作品No09








 その日、ほんの気紛れからいつもと違う道を歩いてみた。
 意味なんて無い。言葉に出来るほどの理由も無く、ましてや行く宛なんて何処にも無い。――ただの気紛れ。

 九月も半ばを過ぎて日の落ちるのも早くなった最近では、頬を撫でる風がほんの少し冷たく思える。
 ふと視線を上げれば、西の空は夕焼けで茜色に染まっていて。何処か物悲しいその風景は、とても美しいものに思えた。
 ――良かった事と言えば、それだけだった。

 最初こそ高揚感に突き動かされて順調に歩いてはいたものの、やはり普段歩きなれていないせいか直ぐに体にガタが来た。
 歩き始めて二十分が過ぎた頃にはパンプスに締付けられた足が酷く痛み始め、連鎖するようにデスクワークで凝り固まった腰と肩が悲鳴を上げる。
 それでもう歩く気力なんて無くなってしまった。

 ところが体を休めようにも辺りに喫茶店等は見付からない、まぁ下ろすのを忘れていたので財布に余裕は無いからどちらでも一緒なのだけれど。
 ならば家路を急げば良いのだけれど、気が付いてみればここがどの辺りなのか良くわからない始末。つまり二十四歳にもなって道に迷ってしまったのだ。

 何時の間にやら太陽はすっかり沈んでしまって、辺りは薄暗くなってしまっている。不幸な事に周りには街灯も少なく、目に入るのはまばらに灯る家々の明かりと見渡す限りに田畑のみ。

 この町に4年も住んでいたのに今初めて気が付いたのだけれど、駅から家と反対の方向へ行くだけでこんなにも田舎になってしまうみたいだ。
 そりゃあ私の住んでいる区画だって決して都会とはいえないけれど、十分も歩けばコンビニぐらいは見付かる。それがちょっと逆方向に行ったぐらいでここまでになってしまうなんて、これだから田舎はイヤなのだ。

 それでも今こうして道に迷って苦労しているのは、自分が方向音痴なのをわかっているくせに気紛れで知らない道を歩いている私が悪い。そんなことはわかっている。
 けれどこういう時には何か怒りをぶつける対象が欲しいもので、とりあえずは目の前に広がる風景にでも文句を言わなければやってられないのだ。

 喫茶店やコンビニが見付からない事に、酷く痛む足に、歩いても歩いても知っている場所に出ない事に。
 気に入らない上司に、7年も付き合っているのに結婚を匂わしてくれない彼氏に、不甲斐無い自分自身に。
 今の状況に関係あることもないことも、全てに愚痴りながら。とぼとぼと暗い道を歩き続ける。

「ぴにゃっ!」

 歩き疲れて痛む足のせいか、それとも暗くて足元が見辛いあぜ道のせいか。窪みに足を取られて、畑に倒れ込むように思いっきり転んでしまった。それも奇声を上げて。

 恥かしさで思わず辺りを見渡して、誰にも見られていなかったことにほっとする。流石にこんな姿を誰かに見られていたら立ち直れないかもしれない。
 束の間の安心は、けれど直ぐに怒りに取って代わる。誰かが見ていたら恥を忍んで道を聞けたのにと、そんなことを考えた自分への怒りに。

 何だか惨めで泣きたくなってきて、同じぐらい何かに当り散らしたくて。けれど結局そのどちらも出来ずに、ため息だけが零れた。

 何もかもが馬鹿らしくて、下らなくて、苛立たしかった。
 走りまわって叫んでしまいたい衝動に駆られて、けれど疲れた体は起き上がる事を拒否していたから、そのままごろごろと畑の中を転がってみる。
 私の体の下敷きになって野菜が潰れていくのを見て、農家の人には申し訳ないなぁと思いつつも、勢いのままごろごろと転がり続けた。

 凄く馬鹿みたいで、可笑しくて、楽しかった。
 込み上げてくる感情のままに声を上げて笑いながら、子供みたいにずっと転がりまわっていた。


 数分はそうしていただろうか。転がりつかれた私は、大の字になって寝転んで、ぼんやりと夜空を眺めていた。
 余分な明かりがないからだろう、見上げた夜空は凄く綺麗だと思った。笑いすぎて目尻に浮かんだ涙のせいで滲んだ星の光は、宝物みたいに綺麗だった。

 ふと、「ドラマみたいな事をしているな」なんて考えが浮かんできた。
 退屈な日常に疲れて、いつもと違う道を歩いてみた女の子が体験する夢のような出来事。こうして寝転がってる私に素敵な男性が手を指し伸ばしてくれたりとか。

 目を瞑って、そんな情景を想像してみる。
 漠然とした想像が、俳優になったりアイドルになったり。しっくりと来る姿を求めてくるくると移り変わって、やがて今の彼の姿になる。

 そうして浮かんだ映像に思わず噴出してsまい、それでも止まらずにまた声を上げて笑う。
 のっぺりとした顔付きの彼には、そんな気障な仕草は似合わない。そしてそれと同じぐらいに、私にも似合わないだろう。
 ドラマを夢見るにはもう女の子とは言えない年齢になってしまったし、転げまわったせいで服も化粧もぐちゃぐちゃになってしまっている。

 ひとしきり笑って、私はしっかりと立ちあがる。
 ため息をひとつついて、服の汚れを払い、そうしてまた歩き出す。いろいろと厄介な事はあるけれど、とりあえずは前に進まないとどうしようもない。
 まずは頑張って家にたどり着いて、先ほどから悲鳴を上げているお腹を大人しくさせてやらなければならない。

 先程よりかは少し胸を張って、てくてくと歩きながらこれからどうするかを考えていた。ご飯を食べて、お風呂に入って――それから彼に電話をして。
 幸い明日は休みなのだから、久しぶりにデートにでも誘うとしよう。お金はないけれど、夏の間仕事が忙しいなんて私を放ったらかしにしていた罰として奢らせてやれば良い。

 三十分、それが私が家にたどり着くまでに掛った時間。明日の予定を楽しみに考えた時間。
 三十分後、家にたどり着いた私が見たものは、花束を抱えてプロポーズをしにきた彼の姿。

 三十秒、予想通りに似合わない彼の姿に笑い転げた時間。
 三十秒後、私と彼は、幸せそうに笑い合う。


END



総合得点

15点(25点満点)

寄せられた感想

・ほのぼのしてますねぇw

・テーマと遠い。けど内容は好き。

・文体のリズムが良く、スラスラ読めました。表現も優れていると思います。惜しむらくは、「はな」というテーマが十分に生かされていないその一点でしょうか。

・相変わらず、文章は上手いけどストーリーが薄いように思いました。

・なんかいい感じですなw



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