白い森





イツマデモ、イツマデモ…ズット…二人デイタイ……





夜明けごろ、規則正しい静かな物音で高耶は目が覚めた。

身体を包む温もりから、そっと抜け出し、窓を薄くあけると外は春の雨。

朝はまだ少し遠く、薄闇が辺りを支配している。

ここ数日、かなり暖かかったのだが、どうやら今日の気温は平年並みに戻ったようだ。

湿った空気は少々冷たい。

春特有のやわらかい匂いが鼻腔をくすぐる、と。

「…っしゅん」

ベットの住人を起こしてはいけないと、慌てて小さく噛殺したが、振り返ると直江もしっかり目覚め

こちらを見詰ていた。

寝乱れて崩れた前髪が、どこか無防備で色っぽい。

額の髪をかきあげる仕草ひとつに、心がときめく。

「高耶さん…まだ…起きるのには早いですよ」

いらっしゃいと手招きされて、高耶は赤くなった頬を隠すように、すとんと直江の腕の中に収まった。

直江の身体は、どちからというと体温が低目の高耶にとって、気持ちがいい。

真綿にくるまれたようなとでも言うのだろうか。

彼に抱きしめられると、ついうとうととしてしまう。

秋から冬にかけて、人目が無ければそれこそひっつき虫のように、高耶は直江にくっついていたぐら

いだ。

「今朝は雨ですか……?」

高耶の髪に唇を落とし直江は確かめるように訊いた。

「うん。小糠雨っていう感じの、細かい雨だ」



晴レタ日ハ言ワズモガナ
雨ノ日モ、風ノ日モ、嵐ノ日モ…




「何を考えていたの?」

「ん、何で?」

「あなたの心が此処にあらずって感じでしたから…」

「……森のことを思い出していた」

淡々とした答えに、直江は小さく息を吸い込んだ。

森は二人が出逢った場所。

そこは、この街からはとても遠い。

陽射しも風も、森をなす樹々さえも、この国のものとは随分違っていて。

森を棲家とする動物たちの種類さえ、微妙に違う、そんな場所。

「後悔してますか?」

滲み出る不安を押し殺そうと、直江は高耶をきゅっと抱きしめた。

ずるい言葉だと思う。

病の人に、大丈夫かと問うのと同じくらい、くだらない問いかけ。

それでもつい、訊いてしまうのは、こうして二人でいることが罪だと感じているから…か……。

「…してねぇよ……。馬鹿だなぁ直江は…。そんな顔するなよ」

高耶は苦笑しながら顔を上げ、直江を見つめる。

紅い双眸。

日本人には有り得ない色。

外国人でもかなり珍しい、不思議で美しく妖しい赫。

それは人外の瞳。

その視線をそらさず瞬きもせずじっと見つめたまま、、高耶はそっと伸び上がり、直江に口付けた。

乾いた唇、触れるだけの優しい口付け。

「俺が望んで、願って……ここにいるんだ。誰に強制された訳でもなんでもない」

噛んで含めるように、揺るがない瞳で高耶は言う。





ドンナ時モカワラズニ、貴方トイタイ………





きっと何もかも絶ち捨ててきた、高耶の方が強い。

きっと何もかも捨てさせてしまった、直江の方が弱い。

二人して願った事は同じだったのに。

その願いを叶えるための姿勢は正反対だった。

遠い国の遠い森は、魔法がかかる霧深い森。

獣や草木が人の形をとり、時を紡ぐ場所。

普段は人と交わることのない場所だが、たまに何かの気紛れで人間が迷い込む。

あの日迷い込んだ人間は、直江。

その森で高耶と直江は出逢い、恋におちた。

二人にとって一生に一度の、たった一つの恋。

この恋を失えば、きっと自分は死んでしまう。

だから互いの手と手を握り、誓いあった。





イツマデモ、イツマデモ、貴方(お前)ト、イタイ………
永遠トイウ、見果テヌ夢ヲ、二人デ、ミタイ





「何もかも解ったような顔をして、直江は何も解ってないんだから…」

「高耶さん……」

吐息のように名前を呼んで、そっと指先で高耶の髪を梳き上げた。

「子供と一緒」

でも、そこも好きと続けられ、直江を目を見張った。

「かないませんね、あなたには…」

頬と頬を寄せ合って、子猫のようにキスを交わし、もう一度眠るため二人は瞼を閉じた。

春のまどろみの中。

見果てぬ夢をみるために











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コメント

『罪』なんて、どうこなせはいいんだろうと悩んだ挙句がコレ。 ドつぼシリアスはやりたくないし(大体、原作そのものが重い)、JUNE系同人
サイトで罪って言われてもなぁと悩む悩む。
性格上、コメディタッチにも走れなかったので、行き着いた先がこうなりました。
何気にめるひぇん(苦笑)
高耶さん視点で、もう少し宿命みたいなものを背負わすパターンもネタとしてはあっ
たのですが、運命の4月が近づいているため避けました(爆)
作中の一部に、ある歌を引用していますがそのまま使うと著作権に障るため、微妙に
変えています。