猫の恩返し




全く・・・何て日だ・・・・

直江信綱は深いため息をつくと、発信音のみの携帯を切った。

今日は、どういう訳か不運続きの一日だった。

大体、朝の滑り出しから調子が悪かった。

まず、電池が切れたのか目覚ましが鳴らず、あやうく遅刻しかけた。

仕事は大きな商談が相手の都合で潰れてしまうし、別のクライアントには難癖をつ

けられ、対応に遅くまで難儀した。

付き合っている女性と食事の約束をしていたのを思い出し遅れると連絡を入れてい

たのだか、待合せ場所に向かう途中、高い塀から降りられなくなって鳴いている子

猫を救けたりしていたら、更に時間をとってしまった。

勿論、彼女に誤りの電話を入れたが、結果は・・・・・・。

『もう別れましょう』

冷たい一言だった。

割切った付合いの相手だったから、一方的に別れを告げられても未練は無いが、や

はりそれなりに堪える。

まぁ・・・こんな日もあるか・・・・・・

ビル風が吹く、夜のオフィス街は人気も少なく寂しい限りだ。

病葉が舞い出した秋の夜の通りを、ほつりぽつりと家路を急ぐ人影が、侘しさを誘

う。携帯をしまい、直江も家へと踵を返そうとした。

と、トントンと誰かに肩を叩く。

振り向くと女が一人立っていた。

栗色のロングゾージュがよく似合って、大きな目をしている。

すらりとしなやかな身長とモデル張りの体型で、かなりな美人だ。

「さっきは、うちのコを助けてくれて、有り難う」

子供を助けた覚えは無いがといいかけて、あぁ、子猫のことかと納得した。

ペットを家族同様に可愛がるあまり、つい人扱いしてしまうタイプがいる。

「あなたの猫でしたか・・・。無事に手許に戻って」

良かったですねと続けると、女は苦笑し首を横に振った。

「違うわ、私の猫って訳じゃないの。仲間を助けてくれて、有り難うって事なの」

仲間?

可笑しな物言いをする人だと思っていると、女は俯き、手許の鞄から何やら取り出

し直江の前に差し出した。

「で、これ、お礼なんだけど、あなた、どれがいい?」

彼女の掌には、幾つかの楕円形の石があった。

「宝石・・・ですか?」

宝飾品の石と言うよりは、その一歩手前。荒削りな原石のような石だ。

「人間達は、そう呼んでるみたいね。私達はキセキって呼んでるの」

女性の言葉の端々が、とこかズレている感が拭えず、直江は困惑したが一つの石か

ら目が離せなくなった。

それは不思議な色合いの石だった。

虹を閉じ込めているような複雑な色合で、真中に赤い炎のように揺らめく光がある。

「これが気に入った?これはね、ファイヤーオパールよ」

直江の視線に気付き、彼女は人差し指と親指で優雅に摘み上げ、ポトンと直江の手

に落とす。

「オパール・・・・・・」

「繊細な石よ。脆くて傷つき易くて・・・でも、傷を抱えたモノほど綺麗な石になる

の。中でもこれは特別。ほら、炎が見えるでしょう?とても貴重よ・・・」

直江が覗き込むと、中の炎が大きく揺らぎ、まばゆい光を発し輝き出した。

「うわっ!」

思わず、目を瞑り片腕でかばう。

「その石が、あなたの運命よ。大事にしなさいね」

「えっ!何・・・何だって?!」

慌てて目を開けようとしたが、光は目を射んばかりにどんどん大きくなる。

「待ってくださいっ」

溢れるほどの光の渦の中、眇めた瞳に映った彼女の後姿に・・・何やら長いモノが揺

れていたような、いないような・・・・・・・。





「・・・という代物なんです。ちょうど、一年前の今ごろの事なんですけどね・・・・・」

「ふぅん・・・・・・」

ソファにくてんと寝そべって、高耶は虹色の石を玩びながら、疑わしげに直江を見

詰た。

「信じ・・・・・」

「・・・れると思うか? 普通・・・・・」

「ですよねぇ・・・・」

直江だって、こんな話を人に聞かされたら、まず間違いなくかつがれてると思うに

違いない。

実際、あの時は、狐か狸に化かされた気分だったのだもの。

でも石は掌にあったし、あの後知り合った高耶は、本当にこの石そのもののような

人だった。

感受性が豊かで傷つき易くて脆い反面、傷つく度に毅然と顔を上げる。

守ってやりたいと思う、愛しい存在に出逢えた―――キセキ。

「直江」

高耶に呼ばれて顔を上げると、彼は起き上がってソファに座り、来い来いと手招き

している。

「何ですか?」

彼の横に並んで座ると、ぽてんと高耶の頭が肩に寄った。

「あのさぁ、おまえって妙なトコで真面目じゃん」

「はぁ・・・・・・」

自分の妙なトコとは何処かいなと、首を捻る。

「うん、絶対、妙に真面目。おまえって嘘つく時は、完璧に理論武装した嘘をつくタ

イプだと思う」

「・・・・・・・・」

誉められているのか、貶されているのか。

邪気の無い笑顔で言われると、反論もしづらい。

「この話、凄ぇ〜嘘臭いんだけど、そんなおまえが言う事だからさぁ、きっと本当な

んだろうな」

「高耶さん・・・・・・」

信じるよと、唇の端に笑みの欠片をのせて告げられ、直江の胸にふわりと暖かい何

かが広がった。

その唇を、つんとつついて、直江は腕の中に優しく高耶を囲う。

「・・・あのさぁ、息苦しいから、離して欲しいんだけど」

「嫌です。あなたが、あんな可愛いことを言うから、いけないんですよ」

くすくす笑いながら、抱えこんだ耳元で囁くと、真っ赤になった耳たぶがぴくりと

震えた。

離せ、離さないと睦言のようにじゃれ合う部屋の外では、釣瓶落しの夕方が忍び寄

り、どこかで、にゃぁと猫が鳴いていた。



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コメント
お題「きせき」
甘いです。しかも、メルヘン〜〜。
我ながら、自爆しそう・・・・・・。
本当は高耶さんも、猫にするつもりだったけど、今回は却下。