作品No01



 じわじわ太陽が照りつける夏、鉄板のようになったアスファルトの上を進んでいく自動車に僕は乗っていた。
 お母さんは昨日、

「お母さんの住んでいた田舎に行こっか。自然は綺麗だし、川はあるしで夏にはちょうどいいから」

と言った。僕は笑顔で「うん」と答えた。
 ただ、ちょっと気になるのが決まった日の前の夜、お父さんとお母さんが言い争いをしていたことだ。不倫とかそういう単語が飛び交っていたが詳しい内容は聞き取れなかった。いや、聞き取りたくなかったのかもしれない。
……だって、この車に乗っているのは僕とお母さんだけで、お父さんは乗っていなかったのだから。
 クーラーの利く車内で僕は携帯ゲームをする。前一度クリアしたやつなんだけど、他にやるものがないので仕方なくもう一度最初からプレイしているところだ。
 と、途中で車が止まる。窓から外を見るとそこには木で作られたボロい家が建っていた。どうやら目的地についたらしい。

「さ、ゲームはやめて降りてきなさい」

 僕はセーブをして携帯ゲームの電源を切ると、先に降りていたお母さんの後ろについていき、そのままそのボロ屋敷の中に入っていく。
 案の定、中も古びていた。テレビもないみたいだし娯楽と呼べるようなものが全く見つからない。僕は思わず来てしまったことを後悔していた。お母さんが着替えを用意していたところを見ると、どうやらここに泊まるらしい。こんなところで何をするのだろう、僕は一生住むことになったらヤダなとか思いながら、お母さんが荷物を降ろしていくのをじっと見ていた。

「おんやまあ、孝雄でねえけ?」

 ふと、僕の名前を呼ばれたので振り返る。そこには、見知らぬおばあさんがたっていた。でも、おばあさんは僕のことを知っているらしい。

「びっくりしただ、こげな小さかったとけねえ……」

 おばあさんは僕の頭をよしよしと撫でて嬉しそうにしている。でも、僕は相手をよく知らないのでぼうっと立っているしかできない。

「お母さん!」

 その声に反応して後ろを見ると僕のお母さんが立っていた。お母さんのお母さん……? ということは……。

「おや、紀美子。おかえり」

 おばあさんがうちのお母さんの名前を言ったことで、僕は自分の考えていたことに確信がもてた。つまりこの人は僕のおばあちゃんなんだ。そういえばずっと昔、こんな風に撫でてもらった気がする。

「なんで帰ってきたか理由は聞かねえだ、まあ、ゆっくりしておいき」
「お母さん……」

 お母さんはそれから何も言わなかった。
 僕は何もすることがなかったので再びゲームの電源をつけて再開する。だけど、10分ほどするとゲームにもあきてしまった。
 普段なら友達の家にでも遊びに行くのだろうが、ここにはそういう友達はいない。ああ、本当に暇だ……。すると、おばあちゃんが僕が暇そうにしているのを見て取ったのか

「孝雄、近くに川があるからそこで遊んでくるとええだ」

と教えてくれた。普段ならそういうことはしないのだけど、今日という日はあまりに暇すぎたので僕は「そうする」とおばあちゃんに伝え、川に走っていった。後ろから

「深いところにはいっちゃだめだぁーよー」

とおばあちゃんの声が聞こえた。






 おばあちゃんのいったとおり、そこには綺麗な川があった。自分がいたところではこんなに綺麗な川がなかったのでとても新鮮に感じられた。でも……

「どうやって遊べばいいんだろ?」

 そう、僕はこういうところでの遊び方を全く知らなかった。
 そもそも、自分のいたところでする遊びといえば家の中でゲームというのが主だったのでこういう風に外でする遊び、しかも川でする遊びなんて知らなくて当然だ。
 僕はとりあえず近くにあった石をつかんで投げる。ポチャンという音がした。
 再び投げる。さらに投げる。何度も投げる。……あんまり楽しくない。

「かえろっかな……」

 そういって僕が家の方を向いたときだった。

 ポチャン、ポチャン、ポチャン!

 後ろから水の音が連続して響いた。誰かいる。
 そう思って後ろを振り向くと、そこには女の子がいた。浴衣のような服装に身をつつみ、わらじをはいた黒い長い髪の女の子が。
 女の子はもう一度石を投げた。すると、石は一つだけなのに音がさっきと同じように何回も響く。
 僕は思わず拍手をしていた。女の子はそれに気づいたのか僕の方を振り向く。

「すごいよ! それどうやるの?」

 僕はその女の子に近づき、その興奮を言葉にして伝える。
 女の子は不思議そうに僕のことを見ていた。

「あなた……誰?」
「あっ……そういえば名前言ってなかったね。僕の名前は帽槻 孝雄って言うんだ」
「タカオ……?」
「そう、君は?」

 女の子は少し間を置くと、

「セイカ……」

と答えた。

「セイカちゃんだね? ねえ、セイカちゃん、さっきのどうやったか教えてよ!」
「……どうして、私が見えるの?」
「えっ?」

 一瞬、何を言っているのかよくわからなかったけど、僕はあいまいながらにこう答えた。

「いや、普通に見えるけど……なんで?」
「……なんでもない」

そういってセイカちゃんは押し黙る。でも僕はそんなことは気にせず、

「ねえ、どうやったのか教えて? さっきの石がポンポンと跳ねるやつ!」 

 ここで初めて会った同い年ぐらいの子だからかもしれない。僕は興奮冷めやらぬままさっきの一つの石で何度も水音を出す方法を聞きだそうとする。すると、セイカちゃんはもう一度川の方を向くと、石を一つ持って投げた。

 ポチャン、ポチャン、ポチャン。

「……こうするの」
「……えっ? いっいや、こうするっていっても……」

 僕はちょっと唖然としながらセイカちゃんを見る。これって『見て覚えろ』ってことかなあ……?

「もう一回やる……」

 セイカちゃんはもう一度近くにあった石を拾い上げると、同じことを繰り返す。

「……さっやってみる」

 そういってセイカちゃんは僕にちょっと平べったい石を渡してくれた。
 えっと、確か……水平に投げてたっぽかったな……こんな感じかな?

「えいっ」

ぽちゃん、ぽちゃん。

 僕の投げた石は、2回音をたてて沈んだ。

「でっできたよ! 僕にもできた!」

 喜びのあまりついガッツポーズをとってしまう。それくらい嬉しかったのだ。

「よかった……」

 セイカちゃんも嬉しそうに微笑む。それがより一層僕を嬉しく感じさせた。
 それからはセイカちゃんとずっと石を投げて遊んでいた。他にも、セイカちゃんと水の掛け合いっこしたりお魚を探したり……それは、夕暮れになるまでずっと続いた。

「もうこんな時間……」

 僕がぼそっとつぶやく。すると、セイカちゃんは寂しそうな顔をして

「帰っちゃうの……?」

と尋ねてきた。セイカちゃんの顔を見ていると、帰りたくない気持ちでいっぱいだったが、そうすると親を心配させる。僕は親孝行はちゃんとしようと心に決めていたため、余計な心配は掛けさせたくなかった。だから……

「うん、でも……」





「明日も絶対来る。ううん、明日だけじゃない。ずっと来るから」






「……うん」

 セイカちゃんは嬉しそうにうなずいてくれた。





 その後、僕が笑顔で家に帰るとおばあちゃんが「友達が出来たみたいだね」と笑顔で言った。僕はそれに「うん!」と元気よく返事をした。
 その日の夜はよく眠れなかった。蚊がうるさかったっていうのも一つの理由だけど、それ以上に、僕はセイカちゃんのことが忘れられなかった。さんざん思って思いまくって……そして、そのまま思いつかれて眠ってしまった。





 それからというもの、僕は川へ遊びに行く日が続いた。不思議と、同じ遊びをしても飽きが来なかった。いつの間にか、一緒にいるだけで楽しいとすら感じるまでになっていた。でも……





 別れがあるから出会いが楽しいんだって、別れまでが楽しいんだって、そのときは信じたくなかった。





 夏ももうすぐ終わりという日、いつものように僕が川に遊びに行こうとしたときだった。

「ちょっと待って」

 僕はお母さんに呼び止められ、しかたなく足を止める。本当は直ぐにでもセイカちゃんのところに行きたいのに……。そう思いながらお母さんが話しをするのをまだかまだかという気持ちで待つ。すると、

「明日お家に帰りましょ。お父さんにも会いたくなってきたでしょ」

 それは僕にとって今一番聞きたくない言葉だった。それが、セイカちゃんとの別れを示しているのだから……
 僕は先ほどの元気は一体どこに行ってしまったのか、とぼとぼと川を目指し歩いていく。それはセイカちゃんに別れを告げるため、もしかしたら最後となるかもしれない別れを……。
 一歩一歩が重く感じられた。そう、まるで重石をつけて歩いているような、そんな感じ。
 このまま辿り着かなかったらいいのに、そう思ったが結局、僕は川についてしまった。そこには、セイカちゃんの姿があった。セイカちゃんは感情を顔にうまく出せないみたいだけど、僕を待っていたらしい、ただ、セイカちゃん自身も何か元気がないように感じられる。

「やあ、セイカちゃん」

 僕は必死で笑顔をつくってセイカちゃんに挨拶する。だけど、セイカちゃんは返事をしない。何か考え込んでいるようだ。

「どうしたの?」

 僕は何を考え込んでいるのかどうしても知りたくてたずねた。すると、セイカちゃんは言うのもつらそうに……

「お別れしないといけない……」

と言った。
 なんていう偶然なのだろう、僕がお別れしないといけないというときに、セイカちゃん自身もお別れしないといけないなんて。

「……実は僕もなんだ」

 僕は意を決してそう伝えた。どうやらそのことにセイカちゃん自身も驚いているらしい。

「本当のお家へ帰らなくちゃいけないんだ……」

 本当は別れたくない、でもどっちにしろ別れないといけない。
 するとセイカちゃんは、

「8年後……」
「えっ?」
「8年後、また会おう? ……今度は、私から貴方の元へ行くから……」

 どうして8年後か、そして僕の家を知らないはずなのにどうして会いに行くというのかよくわからなかったけれど、僕はそれに「うん」とうなずいた。
 そして、その日はただ二人で川を眺めて、そしてお互いにさよならした。





 帰る途中、僕は一言もしゃべらなかった。口に出すと、何か大切なものが逃げてしまいそうで、熱い何かがこみ上げてきそうで……。
 それが、僕の初めて体験した別れだった。小学校4年生のときの出来事だった……。







あとがき
 はっきり申し上げます。未完成です(汗



総合得点

13点(30点満点)

寄せられた感想

・プロローグとしてはいいかも。

・未完と書かなければ、完成していたような・・・

・雰囲気は嫌いではないんですが、未完なので評価は低めです。この話は終わりまで書いてこそだと思いますし。

・ノスタルジックな雰囲気がいいですねー。 未完なのがざんねん。



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