作品No03
「Open THE SESAME」 学び舎の終わりの鐘がなった。 とたんにゴミ箱をぶちまけたように昇降口から生徒たちがあふれ出る。 東山正義(ひがしやままさよし)もそこから溢れた1人である。 そう、もう終わったのだ。堅苦しい授業も聞く気にもなれない教師の呟きも… つい最近、彼の家は晴れて一軒やとなった。 中学2年にまでなって自分の部屋が無い。寝るときは家族で川の字。 もう寝相の悪さで喧嘩など無い。 俺は自由だ。 俺だけの部屋。マイルーム。 何を置こうと誰にも文句は言わせない。 やりたい事が多々ある。 彼女ができたとき困らない。 クラスでは感じる背の低さも、その他コンプレックスも何も無い。 正義は走った。 なぜ走る。マイルームが逃げるはずは無い。 でもなぜか走った。 冷たい空気と熱気が反応してメガネが曇る。 走った。 部屋に入ると即鍵を閉める。 何人たりともこの聖地に入れるわけにはいかぬ。 何も無い部屋でも正義は満足だった。 歌を歌う。 フローリングに大の字になって天井を仰ぐ。 畳4枚分の聖地。 ここでは俺が神だ。 俺の思い通りにならないことは無い。 意味も無く笑った。 神田有香(かんだゆか)は正義のクラスメイトである。 正義は列ではいつも一番前にいて背が低い。 有香は列ではいつも一番後ろだ。 誰もが言う。 「一番似合わない組み合わせだな」と。 だが有香は正義が好きだ。 正義がチビで髪がいつもボサボサで分厚いメガネかけてて成績もあんまり良くなくて俗に言うダメなやつ でも有香は正義に恋をしている。 誰もがやめとけと言うが有香は正義が好きだ。 だから、正義が忘れて行ったカバンを見つけたとき有香は正直うれしかった。 学級委員だからしょうがないなぁ〜なんて言っても表情までは偽れない。 有香はカバンを抱え、学校を後にした。 夕暮れは刻一刻と近づいていた。 どのくらいそうしていただろう。 フローリングに張り付いて部屋に充満した「新しい臭い」を思いっきり肺に押し込んで… そして、正義は気づいた。 窓から一直線に伸びる1筋の黒い行列を。 「くわっ、あ、蟻だと!」 どんどん増える。 正義は絶叫した。この直方体の空間には何も無い。 なのになぜ蟻が… 正義は履いていたスリッパを即座に構える。 何の変哲も無いこのスリッパ。だがこうすることで恐ろしい武器へと変わる。 「チョエー!!」 バシッ。 チョエー。バシッ。 チョエー。バシッ… 次々と蟻を粉砕する正義。 しかし、アリたちはせっせと歩き分泌液を床にこすりつける。 その分泌液が気化し、また新たな蟻を呼ぶ。 正義の努力はむなしく、侵略者は次々と侵攻してくる。 見てろ! スリッパを捨て去り、台所へ走る。 そしてその手には殺虫剤が握られた。 「これでおしまいだ!食らえ!」 ノズルを押すと缶の中でガスがその行き場を求め渦を巻く。 そうやって起こった気圧の落差は缶の底に溜まった粉末を巻き上げる。 そして巻き上げられた粉末がノズルから噴出しアリたちに降り注いだ。 動かなくなっていくアリたちを見つめ正義はほくそえむ。 このときまだ正義は自らの上に降り注ぐであろう災いを知りようも無かった。 太陽は傾き、影はどんどん長くなっていっていた。 有香は思う。カバンを届けて何になるのか。 「東山君。好きです…これはストレートすぎ…カバンの中に手紙…って書いてる時間ないし…」 悩む。 だいたいこの手のことは苦手だ。 自分が告白するときになって有香はやっと散っていった若者たちの勇敢さに感動していた。 有香は背も高く、成績も良かった。 クラスでは人気もある。 先に述べた若者たちは有香が一刀両断した者たちである。 私に告白してきた人たちも場所とか言葉とか表情とか気にしたのかな… 「でも、はっきり言ってやらないと失礼だし…ホントになんとも思ってなかったし…」 抱えたカバンに力がこもる。 「あ、でも東山君にはっきり断られたらどうしよ…いや、それはない。そう、週末にはデート。うん、いけるはず。 でも、もし断られたら…今までもあまり話したことないし。だいいち私みたいなデカイ女なんか…」 歩く。 ごちゃごちゃ考えても結果が変わることは無い。 だとしても考えないわけにはいかない。 でも立ち止まるわけには行かない。 だから歩く。 「あーもう」 と、有香は赤く染まる空に一筋の白い線をみた。 真っ直ぐに伸びる白い線。 銭湯の煙に似ている。でも煙突はない。 いやな予感がした。 とっさに有香は走り出していた。 窓からもくもくと立ち上る煙を見て有香は唖然とした。 そして、鼻をさす臭い。 火事でないことは明らかだ。 あの部屋には東山君がいる。 理由など無い。なぜかそう思ったのだ。 玄関に飛び込む。 トイレから出てきたところの正義の母親と目が合う。 「お邪魔します」 階段を駆け上がる。 下から何か声が聞こえるがそれどころじゃない。 どの部屋かは臭いですぐ分かった。 このきつい臭い、外で吸ったものと同じだ。間違うはずがない。 「東山君!大丈夫!いるんでしょ!」 鍵がかかっていて開かない。 「何なのよあなた!?」 「おばさん、私は2年B組の学級委員長です。この部屋開けれませんか?」 わけの分からない説明に戸惑ったのは一瞬だった。 そこに立ち込める異様な臭いは母親に決断をせまっていた。 「中からじゃないと開けれないわ」 母親の言葉で有香の頭に1つの考えが浮かんだ。 「ぶち破りましょう」 「え」 「それしか方法はないでしょ!」 またしても戸惑う母親にかまわず有香は思いっきりその体を扉にぶつけた。 ダンッ! 刑事もののドラマでは2,3度で体当たりすれば開くものだ。 しかし、現実にはそうはいかなかった。 1回、2回、3度目からは母親も加わった。 「せーの」 掛け声虚しくタイミングがずれる。 「せーの」 まだ開かない。 「せーの」 せーの… 東山君、東山君、東山君、ひがしやまくん、ヒガシヤマクン… 扉に体をぶつけながら考える。 扉を開く魔法の呪文。 開けゴマ!それで扉は開くはずなのだ。 盗賊たちもそうやった。アラジンだってそうやった。 呪文に何の力がある、いやあるはずがない。それでも言いたかった。 「開けゴマ、開けゴマ、開けゴマ」 すがるものは何も呪文じゃなくてもよかった。 何かにすがりたかった。 だから必死に叫んだ。 「開けゴマ!開けゴマ!」 ぶつかる衝撃、肩の痛み、そして次の瞬間今まで無かった慣性力が有香と母親を部屋へと引き込んだ。 痛くない。 目の前には倒れた人影。 有香はそれにすがりより、自分の身長の3分の2しかない正義を抱き上げた。 「東山君!東山君!」 母親が四つんばいでやってきた。 「正義、正義!」 目を覚まさない彼を抱いて有香は魔法の呪文を唱えた。 「東山君好き!」 魔法の呪文は届いた。言霊とでも言うのだろうか… 正義は目を覚ました。 殺虫剤が部屋に充満して失神。 有香と母親の2人はまったく笑えない。 死にかけた本人は笑い話のネタにするだろう。 当然正義は母親にこっぴどく叱られた。 反抗期の正義は人並みに反論する。しかし、この時ばかりは、目に涙をためて怒る母親を前にしたこのときばかりは 反論できなかった。 母親は母親で何を言っているのか自分でも分からなくなり、しょうがなく有香を送ってくるよう言って下に下りていった。 「あのさ、ありがと。で、ごめん」 母親と同じように泣いた有香は何も話さなかった。 しょうがないから正義が「おくるよ」と言ったら有香は小さく頷いたのだった。 そうして、二人はいま歩いている。 アスファルトを焼いていた太陽はもう沈み、急速に冷えつつあった。 正義は何も言えない。 自分なりのプライドがあるのだ。自分の不始末のせいで女の子を泣かせてしまった。 そんなやつに何を言う資格がある。 だから待った。 彼女が口を開くのを待った。 「開けゴマ」 有香は呟いた。 「え?」 「魔法の呪文ですよ、東山君」 おどけた調子に正義は返す言葉が無かった。 「ほら、一緒に…」 開けゴマ。 夏が来た。 ドアの無くなった正義の部屋はクーラーも効かず快適とは言えない空間となった。 クーラーが効かないのも困ったことだが実のところ正義が1番困っているのは彼女が来たとき 話し声が丸聞こえになってしまうことだったりする。 |
24点(35点満点)
・題にすごい忠実な作品って感じ。 ちょっと展開が急な気もするけど、それをおいておいても面白いと思ったw
・ウケましたw殺虫剤使うときは換気しましょうww
・ちょっと展開が急いでるとは思いますが、面白いと思います。
・久し振りに甘い小説を読みました。 ちょっとかわったラブコメが○
・あ、甘酸っぱいぃ〜!!(悶絶
・少し不思議な感じのお話ですね。なんだかコメディーっぽい所もあり、自分は好きです。