作品No08



いつまでも終わらないような気がしていた。

消えそうに輝く線香花火を見つめながら、ただ繋いだ手の温もりに心を寄せて。

最後の夜。僕らの上に輝く星は、二人の祈りのように儚く瞬いた。



















  夏片光

「駄目人間だもの」二時間S
4th try / 夏 名前 最後


















「あ゛〜、あつ゛い……」

駅のホーム。上着を片手に改札へ急ぐサラリーマンと、涼しげなキャミソールの裾が揺れる高校生の間を擦り抜けて右端のベンチに座る。

ここから南口を出て家まで徒歩8分。とは言っても実際には中学生の自分では10分以上はかかる。郊外のファミリー向け3LDK。
だけど、今は僕以外は誰もいない。お盆が開けて単身赴任中の父さんが大阪に戻るのに合わせて、母さんもくっついていってしまった。

「……夏休みが終わってもいいから、さっさと涼しくなってくれないだろうか」

取りとめもないことを呟きながら、ベンチから立ち上がった、瞬間に。

目が合った。向かいのホームに立っていた、白いワンピースの女の子と。

(………?)

軽い違和感。ずっと耳に届いていたメロディーが、いつの間にか半音あがっていた(ルビ:・・・・・・・・・・・・・・)ような。

目を逸らして階段を降り始める。今のはいったい何だったんだろう。

駅を出てしばらく歩いていると、ふと白いワンピースが視界の隅にちらりと見えた。まさか。

振り返る。……再び、目が合った。

立ち止まる少女。ずっと、付いてきていた?

「……何か、用?」

尋ねてみても、戸惑ったような困ったような弱弱しい瞳でこちらを見るだけ。……なんだか、捨て犬か何かのよう。

「ねえ、ひょっとして、僕のこと知ってるとか?」

聞きながら近づいてゆく。それでも少女は逃げることもなく、ただ僕を縋るような目で見ているだけだった。



結局、何を聞いてもどこへ行っても、彼女が僕から離れることはなかった。
幸い害意はないようなので、仕方なく家に連れ帰り、ジュースを出してリビングに座らせた。

「で、君は誰? どうして僕についてきたのさ?」

何度目かわからない問い。もうあんまり答えは期待していなかった、けど。

「……わからない」

「……え?」

わからないって、そんなバカなことがあるものか。

……ひょっとして、少し可哀想な子とかなのだろうか。

随分と失礼なことを考えながら、どうにかこうにか聞けるだけの情報を引き出した。


曰く、なぜ自分がホームに立っていたのかわからない。
困って助けてくれる人を探していたら、僕と目が合って、何故か僕に頼る気になった。
名前も住所もわからない。どこにも行くところがない。

絵に書いたような怪しさだ。もし相手が自分より1つ2つ年下の少女でなかったら、夏に増えるという家出人かと思ったかもしれない。


今考えれば、どうしてそこで警察を頼らなかったのかが不自然に思える。
でも、何故かその時の僕は全くそんなことは考えなかった。
初めて一人きりで過ごす夏休みが自覚している以上に寂しかったのかもしれないし、ひょっとしたらそのときにはもう、無意識のうちに気づいていたのかもしれない。



結局、僕は彼女に一夏(いちか)と名付け、何かがわかるまで家においてあげることにしたのだった。











楽しかった。

初めて家族以外のだれかといつも一緒にいること。自分が何かをするときに、いつもそばで見守っててくれる人がいること。

女の子と付き合ったことがないわけでもないけれど、それでも一夏は他の女の子の友達や慕ってくれる後輩達とは違っていた。

特別だった。僕が居なければ消えてしまうんじゃないかって思えるほど僕を頼りにして、それでも僕を見守るように暖かく包んでくれる、とびっきり特別な女の子だった。

そんな一夏を好きになってしまうのにそれほど時間はかからなかったし、彼女が僕の気持ちに応えてくれるのもあっという間のことだった。







そして、夏が終わる。




「……どうしても、駄目なの?」

こくりと、悲しそうな気持ちを隠そうともせずに頷く一夏を見ながら。

(……どうして)

どうして、僕だったのだろうと。

一夏の正体はとっくにわかってしまっていた。
日が経つごとに薄れてゆく身体。常人である筈が無い。
焦って最初に会ったホームにつれてゆくとまた元に戻る。そんなことを繰り返していた。

でも。

もう、ホームへ行っても戻らなくなってきていた。
一夏もホームで自分を補充(ほじゅう)するたびに自分のことがわかるようになってきたようだった。


夏のかけら。



たくさんの人間が毎日行き来する駅のホームで、夏の間に少しずつ蓄積していったエネルギーの具現。

それが、わたしの正体だったの、と。一夏は言った。


秋がくれば、もう何も残らない。


……そんなの。

そんなのって。

信じたくなかったけれど、毎日一夏は薄れてゆく。

戻らない。

もどらない。


初めての一夏の声。はじめて自分から話してくれた言葉。

好きだと。わたしも愛していると。背伸びしきれない唇から。


……どうして。




滲むひかりが揺れて

切ない雫が止められない

もっと見ていたいのに

見えない。 薄れてゆく。 涙に滲んでゆく

笑顔が。

白いワンピース。 夏の日が陰る。 消えていく。 きえてゆく。




きっともう、他の誰にも見えていない。

いつものホームで、ただ、誰もいない場所を見つめながら泣いている僕の。

ほんとうのことは、だれにもわからないだろう。





静かに落ちた雫。


儚い、夏の残滓。










終わり



総合得点

22点(30点満点)

寄せられた感想

・さっぱりとしていていい感じ。

・個人的には好きな系統。でももうちょっとひねりが欲しかったかなぁ?

・割と感動物な感じ。もう少し発展させれば満点。

・これだけしっかりまとまっていると、読んでいて気持ちいいです。

・さらりと読めて、少しだけ何かが残るような話。何となく勿体無い話だなぁと思います、もうひと化け出来るんじゃないかと。



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