オルゴール・タイム





日曜の朝、起きたら、片目が開かなかった・・・・・・。



「でー、いっ痛いっ!馬鹿、直江っ、もそっと優しくしろよ」

「馬鹿って・・・高耶さん・・・・・・。仮にも医者に向かって言う言葉ですか。それに、充分、注意し

て優しく診てるじゃないですか・・・」

痛い、痛いと半泣きの高耶に、苦笑しながら直江が宥める。

片目でふらつきながら、高耶が自宅の洗面所の鏡で自分の顔をみると、右の瞼がぽっこり腫れ

ていた。

『たぶん、物貰いですねぇ・・・。』

近所の眼科のドクターで、一回り年上従兄弟に電話をすると、そう判断された。

『触ったら駄目ですよ。下を開けますから、すぐいらっしゃい。』

診療時間外だが、かまわないと言う。

直江の病院は近所でも評判の病院だ。

元は大叔父の内科病院だったのだが、彼が亡くなって医院の権利を直江が引継いだ。

代替わりを機に古い診療所を建て直して、1・2階が病院、3階が直江の住居になっている。

腕はいい(辞める時、大学病院が泣いて引き止めた)、顔はいい、愛想はいいとくれば黙って

いても商売繁盛。

昼間はサロンと化し、通いつめてるマダムもいるとか、いないとか・・・・。

危なっかしい足取りで病院に着いたら、直江が玄関前で心配そうに立って待っててくれた。

(何か・・・久し振りじゃんか・・・・・)

2学期が始まってからというもの、体育祭だ文化祭だと学校行事が忙しくて、まともに顔を合

わしたのが、かれこれ一月半振り。

夏休み中、ほとんど毎日顔を見ていたのが嘘のようだ。

「目薬を点すだけでもいいんですが、高耶さん、今週は確かテスト期間でしたよね」

「うん」

「いつから?」

「明後日」

月曜日が連休でお休みだから、火曜からテスト期間になる。

眼帯をして試験を受けるのは、出来たら避けたい状況だ。

(倍、疲れそう・・・。)

高耶はそんな自分を想像して、げんなりしてしまう。

頭が悪いわけではないが、短期集中一発型なので追込みが効かないのは困るのだ。

「仕方ないですね」

直江が背後の器材入れへと振り返る。

カチャカチャと何やら探って、彼が手にしたのは、メスにピンセットに綿花。

「直江・・・もしかして?・・・」

「切ります。スパッと切って、さっさと膿を出しちゃいましょうね」

(ね・・・、じゃねぇーーっっっっ!)

高耶は心の中で思わず絶叫し真っ青になった。

にこにこ笑いながら右手にメス、左手にピンセットを持つ直江が鬼のように見えてしまう。

高耶は血を見るのが大嫌いだ。

ほんのちょっと手を切るのだって、とっても嫌。

注射なんかされて逆流する血液を見たりしようものなら、マジ、貧血でぶっ倒れそうになる。

ただ、そこで倒れるには男の沽券にかかわるから、限界まで堪える。

堪えて堪えて、堪忍袋の尾が切れそうなくらい堪えて・・・・・・たまに・・・倒れる。

「嫌っ」

「嫌って、高耶さん、そんなコト言ってられないでしょう?」

「でも、嫌っ!」

「じゃあ、そのままにしておきますか?」

「・・・それも・・・嫌だ・・・・・」

点したらすぐ治る目薬はないかと訊けば、そんなもんあったら苦労しませんとにべも無く言い

放たれた。

聞き分けの無い高耶に業を煮やし、直江は高耶の後ろ髪を軽く掴み、顎を上げる。

「大丈夫、痛いのはほんの一瞬です」

ね、だから私に任せてください。耳元に落とされる囁き。

ぞくりと体が震えた。

駄目・・・・・・なのだ。

この耳元での直江の囁きに、高耶は弱い。

それこそ、塩をかけられたなめくじ状態に陥ってしまう。

大体それが元凶で、高耶は直江に堕とされた。

「うー・・・・・・・」

あんまり痛くするなよと、顔を顰めて嫌々ながら承諾した。

「大事な高耶さんに、私が酷いことをするわけないでしょう。膿を出したら、めいっぱい泣い

て消毒してしまいましょうね」

・・・・・・?

最後の一言が、やけに気にかかった。

泣くって・・・なんで??



暫くして。

―――泣く意味を悟ったが、・・・・・・遅かった。



―――死にそう。

途中から意識が違うとこにあったが、やっと何とか思考が戻った頃には直江の胸の上に抱かれ

て、髪を撫でられていた。

「だりぃ・・・・・・」

そのまんまの状態をぽつりと吐き出して、高耶は直江の胸に頬を擦り付ける。

「ちょっと泣かせすぎましたね・・・・・」

よしよしと後ろ頭を軽く撫でられて、何がちょっとだと、眉を寄せると直江はさすがに苦笑い

を浮かべていた。

「すみません、暫く高耶さんに会えなかったものですから・・・・、色々してしまいましたね」

「・・・・・」

具体的にどれがどうだったなんて言いたくもないから、別にかまわないが、それでも今日のは

強烈だった。

噛まれた場所もあって、ひりひりと痛む。

目はだいぶ楽になった。

まだ少し腫れてる気はするが、重たい感じがなくなっただけでもいい。

「お風呂、入りましょうか」

何度も射精させられて、腰から下は別物だ。

「うごける訳、ねぇじゃん・・・・・・」

あんなに酷いコトしてと何度も思ったのに、今はただ猛烈に恥ずかしいだけで、怒りは湧いて

こなかった。

「忘れてるかもしれないけど」

「はい」

「俺、明後日からテストだよ」

「覚えてますよ」

体の上から高耶を退けてベットを下りた直江が、さあと腕を差し出す。

「連れてってあげますから」

「やだ」

「動けないって言ってたじゃないですか」

ごろりと寝返りをうって逃げる高耶の腕を捕まえて、強引に引き上げられたと思ったら、その

前にひとつ壊れ物に触れるような接吻をされた。

「ちゃんと、隅から隅までお世話します」

「・・・・・・馬鹿」

全裸で何やってんだと憤死ものだったから、高耶は直江の首筋に顔を埋めておとなしくなった。

「さっさと連れてけよ」

それでも、強気で命令する。

「立てないから、俺は湯船に浸かるだけにする。でもって、洗え」

「はいはい、仰せのままに」

首を逸らすと、笑みを浮かべながらも気遣っている様子の直江が見えた。

「私は高耶さん専属ですから、勉強も体調も・・・・そうですね、本音を言うとあなたの人生だっ

て、全部みていたいんですよ。」

冗談めいたトーンに滲む本気。

直江の指が高耶の項を撫でる。

あぁ、何だか気持ちがいいやと、うっとりしてきた。

愛しむような優しさに包まれると、何をされても結局は許してしまっている自分が歯がゆい気

がするが仕方ない。

「・・・・・・・・・みさせて・・・やっても・・・いい・・・かも」

この手がずっと撫でててくれるならそれもいいなと、高耶は朦朧としたまま思っていた。

「高耶さん・・・、意味、解ってますか?」

眠ってしまいそうな高耶の返事に苦笑して、本気にしましたよと、直江が唇を落としてきた。







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コメント

「30題・10ドクター」。この手の固有名詞お題は苦労します。
3パターンほど書いて、何とか最後までもってこれたのがコレ。
何が”オルゴール・タイム”かは、解りますよね?
でもって、本文途中経過シーンをご所望の、あなた!(笑)
待っててね(そんな人・・・いる?)、書きます。
でも、お題を消化したいので、「16・涙」に使う予定。もう自棄(乾笑)
しかーしこのお話って、スプラッタで、ある意味鬼畜と思うのは、まゆだけ?