LOVE <前> |
やってやれない事は無いを信念にしている高耶だか、物事にはどうやっても無理なこと もあるのだと実感しだしたのは、つい最近のこと。 何のことかといえば、もはや2月の日本で風物詩ともなった「バレンタインデー」 外国育ちだから、もちろんこの風習は知っていたが、実のところ日本ほど外国ではイベ ント化していない。 日本だとカップル限定の感が強いが、外国は夫婦や親しい友人と贈る相手も異性に限ら ず多岐にわたる。 デパートの売り場にしたって、わざわざ特設会場を設けることもない。 せいぜい、各売り場でそれ用の特別商品を展示するくらいだ。 日本に戻って最初の年、クラスの女子たちから贈られたチョコやその数に吃驚したもの だ。これは全員になにか返答しなければいけないのかと頭を抱えていたら、クラスメイ トで親友の譲から、半分以上は義理チョコだから気にしなくていいと教えられ、ホッと したのを今でも覚えている。 「あぁ、でもね、直接渡されて告白されたのとか、そうじゃなくても手作りとかラッピ ングの凝ったものは本気のモノだからちゃんとしていた方がいいよ」 人当りもよく一見優し気な譲は、女子の人気も高く高耶の倍の数のチョコを抱え、これ は無視、これは返事用と忙しく振分けている。 「………どれが本気かなんて……わかんねぇよ…」 唸る高耶にしょうがないなぁと苦笑しながら、手助けしてくれた。 以来、人付き合いが苦手なこともあって極力この手のイベントは避けていたのだか、こ こにきて自分が当事者になるとは思いもしないことだった。 「でさぁ、姉さんはどうするの?」 「何が?」 「だから…そのぅ…バレンタイン」 歯切れの悪い口調が自分でも嫌だなと思いながら、コーヒー片手に高耶は綾子にきいた。 ランチが評判の店らしいが、お昼のピークも過ぎ平日ということもあって人は疎らだ。 都内にしては広めの店内で、テーブルの配置もゆったりしているせいかもしれない。 向こうのフロアから時折、女性の談笑が洩れてきたがほとんど気にならなかった。 今日は綾子が夏に出す予定のアルバムのレコーディングで、高耶も前回同様に一部参加 させてもらっている。 朝からずっとスタジオ詰めだっが、今は休憩のため二人して近くのカフェで軽食をつつ いていた。 それでもつい小声になってしまうのは、男の自分がする話題じゃないよなと、釈然とし ない感が強いせいだ。 「私はしないわよ。今までだってしたことないもの」 あっさりと綾子は否定した。 浮ついたことが嫌いな彼女らしいと頷きかけたら、 「あれは、慎太郎さんからするものなの」 と、きっぱり宣言された。 「………」 「私からなんて一度もないわよ。自分で言うのも何だけど柄じゃないしね。でも、慎太郎 さんは毎年ちゃんと贈ってくれるの。今年はどんなのくれるか楽しみ〜」 私的には幻の焼酎を仕込んだモノとかの、オリジナリティが高くてかつお酒入りがいいん だけどなと続ける。 ………て事は、…彼はあのかますびしくかつ人で溢れかえった売り場に直行できるという 事か・・・・・・。 去年の秋に結婚しした綾子は新婚ホヤホヤ。 女性にしては豪気な綾子と穏かな雰囲気の彼が上手くいっているのは、この辺にあるのか もしれない。 さすがだと思わず慎太郎を尊敬してしまった高耶だ。 「何ぁに?わざわざ……。あぁ、直江にあげるかどうかで悩んでいるのね」 悪戯めいた笑いで見つめ返され、高耶は赤面した。 そんな高耶を可愛いと綾子がおちょくるものだから、耳の先まで真っ赤になる。 高耶と直江を引き合わせたのは綾子だ。 もっとも二人が恋人同志になるとはさすがに予期していなかったようだが…。 同性同志ということで多少なりとも非難めいた言葉を言われるのではと覚悟していたが、 全くそんなことはなく、かえって直江がさんざん詰られた。 いわく、「私の大事な弟分に手を出した」というのだ。 綾子にしてみれば「娘を嫁にだしたような気分」だったらしい。 「俺としては、買う気ないって言うかわざわざってのも嫌かなぁ〜てとこがあってさぁ… でも、あいつの…直江はさ、ちょっとばかし期待してるような気がするんだ」 ちょっとばかしどころか、きっと大いに期待しているに違いない。 「でしょうね」 くっくっと堪え切れない笑い声が綾子の唇から洩れる。 「そんなに,笑わなくたって…」 「ごめん、ごめん」 憮然とする高耶の口許に、綾子は怒ると後のレコに障るわよとサラダのプチトマトを放り 込んだ。 「まぁ、あんたも知ってるとおり何もチョコに拘んなくたっていいじゃない。プレゼント なんてようは気持ちなんだから。他の品物でもいいでしょう?」 高耶が渡すものなら、たとえ道端の石ころでも宝石のように嬉しがってくれるだろう。 だから品物云々はいいのだ。 それに付いてくる気持ちを言葉にするのが、どうにもこうにも高耶には恥かしい。 しょっぱなの出会いがああだっただけに、改めてと居住まいをただすと高耶は、気持ちを 現すのに身の置き所に困るほどうろたえてしまいがちだ。 今となっては、自分がどうしてあんなにもストレートに情熱的になれたか不思議だ。 直江はその辺が、余裕綽々。 最初こそ大人ぶって引きぎみだったくせに、二人の気持ちを確信した途端、これでもかと いうぐらい恋愛体質だった。 高耶をとろとろに愛して甘やかして、直江はそれが自分の幸せだと言い切る。 歯が浮きそうなほど気障な言葉を、さらりとかつ心を込めて囁いてくるから始末におえな い。 それがまた,嫌味なくらい似合っている。 高耶と出会う前は、さんざん浮名を流していたのも、さもありなんな彼だ。 どうしようと悩む高耶に、お熱いことでといつまでも綾子の笑いが止まらない穏やかな午 後だった。 |
コメント キャラ設定は合同誌「R」の「This Love」から。 高耶さんはヴァイオリンの音楽生で、直江は不動産勤務。 二人の詳細はよかったら本を手にしてみて下さい(CM…(~_~;))。 |