作品No03
ざーざーと、音に包まれた静寂の中で目を覚ます。 ずきずきと痛む頭を抱えながらカーテンを開けば、窓の外には鬱々と降り注ぐ雨。 まぁ今の季節に雨が降るのは仕方ないことだ、6月も半ばに入った今は全国的に梅雨模様。 雨が降ってこその梅雨なのだから雨が降らなくてはどうしようもない、降らなかったら農家の人とかは困るだろうし。 胡乱な意識でそんな風に考えてため息をひとつ、そう、雨が降るのは仕方ないことだ。 だけど今日だけは降って欲しくなかった、気分が落ち込んでいる今日ぐらいは。 「彩ー、起きてる?」 そうやってぼうっとしていると階下から母の声が聞こえてきた、枕もとの時計に目をやればいつもなら朝食を取っている時間。 体を起こすのも面倒だったが階下まで届くほどの大声を出す気力もない、仕方なくもそもそと起き上がり母親の元へと急ぐ。 「返事ぐらいしなさいよ――って顔色悪いわよ、大丈夫?」 ふらふらと階下へと降りた私を出迎えたのは心配そうな母の声、とりあえず熱っぽいことと学校へ欠席の連絡をして欲しいとだけ伝えた。 あまりにも酷い顔色だったせいか、或いは普段私が熱を出すことなんて殆どないからただ驚いただけかもしれないけれど。 過剰なまでに心配する母に押されて無理やり体温を計らされる、実際に数字で熱を見せられるとがくりときてしまうので本当は計りたくないのだけれど。 「医者を呼んだほうが良いか」等と慌てる母に適当な返事を返している間に、体温計が電子音を奏でる。 恐る恐る表示された数字を確認すると「39,5゚C」なんて数字が目に入って、思わず倒れそうな感覚に陥る。 ふらふらとする体を無理やりに自室のベッドまで運び、倒れ込むように横になる。 雨音だけが響く静寂の中、何だか体の感覚が無くなっていき、そこで私の意識は暗転する。 * * * 放課後の図書室、雨音だけが静かに響く。 私はあと1年足らずとなった受験に向けての勉強に励んでいた、――彼と一緒に。 三坂亮、中学の3年間を通して同じクラスで、私とは喧嘩友達のような仲の男の子。 あまり性別を気にせずに付き合える仲の良い友達で、親友である綾瀬加奈子の想い人。 私達は3人ずっと仲良くやっていた、危ういバランスの上に立っていたのかもしれないけれど、それは心地好い関係だった。 けれど、それは――あっさりと崩れ落ちた。 切っ掛けは些細なことだった、加奈子が用事で早めに帰ってしまった月曜日の放課後、いつものように亮を誘っての図書室での勉強。 小1時間ほどが過ぎて勉強が煮詰まってしまい、間近に迫った夏休みの予定についての雑談をしていたときのことだ。 「夏休みって言ってもなぁ、受験生にそんなもの関係無いよな」 「そういう台詞はちゃんと勉強してる人が言うのよ」 「今やってるだろうが」 「そうだとしても亮には関係無いでしょ、どうせ夏休みって言っても一緒に遊びにいくような彼女もいないんだし」 いつも通りの軽口、いつも通りのやりとり。 きっと「お前も彼氏なんていないだろうが」とでも言い返してくるだろうと予想しながら、頭の中で返答を組みたてる。 「あのなぁ……」 だが予想に反して亮は照準するように視線をさ迷わせ、やがて意を決したようにこちらに向き直る。 「ひょっとして……とは思ってたんだが、やっぱりお前気が付いてないのか?」 「何がよ?」 「うわぁ、お前なぁ……」 何故だか呆れたように肩を落としながらため息を吐く亮。 その時私の脳裏に閃いたのは「ひょっとしたら亮と加奈子が付き合うことになったのかも」という発想だった、加奈子は同性の私から見ても綺麗な娘だし有り得ないことでもない。 「あ、わかった。加奈子に告白でもしたんでしょ、それで振られたと」 「してねぇよ、つか俺は振られないといけないのか。第一俺が好きなのはお前だ」 「え? ……何の冗談よ」 けれど予想はまたも覆される、亮の口から出たのは耳を疑うような言葉だった。 「冗談じゃない。何つーか風情とかそういうのには欠けるけどな、まぁ告白って奴だ」 「ちょっと待って……ドッキリ?」 「違う」 何だか凄く慌ててしまい必死に茶化すようなことを言ってみても、亮は真剣な表情を崩そうとはしない。 「え? でも……だって……」 「もう1度言うぞ? 俺はお前――倉橋彩が好きだ」 断言するように、ゆっくりとそう告げる亮はまるで知らない男の人みたいに感じて。 ドキドキするような申し訳ないような、いろんな気持ちが胸の中で渦巻いて、私は何も言えなくなってしまう。 「……ま、返事はいつでも良いよ。俺が伝えたかっただけだしな」 私が身動きとれないでいる間に、亮はそう言って図書室を出ていってしまう。 残された私は何も考えられなくて、ただ降り注ぐ雨音の中ぼうっと外を見ていた。 * * * 次に私が目を覚ました時には既に太陽が沈もうとしている時間だった、もっともこの天気では太陽の位置なんてわからないのだけれど。 振り続ける雨のせいだろうか、夢でまで昨日のことを見てしまった。 あれから後のことはあまり覚えていない、気が付いたらびしょ濡れで家に辿り着いていた。 「そのせいで風邪ひいたんだから世話ないよねぇ、……まぁ亮達と顔を合わせなくて済んだのは不幸中の幸いだけど」 ぼそりとひとり呟き、そのせいでますます落ち込んでしまう。 思いもしなかった亮からの告白、嬉しくないと言えば嘘になる。けれど加奈子のことを考えると――身動きが取れない、どうすれば良いのかがわからない。 晴れない気持ちを嘲笑うかのように窓の外には雨が降り続けている、答えを出せないままゆっくりと私の意識は闇に沈んでいった。 * * * ――鬱々と降り注ぐ雨。 私を好きだと、そういった亮。 亮が好きだと、照れながら教えてくれた加奈子。 下らない話をして笑いあった私と亮、それはとても自然な関係。 亮に渡すんだと言って私と加奈子が作った、けれど渡せなかったチョコレート。 ――耳障りな今も止まない雨音。 映画、遊園地、海。 いつも3人で楽しくやっていた、ずっと続くのだと思っていた。 ――雨、雨が降る。 告白、続かない関係、交わらない好き、届かない気持ち、わからない――心。 * * * カーテンの隙間から差し込む日差しの眩しさに目が覚めた、昨日までの頭痛や体のだるさも今はそれほど感じない。 時計に目をやればいつも起きる時間よりもほんの少しだけ早い、これなら今日は学校にも行けるだろう。 ベッドから体を起こして伸びをひとつ、丸1日眠っていたせいか体が少し汗臭い。 とりあえずはシャワーを浴びよう、そうすれば少しはすっきりするはずだ。 そんなことを考えながらカーテンを開く、窓の外には青く広がる空。 梅雨だって晴れることはある、鬱々とした雨のあとの晴れ間は普段のそれよりも心地好い。 少しべたついた髪の下、頭の中を渦巻く問題への答えは未だ出せていない。 だけどまぁ悩んでも仕方が無い、まずは学校に行って――加奈子と話をしよう。 嫌われてしまうかもしれないけれど友達だから加奈子には伝えなきゃいけない、私がどんな答えを出すにしても彼女とはフェアにいきたい。 亮には……いつも通りに接しよう。 いきなり好きだなんて言われてもどうしたら良いのかわからないし、何よりあいつも少しは悩めば良いのだ。 「告白したのに答えが返ってこない」なんて悩む亮の顔が目に浮かぶ、それが少しだけおかしかった。 雨はいつか止み天気は晴れる、ならばこの悩みもいつかは晴れるのだろう。 だからとりあえずは歩き出そう、この青く晴れた空の下に。 END |