若葉のとき |
ランプの精の直江は、時々、珍しい物を高耶に持ってきてくれる。 空飛ぶ絨毯とか、ユニコーンの角で作った薬とか、玉手箱に、かぼちゃの馬車等など、こんな ものが本当にあるんだと目を白黒させる。 で、今回は・・・。 高耶の机の上に、箱が一つ。 雪花石膏(アラベスター)に細かい彫刻が複雑にほどこされ、金色の留め金の付いた見事な小 箱だ。 「直江、これ・・・・何?」 高耶は胡散臭げに箱を伺う。 他のモノはともかく、古今東西、箱系はろくな事がない。 玉手箱にしたってそうだし、変わったとこでは「雀の葛箱」なんてのもあったなぁと高耶は思 い返す。 玉手箱は何で部屋に重箱があるんだと、危うく開けてしまうとこだった。 一瞬でお爺さんになるなんて、冗談でも嫌だ。 「あぁ、それですか。それは、先日、高耶さんが見てみたいと仰ってたものですよ」 直江と呼びかけただけで、彼はランプの注ぎ口からするりと現われた。 アラビアンナイトのお話だと、こすらないと出てこれないのだが、このランプの精は違う。 最初の出会いで高耶を気に入った彼は、新しいご主人に自分の真名を告げ本当の主人としたか らだ。 「俺が?」 はてと、高耶は小首を傾げた。 「ええ、先週、お義兄様と映画に行かれて帰ってくるなり仰っただしゃないですか・・・」 「あぁ、あれね、パンドラの箱だろ。・・・?って・・・えっ、えーっっっ!??」 では、これが世界を滅ぼす件の最終兵器かと、高耶は飛び上がらんばきりの勢いで身構える。 先週末、義兄に誘われて一緒に映画に行った。 映画は最近公開された、ヒロイックアクションのシリーズもので、もうバリバリのハリウッド 映画。映像の面白さは認めるが、あんなに物を壊しまくっちゃ如何だろと思うのは、自分だけ だろうか・・・・・・・。 「直江っ!何、ボケッと突っ立ってんだ。しまえよ、そんな物騒なモン!!」 「高耶さん・・・」 直江は苦笑しながら、高耶を落着かせる。 「あれは、映画の設定でしょう。これは、もうただの箱ですよ」 「あれっ・・・?そうなの??・・・・・・そうか・・・そうだよなぁ。ふぅん・・・ね、これって開けても 大丈夫か?」 「はい、どうぞ」 危なくないと解って、好奇心が刺激されたらしく、高耶の瞳がきらきら輝く。 箱の蓋に手をかけ、ぱちんと留め具をはずした。 「・・・・・・なぁんだ、本当な何にも入ってないじゃん・・。これ、本当にパンドラの箱?」 がっかりだと、ため息をつき、疑わしそうに直江を見やる。 確かに綺麗だし、このままでも美術品としての価値はありそうだが、ただそれだけだ。 ぷうっと頬を膨らませ、少し不満げに鼻を鳴らした。 出窓に腰掛け高耶の様子を面白そうに眺めていた直江は、くっくっと笑いながら高耶を手招き し自分の膝を指差した。 どうやら、ここに座れという事らしい。 まるっきり子供(ガキ)扱いじゃんと、内心むっとするが、直江の膝は割と気に入ってたりす る。仕方ないなぁという顔で、すとんと腰を下ろすと、後ろから抱きかかえられるように腕を 廻された。 「言ったでしょう、ただの箱だと。もっとも、パンドラが開けた時だって、これは普通の箱だ ったんですよ」 「えっ?だって、こん中かから色々なものが、飛び出したんだろ?」 この世の災厄や苦しみが飛び出していき、最後に「希望」が飛び出したか残ったか・・・・・。 「別に何でも良かったんですよ。開けてはいけないものを、彼女が、パンドラが開けることで "呪"は時を迎えたんです」 部屋でも、長持ちでも、何でも構いやしなかったのだ。 入れ物そのものではなく、『鍵』である彼女の方が重要だったのだから。 「ふぅん・・・・・・」 今一、納得いかないが、所詮は遠い昔の遠い国のお話。 神様たちが勝手気ままに振る舞い、わが世の春を謳歌し、時の向こうへと流れてしまった頃の こと。 「なぁ、これ、俺が貰ってもいい?」 「いいですよ。けど・・・・・・何に使いますか?」 うーん・・・・としばし悩んで、高耶はポンと相槌をうった。 「俺とお前の"思い出"箱にしよう」 「思い出?」 「二人の間での思い出箱。あっ、でも写真とかを、入れるんじゃないんだ。楽しかった事とか、 喧嘩して悲しかった事とかそんな気持ちを入れていくんだ」 「きもち・・・ですか・・・・・」 今まで、そんなことを言い出した人はいなかった。 綺麗な箱だから、化粧道具や宝石、想い人への大事な書簡入れにした貴婦人や殿方はいたが、 気持ちとは・・・。 嫌かと訊かれて、とんでもないと首を振った。 「良かった」 と、嬉しそうに高耶が笑った。 「でも、どうしてそんな風に思いついたんですか?」 「あのさぁ、俺とお前って時間の長さが違うだろ?今は俺のこと、ご主人様ってしてるけど、 いつか・・・それこそ俺が年とって死んだりしたり、持主が代わったりしたら別の人についちゃう じゃんか・・・・・・。それはそれでいいんだけど、忘れられたりしたら、俺的には悲しいかなぁな んて・・・・・・」 上目遣いで変かと問われる。 胸がくっと詰まって、直江は高耶をきゅっと抱きしめた。 「高耶さんっ!」 「っお、おうっ」 「嬉しいです。たくさん、たくさん入れていきましょうね」 「うんっ!」 直江は高耶の照れたような顔が、本当に可愛いと思った。 彼といると、何百年もの寂しさが薄れてしまう。 寂しいという事さへ忘れてしまった心に、暖かい雨が降り注いでくるようだ。 最初に何を入れようかと楽しそうに考える彼の横顔を見ながら、直江は自分の心に芽生え始めた 緑の息吹を感じていた。 |
コメント 「26・パンドラ」でした。 ネタに詰まって、「01」設定を拝借です 不倫設定シリアス系を続けたので、息抜きの意味もあったんですが、縁側でお 茶でも飲みたいようなホノボノ物と相成りました。 |