作品No01





 緋毛氈の絨毯が何も目新しくない、全くの見慣れた空間。

 その四隅にわずかな光は届かず、暗闇の支配領域は時を経るごとにまして私の視界を塗りつぶす。

 一体いつの頃からうち捨てられたのかもおぼえていない、音のならない寂しいヴァイオリンたちが、小さな光の中を黒ずんだニスに照り返されて闇の支配を助ける。

 私の目に届く範囲は思いのほか狭い。

 天井に描かれた、日々見慣れている日焼けのした名も知らない画家の書いたルネサンス様式の絵のどこまで見えるのだろうか。

 そこにあるのは神々しいばかりに照り輝くキリストの再臨であるはずなのに、まるで天に昇る悪魔を模写したかと錯覚するほど陰気な雰囲気が私を見下ろしている。

 中央にある小さな丸椅子。

 明るく陽気な日には窓から差し込む光で、唯一照らし出される場所に一人しか座る事の出来ない小さな丸椅子

 腰をかけるのは私一人だけ。

 暗く重たい雲が垂れ込める日も、雷光が照らし大気が唸る日も私はその椅子に座る。

 その椅子に座るほかこの空間で休息を得る事は出来ない。

 なのにどうだろう、今この瞬間、闇と天から見下ろす悪魔と、そして私の理性が支配するこの空間では、その唯一の安息すら望むべきものではないのだ。

 黒く染みの入ったカーテンのかかる大きな窓。

 先に広がる美しい景色を椅子から眺めるのは格別だった。

 光は多く差し込まないが、その外は光が多く臨在していた。

 なのに何故、この空間だけが暗く汚く、空気が陰湿でどんよりとしているのだろうか。

 埃は一つもない。下女たちがこまめに掃除をしてくれる。

 だけれど、そこに人が住む生活のにおいはない。

 あるのは、汚い毛氈と、白いシーツの張られたベッドと、小さな丸椅子と壊れた楽器たち。

 そして、天から見下ろす、朝はキリスト、夜は悪魔の絵画だけ。

 扉は開け放たれている。しかし閉じられている。

 その高くそびえる扉に私はいつも目を奪われている。

 見えることのない世界が外にひろがっているのが、私の探究心を大きく駆り立てる。

 もしかしたら、汚い緋毛氈の絨毯が延々と続く世界なのかもしれないが、壊れたヴァイオリンたちが骸を並べる世界かもしれないが。

 しかし、そこから先へ私は足を踏み出すことが出来ない。

 生涯この陰気な空間に私は生き続けるほかはない。

 残念な事に私は『知恵』を持ってしまったから。

 だれとも交わる事は出来ない。そうしてしまうと私という『種』が如何に汚れて卑しいものなのか知れてしまい、我が身を創りたもうた神を呪ってしまいかねないからだ。

 主人のいない『部屋』の主人。それが私だ。

 生涯壊れたヴァイオリンに囲まれて、下女たちがこまめに掃除してくれるのを眺めて、キリストに見守られ、悪魔に誘惑されて私は生き続けるだろう。

 だが、私はこの部屋にいないはずの存在。知恵を持ってしまったから生き残ってしまった存在。

 しかし所詮、どんなに強烈な自我を持ち合わせ、如何に名文を諳んずる事のできる『ねずみ』であれど・・・




 私は、ねずみでしかない・・・・




 『主人のいない部屋の主人』




 諳んじよう、我が血統の嘆きの賛歌




総合得点

25点(35点満点)

寄せられた感想

・最後が鼠って言うのは面白いw

・これはギャグですか?w

・上手いなぁと、部屋の描写で引っ張っている分オチが綺麗に生きてると思います。

・描写が独特の雰囲気をかもし出していていいといいと思います。

・不思議な読後感があります。

・切なく、生に執着するということを教えていただいたような気がします。



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