作品No03



テーマ「孤独、黒」


 まだ日も空けていない暗がりの中を目覚めて、手探りで時計をさがした。

 床のように固いベッドの上で身を二転三転と返して、起きもせず眠りもしないまどろみの贅沢かつ怠惰な時間を堪能する。

 しんと静まり返った室内で、時折思い出したかのように響く何かの音以外は全く静かなものだった。

 窓の向こうには、古びた壁が高く立ち、薄けた月明かりもとどかないくらいの路地が目の及ばない範囲まで続く。

 そこで彼は、日課の思索をはじめた。

 筆を置いてどれくらい経ったかわからない日記に今日こそあたらしい一ページを添えようとしたが、開くと共に自分の不味い字を見てその気も失せてしまった。

 愛情のかけらも無い日々を、寒く過ごしながら、ついに壮年になるまで女一人娶らず、牢獄にも似た部屋で過去の日記を眺めて、何年も筆の進まない詩を眺めて、彼は朽ちていこうとしていた。

 愛に憧れ、愛を歌い、愛の詩を綴ったが、彼のその仮初は人には評価されたとしても、自分の心では欺瞞に満ちたあざけりの歌でしかない。

 

 汝は歌う 黄昏の 雲とも云へし 春の歌

 そが昔日の なつかしき 涙を添へし 童歌

 この身をうるおす その調べ 遠くへ響かん 人知れず




 自らを偽り、嘘を書き並べた詩に彼は自分のありもしない、恋物語と、それに思いを馳せた若い日を無意味と感じ、誰も自分の本来の姿である醜い、詩の内に秘めた欲望を見出さなかったことに情けなさを感じた。

 そして、いつごろからだろうか、筆を置き、絶賛された世間からの栄光に遠くはなれ、自分の欲望を覆い隠すかのように路地の奥にある小さな牢獄に閉じこもったのは。

 誰も自分のことを理解してくれないからこそ、自分も人のことを理解せずに、孤高を歩み続けようと、芸術家に見る意識的な自我喝采と、無意識的な自己嫌悪の混じる思いに悶々とした日々を過ごした。

 いつしからか生まれた、詩に対する強い情熱が、どうしてここまでゆがんだのかは彼以外に知るよしは無い。

 いつまでも暗い、この夜空を眺めて、この初老の男は何を考えるのかは、誰にも知れない。

 何をなすにも、彼の骨は枯れていた。

 若き日に持っていた、意気揚揚と躍動するすべてに対して美を感じた心の泉はある日を境に消え失せた。

 遠い日の、過ちが身を苛む。



 「あなたも面白い事を仰る。奴等が獣のようですって?ははははっ、ソレは大きな間違いですよ。人間だけです、『生めよ殖えよ、大地を満たせ』と命ぜられた、神の言葉に逆らって、己の欲望の為にだけに腰を振る生き物はね。だからこそ、ボクのような献身的な玩具がもてはやせるのですよ」

 遠い日の少年はそう言って小さく口をゆがめた。

 若き日の彼は、その言葉を聞いて苦笑いを禁じえなかった。





 嘆き給へ その麗しき肉体に

 森羅の美をみたせし 横顔に

 万象をまどわす その姿

 消えてしまえと 望むれど 我の中では今もそのまま




 



総合得点

13点(20点満点)

寄せられた感想

・ストーリーが起伏に欠けるのは残念ですが、詩と文章が上手に噛み合っているように思いますw

・オチが弱い。というか、オチがわかりません。

・せ、切なくて、何だか泣きそうになりました

。ちょっと放り出された感があるかな。



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