作品No06










 あれは、そう

 何の変哲もないはずだった夏の

 何の変化もないはずだった夏の

 ささやかで奇妙な

 恋のお話










「変ちゃん〜」


 公園の時計を見ると「11時47分」を指していた

 自分の携帯を見ると「8月31日23時47分23秒」と表記されている

 そう、今日という日は、もうそうは長くない


「いい加減にその呼び方、止めてもらえない?」

「じゃあ、なんて呼べばいいのかな? 変ちゃん?」


 真っ暗闇の公園の中で

 数箇所だけ頼りげのない電灯に守られた明かりの中で

 奇妙な関係を続けている私達


「私の名前は―――――――いや、もういいわよ」


 どうしてこういう関係になったのか

 それはもう2週間も前の話なのだし

 人間は「8」までしか数えられないのだから

 それはもう過去も過去、忘却の彼方といっても差し支えのない程の過去

 でもそれは手の中の携帯に履歴として残っている

 でもそれは記憶の奥底にこびり付くように残っている

 何もなく過ぎていくはずだった夏が

 何もなく過ぎていかなくなってしまった、あの15日


「ふひー、冷たいねぇ。俺がこの土を踏むのは最後だってゆーのに」

「見渡す限り、完璧に舗装されたこの地面の、どこに土があるのよ」

 
 そう言って携帯を弄ぶことで、自分は寂しさを紛らわせようとしているのかもしれない

 分かっていながら、コイツを好きになった自分が馬鹿馬鹿しかった


「そうだな、ああ、そうだ。変ちゃんの言う通り、ここの公園は舗装されてる」


 覆水は盆に帰らないし、時間も盆には帰ってくれない

 コイツがここにいられるのが奇跡で

 コイツと再会したのも奇跡で

 奇跡だらけの、小説のような設定の、そんな恋

 それは私には似合っているのか、それとも似合っていないのかはわからないけれど

 恋という概念は、似合っていなくちゃ親に迷惑だろう


「だがな、変ちゃん。そんなこと以前に、俺は地面を踏んじゃいない」


 そう

 コイツが足を踏み鳴らせば砂埃が舞うし

 コイツが歩けばリズミカルな靴の音だってする

 だけどコイツは

 常に、浮いた存在なのだ


「―――――――分かってるわよ、そんなことは」


 分かっているから

 分かっているから、だから

 こんなにも今日という日を、私は待ち望んでいなかった

 悲しい夏の終わりを

 暑苦しい夏の夜を


「おーけい、変ちゃん。俺からお前に、最初で最後のプレゼントだ」

「馬鹿言ってんじゃないわよっ!」


 怒鳴ってみせた

 泣き顔を見られないためだったのか

 本当に怒鳴りたかったのか

 怒鳴るほど悲しかったのか

 分からなかったから、取り敢えず怒鳴ってみせた


「ふぅ、押さえて押さえて。俺が馬鹿なのは、とっくの昔に分かってただろ?」

「勿論よ、友人を庇って自殺なんて、馬鹿のやることだもの」


 そう、この男は既に墓の下にいる大馬鹿者なのだ

 借金に追われた友人を救う為に、自分に保険をかけて死んで行った馬鹿なのだ 


「でもな、もう時間がないんだ。俺はお前に、渡さなきゃいけないんだよ」


 今になって、何を渡すっていうんだろう

 時間がなかったわけじゃあない

 それなのに、どうしてあと2分というときになって、こんなことを言い出すのだろう


「何よ、私に応えも残さないで去っていったあなたが、何よいまさら!」

「その応えを持ってきたんだ。俺も、お前のことがずっと好きだったん―――――――」

「馬鹿ぁっ!」


 殴っておいた

 欲しかった応えがもらえたって

 望んでいた応えが手に入ったって

 死んでいちゃあ、どうにもならない

 そう、死んでいちゃあ


「仕方なかったんだよ、あの時は。すぐ応えを返しときゃあって、何度も後悔したさ」

「じゃあ、じゃあ、なんで2週間前に、会ったときすぐに言ってくれなかったのよ!」


 そんな素振りも見せなかった

 コイツが死ぬ前の、あの幼馴染としての付き合いの復活

 夏祭りには行ったけど、私の浴衣には目も繰れずに屋台を回ってた

 なのにどうして

 コイツはこんな最後になって


「だってさ、最後ぐらいは、名前を言って告白したいじゃないか?」

「何を―――――――」

「これから起きること全てがプレゼントだ。なあ、来年も戻ってくる、必ず戻ってくる。だから、また一緒に行こう、夏祭り。なあ―――――――」


 その瞬間

 暗かった公園を眼も眩むような光が包んだ

 温かく、優しく、それでいてどことなく冷たい光

 風が吹き、木々を揺らし、その音で声は最後まで私に届かなかった

 でも確かに、「レン」と、そう発音したように見えた

 それからは幻想的過ぎて、一概には言葉には表せないけれど

 無数の光が夏の深い闇の中で、天に昇っていく光景

 たぶん、あいつの最後のプレゼントというのは、このことだったのだろう


「馬鹿、本当に馬鹿なんだから、馬鹿ぁぁぁぁぁ!」


 光が夏の闇に溶け込むように消えた瞬間、涙が流れた

 どこかで、犬が天に向かって、何度も何度も鳴いていた

 まだまだこれからも暑いだろうけれど

 たぶん、私の夏は

 これで終った

























 私の夏の夜の夢、もとい幻想的な夏のフィナーレの話は以上でおしまい

 これは、好きな人に先に逝かれて気が狂った娘の、ただの長い夢だったかもしれない

 でも私は、アイツの言葉を信じようかと思う

 アイツはアイツで私のことを思って、それで夏の盆の日に現れた

 そして8月中だけ私の隣で笑っていた

 だから来年もその次も、夏の日に私に会いに来てくれるって、そう信じてる

 だって私が最初で最後に愛した男は、そういう恋人思いの馬鹿な奴だから











 そうそう、参考までに言うけど、私の住んでいる町には二つの伝承が残ってる

 一つは、ありきたりな、死んだものが生き返るって言う類のあれ

 毎年、死んだものが盆の日に天から降りてきて、夏の最後にまた昇っていく

 そういう何の変哲もない、何の捻りもない、馬鹿みたいな伝承

 もう一つは、それに伴った伝承だけれど

 降りてきたものが地上のものの名前を呼んだら、天に引き込んでしまう

 そういう何の突飛性もない、何の面白みもない、馬鹿らしい伝承

 といっても、そんな馬鹿な話、私は信じない

 私の恋人が起こした奇跡を古臭い伝承で縛られたらたまったものじゃないからさ




















 これは、そう

 何の変哲もないはずだった夏の

 何の変化もないはずだった夏の

 ささやかで奇妙な

 変わった夏の

 奇跡のお話








総合得点

22点(30点満点)

寄せられた感想

・こういう作品書きたいなと思うのを見事書いてくれた。

切ないですね〜^^

盆というのは本来地獄に落ちた人間が年に一度人間の世界に戻ってくる日、それを逆手にとって天から降りてくるいう設定はきにいりました。

今回の中で一番好きかも。空白はもう少し少なめでも良いと思います。

最後が少しもたついた感じで読後感を悪くしたのが残念でした。



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