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ゆうるりと廻る巨大な観覧車に、高耶は直江と二人で乗り込んだ。 晩冬の遊園地は、平日の昼間ということもあって、人影もまばらだった。 週末は人気のアトラクションで人が溢れているというから、偶然とはいえ、いい時間に来れた だけでもラッキーだ。 遊園地の売り物の一つ、巨大な観覧車は遠くから見ると動いていないのかと感じるほどゆっく と廻る。 徐々に目線が変わる景色を眺めながら、高耶がふと「人生みたいだ」と零したら、直江は少し 驚いたように目を見張り、「そうですね」と頷いた。 「笑わないのか?」 「どうして?」 心外だと言わんばかりの様子だ。 「だって・・・何か・・・スカしてる・・・・・・・」 「いいえ、素直な感想で、あなたらしいと私は思いますよ」 穏やかな笑みを浮かべた、てらいのない肯定の言葉。何だかこそばゆい照れを感じて高耶は俯 いてしまった。 直江の何気ない一言に、どれだけ自分の心が騒浮き立つか直江は知っているんだろうか。 その言葉が諾でも否でも、いつも真っ直ぐ向かってくる。 高耶の喜怒哀楽を刺激する、直江の言葉。 彼の笑顔を向けられるだけで、心が浮き足立ってしまう。もっと笑ってみせて、自分だけを見 詰ていて。 叶わないと解っていながら、願ってしまう。 もっともっとと、欲望には果てがない。 彼を好きと自覚して、彼から愛していると告げられてから、心はいつも騒がしい。 ざわざわと、鳥の羽ばたきにも似たノイズが耳元をくすぐっている。 「どうしました?、難しい顔をして」 柔らかい声が高耶を包む。 大きな掌が頬に触れる。 火照った頬に、少しひやりとした感触が気持ちよく、高耶は目を細めた。 「あれ?」 「どうかしましたか?」 高耶は直江の左手を掴み、薬指を凝視した。 「・・・ない・・・、はずしたの?」 「ええ、その方が気持ちが落ち着きます」 直江の左手に嵌っていたプラチナリング。 鈍い銀色の、その光を見るたびに、高耶は喉を締め付けられるような、思いを味わっていた。 はずして欲しいと思いつつ、言ってはいけないと戒めていたき持ち。 だが、彼の指にかすかに残る指輪の跡を見ていると、足元にひたひたと波が打ち寄せるように 模糊とした不安が襲ってくる。 髪の先から爪の先まで溢れ出してしまいそうな恋心を、止める術を知らなくて、自分は直江の 差し出した腕に飛び込んでしまったけれど、本当に、これで良かったのだろうか。 (・・・・・・いいわけ、なんて・・・・・ナイ・・・・・・。) 心の奥から、これは、罪だと響く。 聞きたくない! 高耶は小さく身を震わせ、きゅっと直江の掌を掴みなおした。 「高耶さん・・・」 直江がそろりと高耶の方に身を乗り出したため、二人の乗ったゴンドラが揺れた。 「あなたは、何も気にしなくていいんです。悪いのは・・・・・・この恋に、善悪があるとしたらで すけど、悪いのは全部、私ですから。ね・・・・だから、何も気にしないで下さい」 「直江っ・・・」 高耶の胸がくっと詰まった。 だってねと、噛んで含めるように直江が続けた。 「あなたは、まだ16にもなってないから児童保護違反ですし、私は結婚していて、相手に対し て義務を負うというのにそれも放り出して・・・・・・。あなたを愛していると言って、惑わせた。 大人で良識のある人間がすることでは、ありませんよね」 「そんなっ!」 「大丈夫。どんな批難も罪も、私が全部引き受けます。絶対に何にも、誰にも、高耶さんを傷 つけたりさせやしません」 「な・・・おっ・・・・・・」 高耶の視界がぶれて、両目から涙がこぼれた。 「・・・・・・直江、俺・・・今、すっごく自分が嫌かも・・・」 嫌って、何がだと直江は傍らの高耶を見遣った。 うつむいた細めの顎と、泣きそうにゆがんだ唇。 「直江に気ぃ遣わせて、悪者みたいにさせてしまってる・・・・それって、俺が子供(ガキ)だから じゃないか。そんな自分が嫌いだ」 「高耶さん」 黒目がちな大きい瞳から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。 恋愛はどういう形であれ、フィフティ・フィフティだ。 無理強いをされた訳でもなく、ちゃんと選択肢があって、その一つを選んだのは高耶の意思に 違いなかった以上、二人の立場は同じはず。 なのに、直江はそれでも自分が悪いと言う、言わせてしまった。 「ごめん、直江。ごめんな、直江」 「泣かないで下さい。そんなつもりじゃなかったんですから。あなたが、謝ることじゃない」 嗚咽を呑み込み、幼子のようにしゃくり上げる様を見ていられず、直江は滑らかな頬を濡らす 涙をぬぐった。 胸が締め付けられる思いだった。 こんな顔をさせたかったのではない。泣かせたくなんか無かったのに。 「私の方こそ・・・・すみません、高耶さん」 直江は腕を伸ばして、高耶の頭を腕に抱き寄せた。 くせのないサラサラした黒髪をそっと撫でてやると、体こどしがみついてくる。 「高耶さん・・・・」 そっと名前を呼んでみるが、高耶は涙が邪魔をして返事がなかなか返せない。 それでも直江は何度か呼びかけた。 「高耶さん」 「・・・・・・っく・・・・な、何、なおえ」 ようやく応えた高耶の小さく震える肩を、ゆっくりさする。 「あなたは自分の事を子供だといいましたが、私もそうなんですよ」 えっと、高耶が瞳を上げた。 「年はね、確かに大人です。でも、恋愛は・・・、あなたの事を想うだけで、こんな風に心が痛 かったり切なかったりする恋愛は、初めてなんです。可笑しいでしょう・・・? 高耶さんの事と なると右往左往しているんですよ、私は」 だから、泣かせるつもりなんか無かったのに、不安にさせてしまう。 気を遣ったつもりが、純粋な彼を傷つけてしまう。 少し顔を上げた高耶が、上目遣いにこちらを見つめてきた。 こぼれ落ちそうな大きな双眸と目許はまだ赤いが、どうやら涙は止まったようだ。 たまらない愛おしさを感じてしまう。 「直江」 「きっとこれからも、あなたを泣かしてしまうかもしれない、辛い思いをさせてしまうかも しれません。でも、これだけは覚えていて欲しいんです。私は、あなたを愛しています」 「うん・・・」 もう、知ってると小さく呟き、高耶は直江の胸にきゅっとしがみついた。 その小さな体を包み込むように、直江は腕がまわし抱きとめ、そっと髪に口付けた。 コトン・・・コトン・・・・・・・と観覧車が揺れる。 直江に胸に凭れて、ゆっくりと移り行く景色を見ながら、高耶は自分の中で何かが変わってし まったのを感じていた。 昨日と違う自分が、元の場所へは戻れない自分が、ここにいる。 得たものと失ったものがあり、そのどちらが大きかったのか、今は解らない。 たぶん、ずっと解ることはない気がする。 だが喪ったものを惜しむより、得たものの意味だけを考えていきたいと切に思う。 直江の左手を掴み、目の高さに上げてみた。 指の隙間から見えたのは、冬の午後の青い空に飛ぶ白い鳥。 恋をするという事は、口に出せない悲しみを知る事かもしれないと、高耶はぼんやりと思った。 |
コメント 不倫物第2弾。 時間軸は「02・秘めごと」より前になります。 気が付いた人がいるかどうか解りませんが、この不倫シリーズのタイトルは ジャズナンバーにしました。 ジャズの中でも割とポピュラーな曲を選んでますので、興味のある方は聴い てみて下さい。 まゆは不倫否定派なので、この設定だとどうも直江を嘘っぽく感じてしまい 駄目です。 その辺の、あやふやさが文章にも出ていますが、パロのSSという事で目を つぶって下さい。機会があれば、もう少し書き足して行きたいと思います。 |