作品No05
「かったりぃ……」 オンボロアパートの二階にある、「独身男性一人住んでいます」といわんばかりの散らかった部屋で俺は布団の上で大になりながらそうつぶやいた。ちなみに布団の上で大になるのは、それ以外のところで広げることが不可能だからである。 「かったりぃ……」 もう一度同じことをつぶやく。別にやることがあるわけではない。何せ俺はフリーター。フリーターというと格好よく見えるかもしれない、けど、別の言葉で言い換えたらプー太郎。こっちの方が、今の俺の状況を端的に表現しているように思える。 では、何でこんなことをいうのか。暑いからである。これ以上でも、これ以下でもない。 現に今の俺の姿はTシャツ一枚にパンツ一丁、しかも誰かが入ってきても羞恥心すら沸かないぐらいだれている。 「……喉かわいた」 ふと、布団から起き上がる。水道から出るぬるい水なんざ飲む気が起きない。でも、何か飲み物が欲しい。けど、その飲み物を手に入れるには近くのコンビニまで行かなければならない。 どっちにしろマイナスの部分があるという、昔倫理という社会に出てからの必要性がよくわからない教科(まあ、俺から言わせればほとんど全てそうなのだが)で習った『負の葛藤』というのをなぜか思い出しながら、最終的に「面倒くさいけどコンビニに行く」という結論に至った。ちなみに、考える時間は10分。 空の色は、太陽こそ出ているものの、薄汚れた灰色のように見えた。 「さーて、帰ってから何すっかなあ……」 ジュースの他に、色々と生活面に必要なものを買ってコンビニを出る。このあとの予定なんて存在しない。もちろん、ずっとさきの予定も。いきあたりばったりで何をするか考えるだけ。 そんな、空っぽの生活。 何も考えずに来た道を歩く。コンビニに行くために、何度も通った道。この道にあるのは、クリーニング店や本屋、知らない人の大きな家。バス停。そのくらいしか目立つものがない道。 なのに何故だろう、俺は公園を発見した。この道には公園なんてなかったはず……いや、もしかしたら俺が意識しなかっただけなのかもしれない。ただ、やけに俺はその公園に惹かれ、中に入る。 そこには、ブランコと滑り台、砂場。そして、大きな木の下にある木で作られたベンチがあった。 日差しがやけにきつくて、俺はその木のベンチに腰掛ける。大きな木が日差しを遮り、そよ風が吹き、それによって葉と葉が擦れ合う音が響く――。 不思議と気分がよかった。自然がこんなにも気持ちのいいものだなんて……いや、それだけではない。そこには、何か懐かしさすら感じる。 ふと、子供の頃を思い出す。俺が住んでいたところにも似たような感じの公園があった。 そこにも大きな木があって、その下にある木のベンチが好きで、俺はよくそこで自然の音を聞いていた。 そういえば……一度、俺の専用席だと思っていたベンチに誰か座っていたことがあったっけ。 子供の頃、人見知りなんてしなかった俺はその人に何の気兼ねもなく尋ねたんだよな。何を聞いたかは忘れちゃったけど、確か最初は…… 「ねえ、お兄ちゃん何しているの?」 「そうそう、こんな感じだったな」 ……え? 俺は目の前にいる少年の顔を凝視する。 それは昔の俺によく似ていた。ちょっと生意気そうなところも。何の気兼ねもなく、知らない人に話しかけてくるところも。 「ねえ、何しているの?」 「俺か? 俺は……休んでいたんだよ」 相手は子供、出来るだけ現実を見せないように、妥当な答えを出す。 「何で休んでるの?」 「そっそれは……疲れたからさ」 「何につかれたの?」 なのに、少年はどんどん俺を追い詰めていく質問をする。少年に悪気はないのだろう。ただ、彼は本当に知りたいだけ。 「……夢に向かうことにだよ」 ついに、俺は現実的な答えを出してしまった。俺もこの街に来たときは、昔抱いていた夢に向かってはりきっていたものだった。しかし、現実の厳しさを見せ付けられ、挙句の果てに今の俺がいる。 ……そういえば、あのベンチに座っていた人も全く同じことを言っていた気がするな。 「ふーん」 子供は納得したのかしていないのかよく分からない顔をしながらそう言った。ほんの少しむかついたが、大人気ないと思い気を落ち着ける。 「なあ、坊主。夢はあるか?」 今度は俺の方から尋ねる。ゴク普通の、何気ない質問。 「うん! あるよ!」 少年は元気一杯に答えた。その瞳は輝きに満ちていて、全く穢れていない。 「それはよかったな」 この少年も俺ぐらいの歳のとき挫折してしまうのだろうか、それとも叶えられるのだろうか。 正直な話、この瞳を見ると、きっと叶えられるような気がして仕方がない。 「ぼくね、どんなことがあろうとその夢をかなえてみせるんだ。だって……」 『それがぼくのいちばんやりたいことだもん!』 ふと、俺の空っぽだった心が埋まっていくような気がした。 なんでこんな簡単なことを忘れていたのだろう。 人間、一番やりたいことをやった方がいいに決まっている。俺はそれを世間のせいにして、やりたいことに向かって努力をすることを忘れていた。何度もあきらめずに挑戦する心を忘れていた……。 「そうか、がんばれよ」 俺は少年の頭を撫でた。少年は嬉しそうに笑っている。そういえば、俺もあの人に撫でてもらった気が……。 「坊主、その将来の夢ってのは……いや、なんでもない」 「?」 俺には、その少年の将来の夢を聞く必要なんてなかった。なぜなら、その少年の夢は、俺が一番よく知っているのだから。 「よし、最後にお兄ちゃんと約束しよう。坊主、大きくなってもそのことを忘れるなよ。そして、絶対に夢を叶えるんだ。分かったな」 「うん!!」 俺は、昔の俺と指きりをした。それは、今の俺の決意の表れでもあった。 『指きりげんまん嘘ついたらハリセンボン飲〜ます、指きった!』 目覚めてみると、そこはバス停のベンチだった。隣にはバスを待っているらしいおばあさんが座っている。 「よし……ハリセンボン飲まないためにも頑張ってみますか」 俺は背伸びをし、立ち上がると家へと歩き出した。 空の色は、綺麗な水色へと変わっていた。 |
23点
・「そら」じゃなくて「から」で来たかっ! 子供との約束でほんわか風味(謎
・バランスが取れていて良かったが、インパクトがなくすこしだらっとした雰囲気だった。
・ダメっぷりの描写が秀逸w
・微妙に身に染みるんですがw さておき素直な話だなぁと。雰囲気は嫌いじゃないです。
・空の変化と心境の変化がこっそり出ていて良いですね。前半のかったるさも何か通じ合うものがありましたwあ、でももうひとつ何か目玉が欲しかったですね。