月曜日の振り子




直江の実家はお寺さんだ。

そのせいか、時々、直江は妙な物を高耶の元に持込んでくる。

いわゆる・・・いわく付きの物。

「で?これがどうかしたのか?」

高耶の前には何の変哲もない、掛時計が一つ。

と言っても、随分レトロな代物で戦前の家にあったたような、ネジ式の木製振り子時計。

年代物らしく、手入れはされているがかなり黒ずんでいる。

「コイツになんか憑いてるのか?」

高耶の霊視は超一級だが、むらがあるのが悩みの種。

視える時と視えない時の差が強く、原因は不明だ。

「いいえ、念のため綾子にも確かめさせましたが、何も視えないそうです」

仕事仲間の綾子も高耶ほどではないが、高い霊視能力を持っている。

その彼女が何も視えないと言っている以上、直江がわざわざここに持込んでいる理由が

ますます解らない。

「壊れてるのか・・・」

振り子の下にあったネジを盤に差し込んでみだか、うんとも寸とも動かない。

「おまえや俺のトコに持込むより修理屋の方がいいぞ」

だが直江は首を振った。

「それが・・・、ある時だけ動くらしいんです・・・・」

「ある時?」

「ええ。そのせいか、もとの持ち主宅では『××時計』と呼ばれていたそうです」




あの時は、まさか・・・・・・と思った。




バイク用の革ジャンをソファに投げ、高耶はリヴィングの床にへたりと座り込んだ。

息苦しいからシャツの襟元も緩めた。

一人の部屋はとても広い。

「さむ・・・・・・」

秋晴れの清々しい日だというのに、どうしてここは、こんなに寒いんだろう。

外はあんなに陽射しが溢れているのに、この部屋は暗い・・・

小刻みに震える身体を両腕で抱きしめて蹲る。

まるで身体に大きな穴でも開いているようだ。

「・・・・・・ぉぇ・・・」

絞り出すように呼んでいるのに答えが無い。

いつものように優しい声と、強い腕で包み込んで欲しいのに、呼んでも呼んでも応えが

無い。

壊れてしまう・・・

このままだと、心も身体も壊れてしまう。

二人で一人だと言ったのは、お前じゃなかったのか。

昨日の今ごろはお互いに笑っていたのに、何がどこで違ってしまったんだ?

お昼過ぎに事務所に入った一本の電話。

あれが全てを変えてしまった。

病院の事務員らしき人が、正確だが味気ない口調で告げてきた直江の事故。

高速での玉突き事故に巻き込まれたのだと、意識不明の重態だと。

病院に掛け付けた高耶たちの目の前に、ICU(緊急処置室)のガラスに隔たれて、直

江は幾つものチューブや機械に繋がれ横たわっていた。

血の気の無い白い顔と、体のあちこちに巻かれた白い包帯。

魂が零れて逝ってると、綾子が悲鳴を上げそれは高耶にもしっかり視えた。

このままだと、確実に死んでしまう。

「時間・・・時間が戻れば・・・・・」

嗚咽混じりに搾り出した綾子の言葉に、ふと、高耶が頭を上げた。




___『これはね、××××時計と・・・・・・』




あの時、直江は何と言った?

千秋や綾子の静止を振り切って、高耶はバイクを飛ばし自宅へと戻ってきた。

崩れ落ちそうな膝を叱咤し、高耶は立ち上がり納戸へ足を向ける。

「確か・・・この辺に・・・」

捜し物の掛け時計は箱に入れられ、棚の片隅にあった。

箱ふたを開け、時計のネジを命綱のように握り締めた。

あの時の、こいつの謂れが本当なら・・・・・

高耶はネジを差し込んだ。

カチッ

かすかな手ごたえ、ネジが動きだす。

「なおえ、なおえっ・・・・・・」

高耶は呪文のように呟きながら、ネジをゆっくり逆向きに巻き始めた。




「ただいま戻りました」

直江がドアを開けると、正面のリヴィングのソファで高耶が笑顔を浮かべ振向いた。

「おかえり直江、どうだった?病院の検査は……」

「もう、大丈夫です。医者も太鼓判を押してくれました。週明けには仕事に出ますね」

直江はゆっくりと、後ろから高耶の身体に腕をまわした。

「全く、あなたも無茶をする・・・・」

「でも、あれしか思いつかなかったんだ」

あの日、高耶は件の掛時計のネジを逆さに巻いて、事故以前まで直江の時間を戻した。

掛時計には『魂寄せ』の力があったのだ。

ただし魂寄せと引換えに、願を掛けた者から何かを奪っていく。

高耶の場合は・・・。

高耶は首を逸らして、直江の瞳をまっすぐに覗き込む。

黒く綺麗な瞳はいつもと同じだが、願掛け後、その瞳は物の色を見分ける事が出来なく

なってしまった。

全てが白と黒の世界。

直江は意識を取戻し、事の顛末を知った時、どれだけ驚愕し嘆いたことか。

だが高耶は笑って言った。

『大丈夫、色が抜けただけだろ。霊視力も残っているし、視力だってあるんだから、心

配するなって・・・』と。

高耶が直江の腕を軽く掴んだ。

「何ですか?」

「―――キスして・・・なおえ・・・・・・」

事故の後、時折、高耶は子供のように瞳を揺らし直江に甘えるようになった。

「仰せのままに・・・」

高耶の心の奥で埋火のように燃える不安を、直江はそっと掬い上げ包みこむ。

直江の舌が高耶の唇をなぞり、深く重ねた。

滑らかな舌を絡ませ、息をつぐのも惜しむように、深く甘く。

「寝室へ・・・行きましょう・・・・・・」

「―――直江・・・・・・」

再びくちづけを受けて、高耶は直江に抱き上げられた。

高耶は頭の芯が緩やかに霞み、何も考えられない。

けれど、あの日、自分の身体にぽっかり空いた穴が、もう今ではすっかり塞がっている

事だけは解っている。

視力の一部が損なわれたぐらい、何だというのだろう。

それ以上のモノを取り戻した幸せがある。

自分の幸福の場所は、直江の傍にしか無いのだから。

高耶は直江の肩に頬を乗せ、ふわりと微笑んだ。






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コメント
お題「レトロ」
ネタだけは割と前から決まっていたのですが、〆方に一苦労。
ついでにタイトルにも二苦労…(苦笑)
シャンソンの名曲「暗い日曜日」にしようかとも思ったのですが、今一イメージ
が合わなかったので却下。