花になれ




繁華街のはずれにあるとはいえ、深夜営業の花屋は割ともうかるものなんだと高耶は初め

て知った。

大学の友人がバイトに入ってる花屋のピンチヒッターに頼まれたのは一月前のことだ。

昼シフトの方はサークルの女の子が引き受けてくれたらしいが、夜の方が見つからないと

泣きつかれた。

花屋なんて柄でもないと思ったが、率がいいのでつい引き受けてしまった。

店舗二坪ほどの小さな花屋さんだが、質のいい花を程よい値段で売っているため、贔屓の

お客さんがけっこう多い。

しかし、これがなかなか肉体労働と神経をつかう仕事で、体の方はともかく人付き合いが

苦手な高耶にとって接客はストレスが溜まる。

愛想笑いを浮かべ続けていると、店を閉じる頃には笑顔が妙な形で張り付いて落ちてくれ

そうにない。

高耶は自分が、店のディスプレイの一つ、水中花になってしまったような錯覚に陥る。

ゆらゆらと揺らめいて、鮮やかな色を散らしてはいるが、嘘の花はどこか虚しい。

そんな中、高耶が唯一心から笑顔を浮かべられる客が一人だけいた。

「こんばんは」

件の男は閉店間際の深夜二時、毎日欠かさず現れる。

「いらっしゃい、直江」

柔かい物腰と少し明るめの髪が似合う、大人の男。

上背もあって外国人と並んでも見劣りしない。

この辺り一帯の土地やビルを持っている『橘不動産』の専務で、自身もいくつかお店を持っ

ているらしい。

ハンサムでお金持ちだから、玉の輿を狙っている娘も多いのだとバイトの女の子が耳打ち

してくれた。 そう言う彼女の頬もほんのりと赤かった。

「今夜の売れ行きはどうでしたか?」

「ほどほど…かな?秋の花が少しだけど入ってて、目新しいせいか割と出たんだ」

いつくかの花入れに残った花が心許な気に並んでいる。

「では、いつもどおり残ったのを頂きましょう」

「いいのか?」

解っていて、つい聞いてしまう。

閉店間際の訪れと、残った花を全て買い上げていく男。

自分へ向けられる感情に疎い高耶でも、そこに何某かの好意の種を感じてはいたか、だか

らと言ってどうすればいいのか見当がつかない。

蒔き時も育て方も知らない種を、高耶は持て余していた。

「かまいません」

直江が厭うことなく頷いた。

残った花をバランスよく整えグリーンもあしらい束ねて、セロファンで包みサテンのリボンを巻

く。

「いつも綺麗にしてもらって、ありがとうございます。高耶さんはセンスがいいですね」

「見よう見真似…それに、簡単な束ね方だし……」

「簡単なことが、割と一番、難しかったりするものですよ」

直截な褒め言葉が面映い。

直江の腕で気持ちよさそうに揺れる花たち。

羨ましいと、埒も無いことを思いそんな自分が高耶は恥かしかった。




「辞める?」

昼間は相変わらず暑いが、朝晩は涼しい風が吹き出したある日。

高耶がバイトが今夜までなのだと告げると直江は一瞬、絶句した。

何らかのリアクションはあるだろうと予想はしていたが、こうもあからさまだと反って高耶

の方が戸惑ってしまう。

「もともと一ヶ月だけの約束だったんだ。友人が短期留学するんでその間だけって…。でも、

それが少し長引いて結局、一月…半?」

いつも通りに花を束ね手渡した。

「はい、これで全部」

「………本当に…And that's all...?」

「えっ?何、何て言ったんだ?」

「本当に、それでおしまいですかと訊いたんです…」

思わず、ばか正直に店内を見渡したが何も残っていない。

「ごめん、少なかったかなぁ」

項垂れる高耶に、直江は違いますと首を振った。

「一番、綺麗な花が残ってるでしょう、ここに。私の目の前に…」

目の前って………、俺?

高耶の頬に朱が散った。

「あなたのことが好きです。自分でもおかしいなって思うくらい、一日中、高耶さんのこと

ばかり考えてしまいます。いい年して、初恋みたいにときめいてました」

低めの訥々とした告白。

直江の眼差しは優しく、まっすぐでとても一途な瞳だった。

「駄目なら駄目とはっきり言ってください。あなたを困らせることはしません…」

直江の言葉が心地よく胸にしみてくる。高耶は大きく息を吸い込んだ。

「俺―――ずっと思ってた。直江が買っていく花になれたらいいなって…。あんなに大事そ

うに抱えられて、直江の部屋に飾られておまえを見ていられたら、すっげえ幸せかもって…

そんな風にずっと思ってた」

直江の視線を受け止めきれなくて、高耶は俯いて続けた。

「俺も……好き…」

「高耶さん」

暗闇にまぎれてそっと抱き合った。

互いの鼓動が、身体越しに伝わる。

「キスしてもいいですか」

問われて答えられる方がどうかしている。

「一回だけね」 高耶が言葉もなくうなずくと、直江の手が顎にかかりゆっくり上向かされた。

唇がふんわりと落ちて、あっと思った瞬間にはもう離れていた。

拍子抜けしたような気分だ。

だが、高耶がちらりと見上げた途端、驚くほどの勢いでまた口付けられた。

息が出来ずに胸を喘がせると、やっと止めてくれた。

「うそつき・・・一回だけって言ったくせに………ずるぃ」

つい憎まれ口を叩いてしまった高耶の唇に、直江は小さな音を立ててキスをした。

「自分に、正直なだけです」

駄目押しとばかりに額にも口づけ、直江は嬉しそうに笑う。

その笑顔に高耶は軽いめまいのような震えを感じた。

「私のそばでずっと咲いててくださいね」

直江の腕に包まれながら、高耶は芽を出し始めた種を大切にしようと笑みを浮かべた。





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コメント
うー……ん、何か高耶さん可愛いかも…(苦笑)
しかも直江は気障だしさ(爆)
久々にお話を書いて解ったのは、「恥かしい」感情を捨てないとこの手の話は
書けないんだって事。当たり前ですか?