作品No02





 「さて、一つばかり楽しいゲームをしてみようじゃないか・・・」
俺は、目の前にいるアホ面な男の言うことを聞いていた。
いつも眺める面で身なりは立派だが、面構えは卑屈そのものの男だった。
伸び放題のひげから覗く、平たい唇が俺の中では生理的な不快感を催す。
呼吸のたびに大きくなったり小さくなったりする鼻の穴なんかは、見ていて吐き気がするほどおぞましいものだった。
 「なあに、心配する事はないさ。ルールはいたって単純だからね。」
人の考えなんぞも露知らずに勝手に解釈して、勝手に話をすすめていく。
 「ちょいとばかり厄介な女をこしらえちまった。薬中の廃人だ、といいのだがこれがやたら凶暴でな、手がつけられん。そこで動物とかの扱いが長けてるお前さんがそいつを縛り上げてくれという事だ。」
 「おいおい、ちょっと待ってくれよ。そんなもん誰にでもできるだろう。犬猫なら自身はあるが、人間のまして女の扱いは専門外だぜ。それに、そんな凶暴だったら俺はお断りだ。もし噛み付いてきたらこのエモノでぶっ殺すかもしれないんだぜ?」
そういって、いつも忍ばせてあるリボルバーをちらと見せる。
 「ぶっ殺してもらっちゃ困る。確かに凶暴だが中々の上玉だ。俺だってまだ・・・」
気分が悪くなる。こいつらの考えている事はいつもそうだ。女を抱けりゃそれで満足なのかよ。
結局人並みのおつむがあろうがなかろうが、女性としての用がなせればこいつ等にとってはそれで十分な女のだろう。
薬で頭を変にさせて人生めちゃくちゃにさせておきながら、抱くだけ抱いて後は海の底。
俺だって男として立派な生き方はしていないし、頭に血が上ればリボルバーで人を撃つがこんなに汚いやり方では人は殺さない。
そりゃ、人殺しが素晴らしい所業であるかといえばその答えは否で、その手段がどんなにスマートであろうがなかろうが、人殺しには変わりない。
だが、もう少し綺麗に殺せはしないものか?
まあいい、今回の哀れな生贄の女にはこの目の前のアホ面の男の味を知る前に俺があの世に送ってやるとするか。
言い訳はリボルバーの暴発とでも言っておこう。
 「とっとともってこい。面倒な事は嫌いだ。」
口元が寂しく感じたので、隠しからタバコを取り出して火をつける。
俺の口先に赤いほむらが灯り、ほむらからは紫煙が昇る。何度かそれをくゆらせてから足元に履き捨てるとかかとで踏み潰した。
そういったことを二三度繰り返したくらいに、犬小屋みたいな檻が運び込まれてきて全身青痣だらけの女が人間なのか獣なのかどうにも俺には説明つかない声で唸っている。
さては、この檻にぶち込まれるのに相当抵抗したのかぼこぼこにのされたようだ。そういった青あざを除けばいたって普通の女だろう。
雰囲気的にはまあ、二十歳前後だろうか。幼顔と大人の顔の中途半端の域を出ていない。だが相当薬にやられているようで、頬は落ちて唇の色も正常じゃない。哀れなもんだった。
 「ったく、こんな檻に叩き込む暇があるなら、手前等で縛り上げてとっととやる事やりゃいいのに、幾ら最近暇だからって限度があるぜ。」
女は唸るようにこちらをにらみつけている。
 「くす、り」
バカの一つ覚えの呟きを何度も繰り返していた。
 「はいはいはい、薬がほしけりゃあの世で幾らでもヤッてきな。残念だが俺はお前ほど薬なん必要じゃないからな。」
リボルバーを取り出して、ハンマーを上げた。機械的な音が部屋に響く。
殺すにはもったいないが、まあ、どうせあのくそったれに引き渡しても一日か二日寿命が延びるだけだ。なんなら俺が幕を下ろしてやる。
 「なんか、言い残す事でもないか。幾らでも聞いてやるぜ。」
死刑執行人みたいに呟いてみたが、マトモな答えが帰ってくるはずなんかない。案の定、
 「くす、り」といった返事だ。
 「まあ、薬が欲しいってのは顔見りゃわかる。と云うわけでお前の言いたいことはすべてかな?」
 「おねがい、くす、り」
 「ああ、うるせぇ!同じ事何度いえば気が済むんだよ!」
怒りに任せて檻を蹴飛ばした。大きな音があたりを包み込んで、女は鳩が豆鉄砲食らった顔をしてこちらを見やがる。
よっぽど驚いて、一瞬でも薬中だということを忘れたのかその時だけは少しばかり人間らしい表情をした。
 「なんだよ、可愛い顔するじゃねぇか。まあ、薬中には興味はないがな・・・っと。」
引き金を引き絞る。真っ赤な色がぱっと薄暗い部屋に煌く。女が崩れるかと思ったら、こめかみを押さえやがった。
とっさに身をよじったのか、俺の弾丸をよけて事なきを得てやがる。
 「ったく、余計な手間かけさせやがって、弾代もただじゃねぇんだぞ。」
俺は今度は彼女の脳天に銃口を押し付けて、引き金を引き絞ろうとした。
すると、か細い手が俺の服をつかんでこういう。
 「し、しにたくない、ころさないで。」
 「・・・どうせお前は、明日かあさってにはヘドロのベッドで魚とおねんねしてるんだぜ?」
発作から落ち着いていたのか、あのバカがほざいたほどに凶暴には見えない。まあ、薬物中毒の精神構造はそのつどそのつどで書き換えられていくから、今この状態であれどもいつ狂うかは皆目見当がつかないので、油断は出来ないが。
彼女が真っ赤にぬれた手のひら、そして指の間からこちらを恨めしそうに、そして何か懇願するような目つきで見つめてくる。
泣いているのかどうかは、赤い色が邪魔してわからないがこういうときは大抵女は泣いているんだろうな。いや、男でも泣くか。
俺はちょいとばかり気変わりした。といってもこの女をぶっ殺すという決定を曲げるつもりはないが、少しばかり様子を見てみるか。
 「でも、死にたくない。」
 「あのさ、薬で頭やられたか?もう一回いうぞ、どうせ死ぬんだよ。」
 「私は、まだやりたいことが沢山ある。死ねないよ。」
傷の痛みが中毒の発作を和らげているのか幾分かはっきりと物を言うようになった。
 「じゃあ、聞くがやりたいことが沢山あって、これからが人生のお前さんがどういった経緯で薬になんぞに手を出した?」
 「それは・・・」
語尾を濁らせて彼女は静まる。
 「お前はどっちらにせよ、自分が中毒でこうなることを覚悟して手を出したんだろ。」
 「・・・」
 「自業自得だ。」
俺は一度放した銃口を彼女の眉間に突きつけた。
 「まあ、お前とのおしゃべりも時間の無駄だから、そろそろ終わりにしようか。」
 「死にたくないっ・・・」
 「ああ、もう、わかったよ。じゃあ、とっとと俺に縛られて、男と寝てくたばれ!」
錠をはずして女の首根っこをつかむと引きずり出した。痛いと一言も言わないが、苦痛に顔をゆがめるのはよくわかる。
どうせこの女の人生だから、明日に死のうが俺には関係ない。ただ綺麗に殺してやろうと思っただけだ。
妙な仏心を出した俺が無駄だったということだ。
おおせつかったのが簡単な拘束だ。この女が発作で暴れても大丈夫なように行動を制限すりゃいい。
手を縛り、足を縛り・・・・このまま首でも縛ってやりたかったが、死にたくないと腐るほど聞かされりゃその気も失せる。
 「ほれ、これでお前は今日一日生き延びた。明日はどうなるかしらんぞ。」
俺は部屋の外に出て、あのアホ面の男に目配せをした。
いつもの薄汚い路地を歩くと、猫が歩み寄ってくる。
にゃあにゃあないて俺に餌を求めてくる。その頭をそっとなでてやった。
いつものように懐に忍ばせてある餌をくれてやると、それを一心不乱に喰い始める。
しばらくするとそれを平らげて、俺になでろといわんばかりに腹を向けてくる。
その誘いに応じるように、腹をなでてやると赤い色がうっすらと俺の指の軌道に合わせて残る。
あの女とそうこうしている内に、血が付いたのだろう。猫もそれに気づいたのか、小さな舌で俺の指をなめてきた。
一通り綺麗にしてもらったところで、俺はそいつと三十分ほど戯れてから家路に着く。
今ではすっかり綺麗になった指先の血は、あの薬中女の生きた証しだった。
今はどうなってるかは知ったことじゃない。
くそったれと寝て、一日生き延びてそれで満足だろう。
明日はどうなるか、あさっては生きているか、もうそれは俺の采配に任される部分ではない。
俺の殺生与奪の権利は、あの薬中の「死にたくない」を聞き入れてしまった時点で消失したのだ。
それが今でも悔やまれて仕方がない・・・・。


あとがきーの
 ハードボイルド風味の一人称SS
 久し振りに一人称描いてきもちいい、スーパーヤブ医者kでございますw
 とりあえず俺の御題は『拘束』ですので、縛るなり監禁するなりをしなくちゃいけませんw
 まあ、手っ取り早く女を縛っちまえと下んない事を考えましたが、えっちぃのは駄目ですので、何か縛るにも意味が欲しいかなぁと・・・
 つらつらと書いていたらこうなったと。
 どこかのドラマのワンシーンっぽいですので前後のつながりを各々考えてください。わしゃ知りません、ふぇっふぇっふぇ〜
 
 
 



総合得点

18点(20点満点)

寄せられた感想

・女の人がかわいそう・・・(涙 でも雰囲気出ててとてもいい感じ。 ハッピーエンド好きなんで、女の人どうにかしてあげて〜っ!!って感じです。

・中途半端な助ける感が、男のハードボイルドっぽさなのか(笑)

・むぅ、渋めだなぁ。ちと誤字とか表現がくどくて読みにくいところがあったかなと。



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