作品No04




 「ひい、ふう、みい・・・」
わたしはカレンダーとにらめっこして、のこりの日々をていねいに数え上げた。
「よつ、いつ、むつ・・・えっと・・・」
それから先が思い浮かばない。
「えっと・・・いち、にい、さん・・・」
もう一度気を持ち直して数えなおした。
「・・・はち、きゅう、じゅう・・・えっと、つぎは・・・」
なさけないはなし、わたしはじゅう以上すうじを数えられない。頭がほかの人たちよりも弱いから。
でも、お父さんもおかあさんも、わたしをたいせつにしてくれた。あたまがわるくても、ほかの兄だいたちとおなじようにやさしくしてくれた。
そして、だれよりも・・・
「じゅうの次は、じゅういちだ・・・」
『彼』がわたしのベッドのとなりにそっとすわる。
「じゅういち・・・」
「そう、じゅうに・・・」
「じゅうに・・・」
「じゅうさん・・・」
「じゅうさん・・」
「よし、じゃあ、十の次の数は・・・」
「えっと・・・じゅうさん・・・」
「こら、ちがう、十一だ・・・」
「じゅう、いち?」
『彼』はわたしのちいさいときからの『先生』だった。
ろく才くらいからわたしのそばにいるやさしい『先生』だった。
おとうさんみたいにこわくしかるときもあったし、おかあさんみたいにやさしくしてくれた時もあった。
「ねえ、先生・・・あと、何日なの?」
わたしはもうあたまのなかがぐちゃぐちゃになって、先生にきいてみた。
先生はちいさく笑って、カレンダーのまえに立ってわたしよりもずっとはやくすうじを数える。
「そうだな、あと『さんじゅうごにち』ってところだな。」
「さんじゅうごにちってどれくらい・・・?」
「じゅうがさん回とごがいっ回・・・」
「それって、どれくらい?」
「セミがなくころだよ。」
「じゃあ、夏なんだね!」
「そう。」
先生はにっこりとわらう。わたしはそんな先生のえがおがだいすき。
「わたしはね、夏がだいすきだよ!だって、わたしのなまえの夏枝の夏は、夏の夏だもん!」
そういって、わたしのしっているちょっとしかない漢じのなかで、一ばんだいすきなじをノートにえんぴつでかいた。
へろへろしたはずかしいじだけど、わたしにとってはせいいっぱい。

 夏枝

そうノートにおおきく、くろく、つぎのページやそのまたつぎのページにまであとがのこるくらいつよくわたしの名まえをかいた。
「夏枝、エンピツのもち方はこう・・・」
そういうと先生はわたしのまえでえんぴつをもってくれた。
わたしのえんぴつのもち方はぐーでにぎるだけ。先生みたいにきれいにもてない。
そして、わたしの名まえのとなりに先生の名まえをかく。

 誠二

わたしのおおきくて、きたないじのとなりに先生の名まえがきれいにかかれる。
「えっと、こう?」
「ちがう、こうだよ。」
手をとって、おしえてくれるけど、わたしの手がまんぞくにうごいてくれない。すぐにえんぴつをおとしちゃう。
わたしはぶきようだから上手におはしや、スプーンがもてない。えんぴつなんてもってのほか・・・。
なのに先生はじゅう年いじょうおなじことをおしえてくれる。
「あ・・・」
おちたえんぴつをひろおうとしたら、先生と目があった。
「ねえ、先生。あと、すこしなんだよね。あと、さん・・・さん・・・」
すうじがおもいうかばない。
「後三十五日・・・」
「それって、ながい?みじかい?」
「短いさ、すぐだよ。」
わたしのあたまを先生がなでてくれた。
「・・・そうだよね。すぐだよね。でも、ながくかんじるんだよ・・・」
「どうして?」
先生が『?』なかおをする。
「だって、楽しみにすればするほど、ながく、ながくかんじるから・・・
「だって、先生のあかちゃんうむんだよ、わたし・・・

 わたしはあたまがわるかったから、学こうに行っていじめられた。
ふつうにおはなしできるし、うんどうもできる。でもものおぼえがすごくわるかった。
1+1=2 2+2=4 4+4=8 8+8=…
さん数は、こたえがじゅういじょうになるかずのけい算ができなかった。
漢じもほとんどおぼえられなかった。それどころかひらがなもおぼえられなかった。
だから、いじめられて、学こうがきらいになった。
学こうの先生は「いじめられたくなければ、すこしはべんきょうをおぼえなさい」っていってあいてにしてくれなかった。
だから、学こうがきらいになった。とうこう拒ひをおこした。おとうさんも、おかあさんも、「そんな学こう、行かなくていい」といった。
そして、べんきょうをおしえるために、一りのかていきょうしをやとった。
それが『誠二』先生だった。
どうして、先生が先生になったのかわからないけど、それからずっとわたしひとりを、そばでみまもってくれた。
漢じがわからなくても、ほかの先生とちがっておこらなかった。
けい算ができなかったら、なんじかんでもそばにいていっしょにかんがえてくれた。
わたしだけの、先生だった。
おとうさんも、おかあさんも、先生をとってもきにいって、先生をいえに住ませるようになった。
いっしょにごはんをたべて、おやすみなさいをいって、おはようっていって、まい日先生のそばにいれるのがうれしかった。
そしたら、いつのまにか先生が男のひととしてすきになった。
でも、わたしはばかのできそこないだから、きっと、先生にすきっていってもきらわれるだけだとおもってた。
それくらい、わたしはじぶんがきらいだった。だから、先生もわたしがきらいだとおもってた。
じゅうねんたって、ぎむきょういくというのがおわって、わたしはいちおう形だけのにゅう学をしていた中学こうから『そつぎょうしょう』をもらった。
ぜんぜんうれしくなかった。いったこともないし、みたこともない学こうにそういうのをもらってもうれしくなかった。
そのおなじひに、先生が『そつぎょうしょう』をくれた。
「おまえもりっぱなおとなだ。」
そういって、わたしに学こうがくれた『そつぎょうしょう』よりずっとかんたんな、がようしにわたしがよめるひらがなと漢じだけをつかって

 おめでとう、よくできました 誠二 

「よくがんばったね。もう、先生がいなくても、だいじょうぶだよ。」
「いなく、なる?」
わたしはこわくなった。先生にすきなひとがいる。だからそのひとのところへいってしまう。そうおもった。
「いなくなるなんてやだよ。先生がいなくなっちゃうなんてやだよ!!」
じぶんでもびっくりするくらいおおきなこえでなきだして、先生はきっとこまったかおをしたとおもいます。
「やだよ、やだよ!!!」
「だが、これいじょうきみのおとうさんや、おかあさんにめいわくをかけるわけにも・・・」
「いや!わたしは先生といっしょがいい。だって、わたしは先生がっ・・・・」
 ににちくらいたって先生がめずらしくスーツをきてへやからでてくると、わたしといっしょに、おとうさんとおかあさんのいるたたみのへやにいって
「おとうさん、おかあさん、おじょうさんをわたしにください!」
というと、ドラマでしか見たことのないどげざをしました。
おとうさんとおかあさんは、ひとことでうなづいてくれました。
そして、ろくか月くらいあとに、わたしは先生とけっこんしました。

 先生は今『ひじょうきんこうし』というよくわからないけど、学こうの先生をやってるから、まえよりはずっといっしょにいるじかんがすくなくなっています。
でも、それでも、先生はおしごとからかえってくるとすぐにわたしのそばにきてまえみたいにいろいろとおしえてくれます。
ものおぼえがわるくても、いちばんだいじな『せいと』といってくれます。
 そうしているうちに、先生とわたしのあいだにあかちゃんができました。
秋から冬になって、冬がすぎて春になって・・・わたしのおなかもおっきくなって、あとすこしでうまれるそうです。
むかしおとうさんがわたしは『こうのとりさん』にはこんできてもらったとおしえてくれたけど、わたしのあかちゃんはうまれかたがちがう。
それはきっと、わたしがふつうじゃないから、と先生にいったら、先生がほんとうの子どものうまれかたをおしえてくれました。
わたしにはちんぷんかんぷんで、さっぱりわかりませんでした。でも、わたしのあかちゃんのうまれかたも、ふつうのひととおなじだから、とてもあんしんしました。
 それから、じゅうにちたって、またじゅうにちたって・・・・
「先生、いたよ、いたよ!!」
きがのおときそうなげきつうに、わたしはさけぶことしかできませんでした。
きゅうきゅうしゃでびょういんにかつぎこまれて、べっどのうえにねています。
ごにちくらいまえから、先生はずっとわたしにつきっきりで、そばにいてくれて、さっきもすぐにきゅうきゅうしゃをよんでくれました。
「だいじょうぶだ、夏枝。がんばれ!」
先生もふあんなかおをして、わたしの手をにぎっていました。
そうして、そのままあかちゃんをうむためのへやにつれていかれました。
そのへやに入ろうとしたとき、先生がふいにたちどまって、わたしからてをはなしました。
「え、あ、やだよ、先生、わたしのそばにいてよ・・・」
げきつうにきがとおのきそうなのに、先生がいなくなったらわたしはきっとヘンになる。そう思いました。
「・・・」
先生はなにかをなやんでいるようなかおをしています。
「先生、そばにいてよ。先生ぇぇ!!」
とびらが、しめられました。もう、わたしは、なにをしていいのか、わからなくなり。しきりに先生をよびました。
「先生・・・・先生・・・」
だいすきな先生にみすてられた。そうかんじました。いたみとはべつのいたみにわたしはなきました。
もう、先生はわたしのそばにかえってこない。きっと、先生はわたしをきらいになった。
そういうきもちだけが、からだじゅうをしはいしました。
まわりはしらないひとばかり。どこをむいても、はじめてみるかお。
ひっしに、先生のかおをさがした。
すると、初めてのあのひ、ふてねをしていたそばでわたしのそばにたって、そっと手をのばし、やさしいこえで
「はじめまして」
といってくれたひとのかげをみつけた。
なみだでぐしゃぐしゃになった目でもわかる。わたしのだいすきなひと。
「夏枝。ずっとそばにいる。」
おいしゃさんたちとおなじふくをきてるけど、先生は先生。手をにぎって、そばにいてくれた。
「先生・・・先生!!」
うれしかった。ずっと、先生はわたしのそばにいてくれる。
「夏枝、先生として、最後のおねがいだ。ぶじにあかちゃんをうんでくれ。」
先生はないてました

 めをさますと、わたしはびょういんのべっどでねていました。
そのとなりに先生もねていました。
「先生・・・」
名まえをよぶのがはやいか、先生は目をさまして、にっこりとわらいます。
「もう、先生なんてよぶのはやめろよ。僕と夏枝は『夫婦』なんだから。」
「ふうふ?」
「そう・・・」
先生はきれいなじでノートのうえに『夫婦』と書きました。
「これが夫婦・・・夫が僕で、妻は夏枝・・・ふたりで一つのことばだ。」
「夫婦・・・」
わたしはえんぴつをぐーでにぎり、ノートのうえにおおきく、くろく、『夫婦』という漢じをかいた。



総合得点

20点(30点満点)

寄せられた感想

・炉利っぽいのだめなんで(マテ

・ほのぼのした中にも、いじめ問題について考えさせられる部分もあってGood。

・漢字どころか平仮名も覚えられなかった、という設定なら、地の分は普通の文章で、会話文だけこの形式で書くのも良いんじゃないかと。こういう形式だとどうしても多少の読みにくさを感じてしまうので。とはいえテーマを上手く使いきって纏まっていると思います。

・先生(゜∀゜)ハンザイシャー(ぉ ちょっと出産のシーンの先生の登場がわかりにくかったのが残念です。



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