作品No02



ふと、いつもなら隣りにあったはずの暖かさが失われていたことに気付き目を覚ます。
そこに目をやると、いつもなら跡がついていたはずの白いシーツが綺麗なまま残っていた。
いつもそこにあった人の姿すらも見当たらないままに……
















軽い疲労感を覚えながら、嘆息しそうになるのを胸の中に留め、体を起こす。
ベッドから体を下ろし、まだうまく廻らない頭を抱えながら、寝ぼけ眼で洗面台の方へと脚を進める。

「うわー凄い寝癖。」

鏡を見ながら、そんなことをぼやきつつ、顔を洗い、髪の毛を整えていく。
それが終わったら、リビングの方へと戻り、朝ごはんの準備。
といっても、昨日の夜にあまったご飯をレンジで温め、それにとかした卵にしょうゆを混ぜたものをかけるだけ。
そんなものを口へと運びながら、テレビの朝のワイドショーのとりとめのないコメントなどを聞き流す。

朝食が食べ終わったら、後片付けだ。
しかし、使った食器といえば、茶碗と卵を溶かしたうつわだけ。
洗剤を使うまでもなく、水で流しながらスポンジで軽くこするだけで、あっという間に終わってしまった。














「暇よね。」


太陽が南にかかってきた頃、私は誰ともなくつぶやいた。
ご飯を食べてからずっと横になっていたのだが、いい加減それも飽きた。


「あーーーーー」


意味もなくうめきながら周囲に目をやると、ふと視界に鏡が入った。
その隣りには、メイクセットも見当たる。

「暇つぶし、か。」

そんなことをぼやきながらも、横になっていた体を起こしながら私は身支度し始めたのだ。


まずは着る物。
いくつかクローゼットから服を取り出して、並べてみる。
その中から、先日恋人から中国のお土産にもらった、左胸にバラの刺繍のあるチャイナドレスを選んでみる。
次は、化粧だ。
いつもよりも時間をかけて髪を整え、いつもよりも綺麗に眉を弄り、いつもよりも丁寧にアイシャドーを塗り、いつもよりも濃くおしろいをはたいた。
いつもよりもほんの少しだけ化粧が濃くなった自分を、いつもよりもじっくりと見ながら、仕上げに紅を口に塗ろうとする。
誰に見せるわけでもなく、ただ、自分の退屈を紛らわせるためだけに。


そんな自分が何よりも惨めに覚えて、どうしようもなく目尻から涙が溢れてきた。
せっかくした化粧が流れてしまう。
そんなことをまるでもう一人の私がいるかのように冷静にで思いながらも、なぜか涙を止めようという気にはなれなかった。




せっかくの休日。
久しぶりの休日。
それを、私は今、たったひとりで、鼻をたらしながら、涙を流して過ごしている。
恋人と過ごすはずだったはずの私の誕生日を。
先日、事故で亡くなってしまった恋人と過ごすはずだったはずの私の誕生日を。






ぷるるるるる


電話のベルの音が、冷たく部屋に響いた。
はっとそれに気付き、急いで電話を取る。


「あ、もしもし?私だけど。」


そんなこと言ってきたのは、高校時代から付き合いのあった親友だった。
届くはずもない電話に一瞬でも期待した自分がバカに思えてくる。

「何、どうかしたの?」

平静を装い、何もないかのように返事をする。

「これから大学時代のサークルの皆でのみにいこうって話になったんだ。」

「へぇ、そうなの。
 ずいぶんと楽しそうね。」

「ええ、これから彼も誘うつもりなの。確か今日って休みのはずだし。」

言外に私に対しての確認も含め、彼女はそう言って来た。
その言葉に、心が凍った。
まだ、知らないんだ、彼が死んだこと。

「ごめん、ちょっと予定があって、私行けないや。」

次の瞬間、自然と断りの言葉が口から出てきた。
本当は予定なんて一切なのだけれども。

でも……
それでも、「彼」がいなくなったからって、「他の皆」でこの間隙を埋めるなんてできない。
「彼」と過ごすはずだったはずの日を、他の誰かに汚されたくなんかない。
今私が過ごすべき相手は、懐かしい顔ぶれなんかじゃなく、「彼」なのだから。


「そっかー予定があるんじゃ仕方がないねー」

「ごめんなさいね。」

「ううん、いきなり誘った私達のほうが悪いんだし、それじゃあね。」

「うん、じゃあね……それと、ありがとう」

「え?」

ツーツーツー

そんなこと言って、電話を切った。
電話の受話器を元の場所へと置き、再び私は鏡の前に座る。



そして、先ほどと同じ、いや、それ以上の時間をかけて、崩れてしまった化粧を再度顔に施す。
こんな崩れた顔では、一緒に過ごす彼に失礼だ。
それについで、先ほど中断した紅に口付けようとする。
真っ赤な、まるで血の色のような赤い口紅をを。
事故のときにきっと流れたであろう、彼の血と同じ、紅い、紅い口紅をゆっくりと時間をかけながら丁寧に塗りたくる。
彼の血はもっと綺麗だったろう。もっと紅かっただろう。
だって、彼の血が、こんなどこにでもあるような赤色のはずはないから。
きっと彼の血は、世界中どこを探しても見当たらないほど美しい紅に決まっているのだから。


そんなことを思うと、今の色では彼と過ごすのには不十分なように思える。
足りない
   足りない 
      足りない
赤が、朱が、血のような紅が足りない。
化粧用具をひっくり返しながら、一つ一つ手にとって口紅の色を確かめてみるが、今の私に十分と思える赤は一つも見当たらなかった。

「痛っ!」

イライラしていた私は、化粧用具箱の過度に手を引っ掛けてしまった。
そこにできた傷に、ぷくっと、血の玉が浮き上がる。

「なんだ、ここにいい色があったじゃない。」

その手を口へともっていき、血を唇へとなすりつける。
だが、それでもまだ足りない。
もっと、もっと紅くないと、血だらけになった彼の赤では褪せてしまう。

「まだ、足りない。」

自分の声が遠く聞こえる。
そんなことを頭の片隅で考えながら、私は立ち上がり、キッチンへと足を運んだ。

目的のものはすぐに見つかった。

いつもは野菜や肉などを切っていたもの。
それを、高く掲げながら、私はそれを心臓のある左胸へと全力で振り下ろした。


グサッ


左胸から流れ出る血を、手ですくいながら口へと運んでいく。
一度、二度、三度…………
もっともっと紅く塗りたいのに、その辺りで腕がうまく動かなくなってきた。
あれ、いつのまにか、知らないうちに床に顔がついている。
ああ、せっかく化粧をしたのに、また崩れてしまう。
視界もどんどん暗くなっていく。
もう、彼と一緒に過ごすというのに、眠っちゃったらいけないじゃないか。
眠くなっていく自分を叱咤するけど、その思考とは裏腹に、まぶたが自然と下りてくる。
まあいいや。
彼が帰ってきたら、きっと起こしてくれる。
そして、おきた私の顔を見て、きっと彼はビックリするんだ。

「ああ、なんて綺麗な紅なんだろう」

って。

そうして彼が誉めてくれるのを夢想しながら、私は左胸に真っ赤なバラを咲かせ、眠りに落ちていったのだった。











総合得点

13点(25点満点)

寄せられた感想

・ちょっとテーマには遠いかな。流れにもちょっとムリがあるような・・・

・うーん、主人公にそれほど同調できませんでした。

・途中まで丁寧だったのに、ラストに向けてがちょっと安易なのが残念です。

・少し雑に見えるかな、無理やり感が見え隠れ。

・ここ最近死に関わる話は苦手です(汗



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