する。何を言っているんだ、コイツは……!?
 「ずっと君を見てたけど、いつだって君は泣いていた。いつだって君は、一人ぼっちで泣いていたよね?」
 「……さい」
 「どうしてだい? 一体何があったんだい?」
 「…うるさい」
 「話してごらん? 一体、昔の君に何があったのか……」
 「うるさい!!!」
 激昂。自分でも拙いと思っているのに、爆発した感情は止まらない。
 「お前に何がわかる!? 誰にでもいい顔をして、誰にでも好かれるお前に!?」
 駄目だ、やめろ。止まれ、私!
 「お前は、信じていた人に裏切られたことはあるのか!? 親友だと思ってた人に!! 自分を愛してくれていると思ってた人にっ!! 何より、私を愛してくれていると思ってた両親に!! 裏切られたことはあるのか!?」
 感情の激流。もう、止まらない。止められない。
 「私だって、好き好んで一人でいるわけじゃないんだ!! でも、信じたらまた裏切られる!! また、壊れたおもちゃのように捨てられる!! だから、ずっと一人でいてやる!! 誰にも近づかせないって誓った!! なのに、お前はずけずけと人の中に入ってくる!! 私の居場所を奪うな!! 私の中に入ってくるなァァァッ!!」
 ゼェゼェと息を切らす。いつしか私は、本当に涙を流していた。
 ソイツは、入り口に立ってじっと耳を傾けていた。
 日が、翳る。
 「……っ!」
 笑っていた。ソイツは、とても嬉しそうに笑っていた。何かをやり遂げたように。とても柔らかく、暖かに。
 「……やっと、話してくれたね」
 「なに……を……」
 



総合得点

8点(15点満点)

寄せられた感想

・魔法使いになりたい

・途中で終わっちゃったのが残念です。続きが楽しみです。

・続きが気になります、きっちりと完成させてほしいところ。



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