春愁





心をずっと…




好きですと高耶が告白を受けたのは、早咲きの桜が風に揺れる穏かな午後の日だった。

あまり人に知られていない、いい桜の名所があるんですよと直江に連れて来られた市内のはずれ。

彼の言うとおり、農業用の用水地の廻りに植えられた桜の木々は見事だった。

見慣れた桜より幾分白い花が咲き乱れ、山桜の種類だと直江が教えてくれた。

ちょうど一年前のことだ。

満開の花の下、花を背に立った彼、直江信綱は美しかった。

構図の美とでも言おうか。

下手なことを言うと、その美しさを壊してしまいそうで、高耶はなかなか返事が出来なかった。

高校の美術教諭でクラブ顧問の直江と生徒の高耶。

廃部寸前の部に高耶が入部したのが、彼との係わりを持つきっかけだった。

潔癖で人の気持ちに敏感なだけに傷つきやすい性格の高耶にとって、いつも笑顔で包み込んでくれ

直江は大切な存在で、叶うことならずっと傍にいたいとひそかに願っていた。

だが、高耶の大学進学や直江の仕事の転勤とか。

もうそんな事、願うだけ無駄だなと諦めていた時期だったから、突然の告白を驚くより先に、素直

嬉しいと感じてしまった。

「……迷惑でしたか?」

黙ったままの高耶を気遣い、遠慮がちに直江がきいた。

「ううん…」

俯きがちに頭を振って、高耶は口早に小さく続けた。

「嬉しい」

耳をすませば、風がさやさやと花びらを鳴らす。触れたら壊れてしまいそうな景色の中で、高耶は

胸が次第に甘い痛みに占められていくのを感じていた。

たぶん幸せすぎたからだ。

一番大切な「好き」という感情は、ある意味不明確なのに、その他の事柄があまりにも完璧すぎて

高耶は不安になる。

何も変わらないでいて欲しいと思った。




震わすほど…




あの日から。

高耶の身体に熱が籠もっている。

熱は37.5℃

微妙なふわふわした酩酊感を持つ熱は、慣れると気持ちがいい。

恋をした喜びと哀しみがもたらす痛みの切っ先を、少しだけ鈍らせてくれる。

直江は優しい。

高耶のことを大事に思い、愛していると公言して憚らない。

不器用で躓きやすい自分の手を取り、何度も助けてくれた。

そのたびに高耶の恋心も深くなって、幸せで苦しくなる。

いつか、飽きられるんじゃないか。

いつか、この恋が直江にとって重荷になるんじゃないか。

いつか、誰かに盗られてしまうんじゃないか。

穏和で人当たりのいい顔をしてはいても、直江は根っこのどこかに、酷く冷たい部分を持っている。

その刃が自分に向く日が恐い。

冷め切った瞳で切捨てられたら、二度と立ち上がれない気がする。

「高耶さん、どうしたの……?」

ぼんやり考え込む高耶に、やさしくひそめた声がかけられた。

一年前と同じ場所。

今日のデートはお花見にしようということになって、選んだ場所だ。

桜はあの日とは違う種類が今が盛りと咲き誇っている。

青い空と気怠るい春の陽気が漂い。

見上げると甘い情を滲ませ、高耶の瞳を見つめて笑ってくれる大人の恋人。

「高耶さん?」 余裕のある態度が憎らしい。

自分はいつだってギリギリだ。

直江の本当の気持ちって何と叫んでみたいのに、女のような繰言を唇から吐き出すのが怖い。

きっと疎ましがられてしまう。

手にした温もりを手放してしまうのは嫌だ。

臆病な自分。

口に出来ない言葉は熱を膿む。

「…・・・直江が…直江をとっても好きだなって……」

上がりも下がりもしない、37.5℃の熱。

極上の笑みと甘い言葉と、とろけるような口付けをもらって、くらくらするほどの眩暈の中、高耶は

先を請うように直江の背中を強く抱いた。




痛いほどの ときめきを







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コメント

何回、書き直したことやら…な、今回でした。
予定ではもう少し早く載せるつもりだったんのですが、練りすぎて遅くなりま
した。
あ〜あ、もっと文才が欲しい……
感想などお待ちしますので、宜しくお願いします