作品No07



「怪談と猥談、どっちが好き?」


 瞬間、世界が凍り付いた

 部屋の振り子時計のリズムは狂わなかったし

 机に並べられた4つのお茶は湯気を立てていたけれど

 確かに背中を言いようのない寒気が這いずり上がり

 無意識に私は体を抱きしめていた


「オーケイ、三上くん。君の独創性は十二分に理解しているつもりだ」


 神経質に部長が細かな眼鏡のずれを直しながらそう言った

 三上先輩はいつものようにやる気なさげにお茶を傾けた


>「だがね、校内放送に流していい話題と流してはいけない話題、その区別もつかな
いのか、君は?」

「部長は気にしすぎよねー、アメリカでの日刊紙の凋落は地域社会のニーズに応え
きれないところにあるらしいわよ?」


 いつもこうなのだ、三上先輩のおふざけに部長が乗る

 全く、二人とも話題は無意味に大人びているのに内容は子供だ


「それとこれとは話が別だろう。アメリカの日刊紙が売れまいが、週刊紙が売れよ
うが、日本の一学校にある放送部には関係ない話だ」

「ふふん、そんなだから新聞部に人材を引き抜かれるのよ。加えて、校内紙のゴ
シップ欄は非常に人気だけどね」


 そう言いつつ、スカートの中から最新の校内紙を取り出す

 1面には「波乱の生徒会会長選挙! 現職書記が副会長を差し置いて当選確
実!?」と無意味に派手なタイトルが躍っていた

 パラパラと三上先輩が送っていく紙面を横合いから覗き見ると、いかにも万人受けしそうなネタがずらりと様々な活字で並んでいた


「これは、さすが白川先輩が移っただけはありますね」

「そうねぇ。むざむざ引き抜かれるには勿体無い人材だったわ、ねぇ? 部長?」


 部長は一つ咳払いをして、お茶を一気に喉に突っ込んだ

 狭い放送準備室にストーブ二基は暑すぎる

 三上先輩はふっと、裏から3ページ目、いつものゴシップ欄を開いた

 そして『裏山の化け猫伝説は本当だった!? 』とか

 『あの野球部のエースに彼女が!!』などの下らない記事に紛れている

 『放送室は幽霊の巣窟か?』という記事を凝視していた


「あ―――――――それって」

「白川、あの馬鹿、またこの話題引っ張り出しやがったのか」


 部長がまた眼鏡の位置を直しつつ、窓際に立った

 窓のすぐ向こうには北校舎があって光が差し込むことはもちろん、換気率も悪い


「気にすることないわ。白川は面白いものが作れればそれでいい人間なんだし」


 そう言って残りのお茶を一気に煽ると、三上先輩は微笑んだ

 スカートのポケットに手を入れて立ち上がると、足で椅子を戻した

 部長は窓を開けて、下を覗き込んでいる

 私は手の中の湯呑みを弄びつつ、向かいに置かれたもう一つを見ていた

 扉がゆっくり開く音が部屋に響いた


「でもまあ、とりあえず一発殴ってくるわね」


> 笑いを残して、そう言って、三上先輩は扉をまたゆっくりと閉めた





 夏―――――――

 異常気象とも言われるほどの暑さだった

 放送部員はたくさんいたけれど、いつも準備室の机の上には4つの湯呑みがあった


「宮沢先輩、宮沢先輩、これはどうすればいいんですか?」

「ああ、先月のアンケート結果? そだね、準備室の戸棚にでも放り込んでおいてよ」


 私と、唯一3年の部長と、明るくて美人な三上先輩と

 それに、放送が好きな宮沢先輩と、あとお茶を飲まない白川先輩の5人でよく集まっていた

 私は新入部員で雑用ばかりだったけど、それはそれで楽しかったと思う


「白川先輩ー、原稿まだですかー? 三上先輩怒ってますけど?」

「面白いネタが浮かばないんだ、適当に書いといてくれ」

「わ、私がですか!?」


 でもそれは、あまり続かなかった

 宮沢先輩が放送準備室の窓から飛び降りたのだ

 時間は夜の3時ごろだったらしいけど、どうやって学校に入ったのかは今でも分かっていない

 他にも分からないことだらけだったけれど、一応は自殺ということでけりがつい
たらしい

 警察は1ヶ月もしないうちにこなくなった

 放送部員はどんどん辞めて、宮沢先輩を除いたいつもの4人が残った


「俺、抜ける。宮沢がいないと調子狂うし」


 そう一言だけいって、白川先輩は新聞部に移った

 腕は確かだったけどあまり物事に執着しないタイプだった

 自殺のことをネタにしようとして、三上先輩と口論になったのも一因かもしれない

 宮沢先輩は湯呑みを残していったけど、白川先輩は何も残してはいかなかった

 それにしても、一番泣いたのは三上先輩に違いない

 私が朝、窓を開けたときにそれに気付いたのだけど、飛び降りん勢いで側に行って泣きついたのは彼女だった

 宮沢先輩は、何を思ってこんな暗がりに、しかも真夜中に飛びおりたのだろう

 三上先輩とは恋人同士だったらしい、あとからそう聞いた


「なんで、私に黙って死んだのよっ! なんでっ!」


 悲痛な叫びは、今も耳から離れない

 それでも人というのは、忘れる生き物なのだろう

 案の定、白川先輩は放送室に幽霊が出る、という類のゴシップを校内紙に載せた

 その噂で持ちきりになったのは秋の始めだけで、すぐに霧のように消えていった

 度々しつこく書かれるゴシップだけが、宮沢先輩の死を校内に伝える

 それはそれで悲しくて切なくて、言いようのない不安に苛まれながらも、私は放送部に残る決心をしていた

 その直後に3人でも放送部を続けようと、笑いながら言った三上先輩の顔はとても印象的だった

 湯呑みが今でも4つ用意されているのは誰のためでもない

 自然にそうなった、いわば暗黙の了解のようなもの

 いつも残る最後の湯呑みを眺めながら

 私達は、放送を続けている





 噂なんてものは時間が経てばすぐに消えるもの

 だからこそ、そういうのは信じられないものが多いけれど

 学校に毎夜毎夜、3時になるとチャイムが一つだけなるという噂は

 どうも妙に信憑性がありそうでならない

 今日も、噂に踊らされた生徒が面白半分で放送室を訪れるのだろう

 苦しそうに、普段全く見せない笑顔を振りまきながら、拳を振り上げ野次馬を追い払う三上先輩を知っているのは

 私と、部長と、そして毎夜チャイムを鳴らす放送を忘れきれない幽霊さんだけか
もしれない










総合得点

17点(30点満点)

寄せられた感想

・うーん、纏まってはいるんですが、パンチ力に欠けるw

・せっかく設定の説明が終わったところなのに…(汗

・作品としては、いい流れでした。自殺と校内怪談というつながりは安直ながら王道で素直に納得できましたしw

・一番シリアスに感じたかな? 自殺した理由があればなおヨシw



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